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就活まで日韓関係が悪化~韓国人学生の未来が危機へ

石渡嶺司大学ジャーナリスト
韓国での授業料引き下げのデモ。韓国を出て日本企業への就職者が増加。(写真:ロイター/アフロ)

国交回復後、最悪の日韓関係

日本、韓国ともに、日韓関係の悪化が各メディアで報じられています。

8月2日に日本が安全保障上の輸出管理で優遇措置を取る「グループA(旧・ホワイト国)」から、韓国を外す決定を行いました。

これに対して文在寅大統領は「決して座視しない」(2019年8月2日・共同通信)と強い口調で批判。

以後、日本製品の不買運動や日韓交流の中止、韓国人観光客の日本旅行取りやめなどが相次いでいます。

8月15日は日本にとっては「終戦の日」ですが、韓国にとっては「光復節」。同日に、文大統領がさらに日本批判を強める(または日本旅行の規制等の報復措置)を発表するのでは、との観測も出てきました。

さて、外交の専門家でもなく、韓国の専門家でもない私がなぜ、日韓関係に言及しているのか。それは、もちろん、私の専門である就職にも影響が出ているからです。

韓国雇用労働部、日本企業締め出しへ

今年9月にソウルで開催予定の就職合同説明会について、韓国雇用労働部は開催中止か日本企業の対象除外を検討、と朝鮮日報日本語版オンラインは報じています。

韓国雇用労働部は9月24、26日にソウルのCOEXで予定していた日本・東南アジア地域の就職博覧会「2019下半期グローバル雇用大展」の開催を中止するか、日本企業を対象から除外する方向で検討することを決めた。

雇用労働部関係者は4日、「韓日関係が悪化した状況にあるため、ひとまずイベントを保留することにした。日本企業を除外し、イベントの規模を縮小するなどさまざまな案を検討している」と説明した。同関係者は「韓日関係がぎくしゃくしているのに、韓国政府が『韓国の青年を採用してほしい』と就職博覧会に招くのは体裁が悪い」と述べた。

朝鮮日報オンライン8月5日配信記事「韓国は日本企業就職博覧会を保留、日本は韓国旅行に注意喚起」

事実上の締め出し策で、そこまで嫌日が進むのか、と思うとため息が出ます。

これは日本企業にとっても、韓国人学生にとっても、双方にダメージを与える愚策と言えるでしょう。

韓国・就職難から日本への就職者が増加

韓国では1997年のアジア通貨危機以来、雇用の非正規化が進みました。

サムソン電子、ヒュンダイなど財閥系企業は世界レベルにまで躍進しましたが、そこに就職できるのはごく少数。

そこで2010年代から恋愛・結婚・出産を放棄する若者を「三放世代」と呼ぶようになりました。さらに、「就職」「マイホーム」も放棄する(放棄せざるを得ない)「五放世代」へ。そして現在は「人間関係」「夢」も放棄した「七放世代」とまで呼ばれています。

2015年頃から、韓国国内では「ヘル朝鮮」というネットスラングが一般化しました。失業率の高さ、自殺率の高さなどから「地獄(ヘル)のような韓国」と自嘲する意味があります。

2019年1月30日には「就職できないからヘル朝鮮だと言わず、ASEAN(東南アジア諸国連合)をみればハッピー朝鮮だ」と語った韓国政府高官が辞職に追い込まれています(朝日新聞2019年1月30日朝刊「ヘル朝鮮なら『ASEANで働けば』暴言の韓国高官辞職」)。

あまりにも長く就職氷河期が続くため、2010年代から日本国内に就職する韓国人学生が増加していきました。

これは日韓関係が悪化しだした2018年以降も同様です。

2019年6月28日、大阪のG20サミットにて日韓首脳はわずか8秒しか握手しませんでした。

これは日韓関係の悪化の象徴として、報道されましたが、同日、韓国で開催された日本企業の合同説明会は盛況だったのです。

28日午後2時、ソウル市江南区内のコンベンションセンター「COEX」で行われた「Career in Japan日本企業採用博覧会」の会場。控え室は書類審査を通過して面接を待つスーツ姿の求職者たちでいっぱいだった。日本語を専攻したキム・ヘリさん(24)は「韓国国内で人文学系大学・学部卒業生が就職するのは夢のまた夢。就職難が深刻な韓国ではなく、好況で求人難の日本で就職先を探す人が周囲に多い」と語った。

2019年6月29日 朝鮮日報「韓日首脳が8秒間握手した日、韓国の『日本企業就職フェア』は大盛況」

韓国から日本への就職者、6万人突破の理由

国内労働市場が冷え込んでいる中、日本企業は韓国の求職者たちにとって一筋の光となっている。日本の厚生労働省の統計によると、日本で就職した韓国国籍者は2013年の3万4100人から昨年は6万2516人へと5年間で約2倍に増えているという。

