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高齢者就業で企業は変わるのか~今後の課題は

石渡嶺司大学ジャーナリスト
電話をかけるシニア世代社員(イメージ)。政府方針で今後シニア世代の雇用が増える?(写真:ペイレスイメージズ/アフロ)

高齢者就業の雇用拡大を政府が決定

高齢者就業が来年から拡大することになりました。

「高齢者就業、来年法改正へ=70歳まで、企業に努力義務-政府」(2019年5月15日、時事通信)

政府は15日の未来投資会議(議長・安倍晋三首相)で、高齢者の就業拡大に向けた方針を示した。70歳までの雇用確保のため、企業に対して継続雇用や起業支援などの選択肢を提示。努力義務として実施を求める。来年の通常国会に高年齢者雇用安定法の改正案を提出し、成立を目指す。

65歳までの雇用確保では既に、定年の廃止や延長、継続雇用のいずれかを企業に義務付けている。70歳では自社による雇用に加え、他社への再就職やフリーランス契約への資金提供など、高齢者の特性や健康状態に応じた選択肢を用意した。

安倍首相は「元気で意欲がある高齢者の方々に、経験や知恵を社会で発揮していただく」と強調した。 

来年の法改正では企業の努力義務にとどめ、将来的に義務化を検討するとした。また、高齢者の就業を拡大させるが、年金の支給開始年齢は引き上げないことも明記した。

70歳までの雇用拡大は企業側の努力義務であり、罰則付きの義務、という訳ではありません。とは言え、企業側にとってもシニア世代の社員を増やすことで人不足解消につなげたいところ。

政府が将来の義務化を検討、という点からも、今後、シニア世代の雇用を企業側が増やすことは間違いありません。

新卒・若年者転職には影響なし

では、高齢者就業によって、新卒採用にどの程度、影響があるのでしょうか。

今のところ、新卒採用や第二新卒採用を含む20代の転職に対して、大きな影響はないもの、と思われます。

理由は簡単で、それだけ売り手市場でどの企業も採用難(採用氷河期)に陥っているからです。

高齢者就業については2013年に65歳定年延長が開始となりました。

が、これで新卒採用にネガティブな影響があったか、と言えば全くなかったのです。

2013年、大学生の就職率(卒業者に占める就職者の割合/文部科学省・学校基本調査)は67.3%でした。それが2018年には77.1%と9.4ポイントも上昇しています。

その間、65歳の定年延長は各企業で定着し、外国人留学生採用に外国人労働者の受け入れ拡大なども進んでいます。

就職氷河期であれば、このうちのいずれかが新卒採用にネガティブな影響を与えていたことでしょう。が、結果的には、ネガティブな影響がほぼなかったことを就職率データは示しています。

影響があるのはむしろ就活後

大学生や20・30代の社会人に影響があるとすれば、むしろ就活後、つまり、社会人生活においてです。

70歳まで定年延長、となると、今まで以上にシニア世代の社員が増えることになります。若手社員は年齢差30~40歳以上の同僚として接することになるでしょう。

それから、中間管理職も年上の部下を持つ機会は格段に増えることになります。

これまで日本の企業社会では、新卒一括採用と終身雇用制度の影響もあって、同僚はほぼ同じ年齢。部下は年下となるのが基本でした。

上司・部下の年齢逆転現象は2000年代以降、増えていきますが、どの中間管理職にも起こる、というところまでには至っていません。

が、高齢者就業の拡大によって今後は年齢逆転現象がより増えるもの、と想定されます。

若手・ミドル世代には理解できないシニアの健康・慣習

シニア世代の雇用が増えることにより、若手社員やミドル世代にとっては技術・ノウハウの伝承、という点で好影響が考えられます。

では、好影響だけで済むか、と言うとそう簡単にはいきません。

デメリット、と言いますか、課題点は、企業側がシニア世代の健康・慣習にどれだけ配慮できるか、という点です。

具体的には3点。

福祉的雇用ではなく役割を明確化

「Wedge」2019年6月号は「漂流する部長課長 働きたいシニア、手放したい企業」という特集を掲載。

同特集の中の記事、「シニア社員の労働意欲を高める 60歳以上の戦力化を図り新・日本型雇用の創造を」は今野浩一郎・学習院大学名誉教授が執筆。

同記事で今野教授は、シニア社員の雇用形態が福祉的雇用になっている、と指摘しています。

60歳定年を境に働きぶりを評価せず、仕事、成果と関係なく賃金を決める。つまり成果を期待することなくシニア社員を再雇用する企業が多い。こうした雇用は「雇用」というより「福祉的雇用」と呼ぶにふさわしく、「仕事内容と賃金が合わない」「成果をあげても賃金があがらない」との不満が大きくなり、シニア社員の労働意欲を低下させることになろう。

今野教授は、役割の明確化、短時間労働や複数企業でのシェアリングなど柔軟な対応を企業側に呼びかけています。

労働時間の長さは適切か

「週刊東洋経済」2019年3月23日号記事「経済学者が読み解く 現代社会のリアル 第10回 高齢男性はなぜ思いどおりに働けないのか?」で臼井恵美子・一橋大学経済研究所准教授は50歳以上の中高齢者を対象とした「くらしと健康の調査(JSTAR)」のデータを紹介しています。

54歳時に雇用者だった男性の多くは、ちょうど60歳を境にフルタイムの就業から退出し、パートタイムや引退へと向かっている。そして、60代半ばごろからはパートタイム就業が減り始め、74歳のときには9割の人々が引退している。

一方54歳時に自営業者だった男性の多くは、60歳ごろからフルタイム就業からパートタイム就業や引退へと移っている。この流れは緩やかで、74歳であってもたったの4割しか引退していない。

(中略)

JSTARに基づく分析の結果、54歳のとき雇用者だった日本の男性のうち、年金受給開始後も働き続ける人々は、「労働時間を増やしたいができない(underemployment)」と思っている。一方、54歳のとき自営業者であった日本の男性のうち、年金受給開始後も働き続ける人々は、「労働時間を減らしたいができない(overemployment)」と考えていることがわかった。

つまり日本の男性は、年金受給開始後の働く時間について、「もっと働きたい」あるいは「働きすぎ」のいずれの場合においても、働く時間に満足していない。また納得できていない人々が多い。

臼井准教授は、定年制度や働くと年金が減額されるという「在職老齢年金制度」が高齢者就業を阻害している、と指摘しています。

高齢者就業を考える企業は、この働く時間が適切がどうかについても検討すべきでしょう。

トイレ、難聴、タブレット入力は中年世代と違う

やや古い本ですが2014年刊行の『60歳新入社員の伸ばし方、活かし方』(崎山みゆき、労働調査会)は60歳以上社員の研修・育成に関するノウハウ本です。

同書では、60歳以上社員の加齢・老化についても指摘しており、この内容は現在も通用する、と見ていいでしょう。

タブレット端末の入力が遅くなるのは、皮膚の乾燥。

歳を取るに従って、皮膚は乾燥します。この乾燥した指先で、タブレット端末の画面をこすっても、反応しないのです。(中略)加齢とともにいずれの層(皮膚の表皮、真皮、皮下組織)もうすくなり、皮膚が本来持っている機能も低下します。

仕事の話をしても、聞いていないように見える、あるいは聞き間違いが増えるのは実は老人性難聴。

老人性難聴は、老化現象の一つであり、内耳の機能の低下によって誰にでも起こります。(中略)個人差はあるものの、概ね40歳代から始まり、60歳代から急速に進みます。(中略)聞こえてはいるのですが、聞き取り能力が低くなります。つまり、聞き間違いが増えます。「1時」と「7時」、「右」と「幹」などです。

そして、トイレ。

トイレの悩みを持つ人は、40歳を超えると急に増えます。「出にくい」「近い」「夜中に起きる」…という排尿の悩みを持つ人が、男女共に少しずつ増えてきます。

この対策として同書では、皮膚乾燥はハンドクリームやゴム指サック、手袋など。老人性難聴は24時間表記や紙に書きながら話す、語尾をしっかり話す、など。

トイレは研修中であれば、新卒研修の2倍、トイレ休憩時間を設定する、などをそれぞれ勧めています。

政府方針で高齢者就業の拡大は決まりました。が、雇用形態からトイレ休憩まで細かい部分は当然ながら個別対応となります。

人不足が続く中、シニア世代の社員を戦力化できるかどうか、各企業の創意工夫が今後、求められます。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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