2019年6月29日 朝鮮日報「韓日首脳が8秒間握手した日、韓国の『日本企業就職フェア』は大盛況」

では、なぜ韓国から日本への就職者が増えているのでしょうか。

理由は4点あります。

理由1:そもそも韓国の就職状況が厳しい

日本の厚生労働省が発表した30年平均の有効求人倍率は1.61倍で45年ぶりの高水準となった。大卒就職率は98.0%でほぼ全員が何らかの職を得られる。一方、韓国の就職難は深刻で、大卒就職率は7割に満たない。韓国政府が打ち出した最低賃金引き上げによる人件費負担に耐えられなくなった企業の雇い止めが増加し、雇用状況が悪化したことも景気低迷に拍車を掛けているとされる。

産経新聞2019年2月19日朝刊「韓国学生、日本就職を熱望 仕事がない…関係悪化でも後絶たず」

記事中の大卒就職率について、日本の98.0%は就職希望者ベースの数値です。韓国の大卒就職率が就職希望者ベースなのか、卒業者ベースなのかは不明ですが、同一だとすると、低いことは確かです。

理由その2:中小企業が低賃金・非正規で人が集まらない

日本の中小企業も採用難で「人手不足倒産」が深刻な問題となっています。

が、待遇はその多くが正規雇用であり、賃金・福利厚生も企業によっては引き上げる方向で進んでいます。

大企業と、中小企業の賃金格差は正社員では約2倍。非正社員との格差はさらに大きい。若年層の就職難は深刻で、18年の15~29歳の失業率は9%を超える。

朝日新聞2019年1月28日朝刊「韓国の働き方改革:下 最低賃金、2年で3割アップ 格差是正へ、雇用増政策から転換」

韓国は日本以上に大手企業志向が強いのですが、それは単にブランド志向というだけでなく、賃金格差が相当ある、という事情もあります。

大手企業に就職できなかった韓国人学生からすれば、韓国の中小企業に就職するよりも日本の大手企業または中小企業に就職する方が経済的利益が大きいのです。

理由その3:日本企業の技術力が高く、雇用が安定

商品・製品を大きく分類すると、消費財・生産財・中間財に分かれます。

消費財は消費者向けの完成品、生産財は消費財を生産するのに必要な機械・部品などです。

中間財は消費財・生産財の中間で建材などが当てはまります。

例えば、自動車だと消費財は自動車そのもの。消費財メーカーは日本だとトヨタ、日産など、一般知名度の高い企業ばかりです。

では、その自動車を製造する機械のメーカーは?自動車のネジを作るメーカーとそれを扱う商社は?

となると、一般知名度は途端にゼロに近づきます。

それはそうでしょう。機械メーカーや機械・部品を取り扱う専門商社は消費者相手ではなく企業相手になるのですから。

韓国であれ日本であれ、それ以外のどの国でも、この消費財・生産財・中間財という分類は当てはまります。

さて、日韓関係の悪化を決定づけた輸出管理(韓国側の言い方では経済報復・輸出規制)ではフッ化水素など3品目が対象となりました。

フッ化水素は半導体・ディスプレイ製造に必要な製品です。

特に高純度フッ化水素(純度99.999%、通称「ファイブナイン」)は日本の技術力が高く評価されています。

そのため、ロシア・中国など他国が製造するフッ化水素では、現在の韓国メーカー各社には適合しません。仮に適合するとしても製造ラインの見直しなどで相当期間かかる、と言われています。

この輸出管理で図らずも日本の技術力の高さが明らかとなりました。

そして、この技術力の高さが雇用の安定にもつながっています。

なお、技術力の高さ、というと理工系の学生だけ、と思われがちですが、営業なども含め総合職採用で文系採用も多い点を付記しておきます。

理由その4:日本企業は人不足

日本は2008年のリーマンショックの影響で2009年~2011年ごろまで就職氷河期でした。しかし、2012年ごろから改善し、2013年ごろから売り手市場に転じ、現在に至っています。

「韓国人材欲しい」が9割強 日系企業に調査、KOTRA[経済]

NNA2018年10月25日記事「『韓国人財欲しい』が9割強 日系企業に調査、KORTA」によると、

大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が日系企業177社(105社が回答)の人事担当者に実施したアンケートで、9割強が「韓国人材の採用を希望している」と答えた。

とのこと。回答した企業のうち、4割強は「韓国でビジネスを展開していない企業」とも記事にあります。

こうした4点の理由から、日本企業に就職する韓国人学生が増加していきました。

2017年には放言議長も、就職強化を要請

長引く韓国の就職氷河期を文在寅政権も改善しようとしましたが、結果として改善しませんでした。

そのため、2010年代から韓国政府や自治体、経済団体は日本企業への就職支援を強化していました。

今月、韓国雇用労働部が中止または日本企業締め出しを検討している就職合同説明会(記事では海外就職博覧会)も、雇用労働部、つまり、韓国政府の主催です。

今年上半期に開かれた博覧会には15カ国から184社が参加したが、日本企業は115社(62.5%)を占めた。求人難に直面する日本企業が韓国の青年の採用を望んでいる上、就職難で韓国の青年が日本企業に目を向け、日本での就職が増える傾向にある。雇用労働部によると、昨年政府の支援を受けて海外に就職した5783人のうち、日本が1828人(38%)で最も多かった。

朝鮮日報オンライン8月5日配信記事「韓国は日本企業就職博覧会を保留、日本は韓国旅行に注意喚起」

2017年には来日した韓国の国会議長が大島理森・衆議院議長と会談した際、放言を連発。その合間に韓国人学生の就職支援も要請しています。

韓国国会の丁世均(チョン・セギュン)議長が6月7日に来日し、8日に大島理森衆院議長らと会談した際、2018年平昌冬季五輪への日本人観光客訪問を求め、「もし少なかったら2020年東京五輪には1人の韓国人も行かせない」と述べるなど、不規則発言を繰り返して現場を混乱させていたことが30日、複数の同席者の証言で分かった。

それによると、韓国与党、「共に民主党」幹部でもある丁氏は会談冒頭から「昨年は今回のような招待がなかった」と日本側の対応に不満を漏らした。

その上で韓国の経済状態がよくないことを指摘し、「日本は景気がいいのだから、査証(ビザ)を簡素化して、韓国の若者を日本企業で引き受けてほしい」と要求した。

産経新聞2017年7月1日朝刊「来日の韓国議長が放言連発」

日本企業と韓国人学生、どちらが損?

では、今後、日韓関係がさらに悪化した場合(素人目にも改善はしそうにないですが)、就職・採用という点で日本企業と韓国人学生、どちらの損失が大きいでしょうか。

日本企業からすれば、韓国人学生の採用によって解消できた人手不足がなくなるのは痛手です。

ただ、ものすごく痛手か、と言えばそこまでではありません。

日本人学生、既卒者の採用や外国人留学生でも他国からの採用を増やせば済むからです。

一方、韓国人学生からすれば、賃金・福利厚生が高く、そして安定している日本企業への就職が閉ざされるのは、大きな痛手となるでしょう。

日本以外の海外就職をするにしても、アメリカは就労ビザが厳しく、ヨーロッパ諸国も同じ。中国は賃金が高いとは言えず、これはアジア諸国も同様です。

米国ではトランプ政権の方針でビザ発給が厳しくなり、中国でも就労後に求人時の条件と違うといったトラブルが相次ぐ。結果として相対的に日本への関心が高まっているという。

産経新聞2019年2月19日朝刊「韓国学生、日本就職を熱望 仕事がない…関係悪化でも後絶たず」

仮に、韓国人学生が日本企業への就職を敬遠するようになった場合、韓国人学生にとって損失が大きいのは明らかです。そして韓国人学生の未来はさらに暗くなりかねない、まさに危機にあるのです。

日韓両国の市民、学生は理性ある行動を

とは言え、私がこの日韓関係悪化にあって、数少ない希望を見出せる点は、日本・韓国、双方の市民、学生とも理性ある行動をとっている点です。

日本では、韓国人観光客に対するヘイト事件は発生していません。

韓国では、韓国人学生が日本企業への就職を回避しよう、という動きは今のところ出ていません。

それから、日本製品ボイコット運動などが起きていますが、一方で、ソウル都心に「NO jAPAN」の旗が掲示されたところ、批判が殺到。半日で降ろす事態となりました。

日本人観光客が多く訪れるソウル都心に「反日の旗」を掲げるというソウル市中区の計画が6日、実施から半日で撤回された。

(中略)

汎与党圏である正義党からも「安倍政権と日本を区分できず無概念的な反日と民族主義に追いやる政治家らの突発的行動は自制することを促す」(ユ・ソンジン報道官)との批判論評が出てきた。

中央日報2019年8月7日配信記事「ソウル市中区『ノージャパン』旗騒動…『嫌韓誘発』批判起き区長が謝罪」

もちろん、こうした理性的な行動ばかりではありません。

日本であれ、韓国であれ、対立をさらに煽るかのような言動、行動は見受けられます。が、日韓両国の市民、学生の多くは理性的な行動を選択するでしょうし、また、そうであってほしい、と願います。

特に日本企業への就職という点においては、政府・政治家がどう対立しようと、日本企業・韓国人学生、双方の利益にかなう話です。

今後、日韓関係がどうなるかは不明ですが、就職の専門家としては、韓国人学生の日本企業就職が今後も継続することを願うものであります。そして、この日本企業への就職という点が突破口となり、日韓関係の正常化につながることもまた願うものであります。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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