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中小企業はどうして採用に失敗するのか~人手不足倒産にならない戦略は

石渡嶺司大学ジャーナリスト
ひょうご就職サミット2019で学生に自社・大匠をアピールする社長(撮影・石渡)

「合同説明会?採用以外の仕事がはかどりますよね」

ある西日本での合同説明会を見学した時のことです。

4年生・既卒者向けにしては時期が悪かったこともあり、来場者はオープニングセミナーで15人。

このセミナーだけで帰った学生・既卒者が5人。会場に残ったのはわずか10人。

そして、その10人のために何社がブースを出していたか、と言えば30社。複数で来ている社もあるのでざっと50人。

私が見学に行ったのは終了間際でした。そのときに残っていた学生・既卒者はわずか1人でブースにいる採用担当者と話をしていました。つまり、残り29社はブースに来場者が誰もいない状態だったのです。

疲れた笑顔を見せつつ、会場の運営責任者は「終了時間までは企業の皆さんには会場にいてもらうことにしています」と説明してくれました。

そのため、各社ともブースに担当者がいることはいます。

ただし、よくよく見ていくと、どの企業も担当者は持ち込んだノートパソコンで仕事をするか、スマホを所在なげにいじるか、どちらかでした。

会場を回ると、ブース越しに話す採用担当者も。

「いやあ、合同説明会は仕事がはかどりますね。採用以外、ですが」

「全くです」

こんな会話も聞こえてきました。

就活・採用周辺を取材している私としては何か虚しい思いを持ちつつ見学していたのです。

終了時間になると、採用担当者は一斉に撤収。そこそこ広い会場からはわずか5分で運営担当者や設営業者以外、誰もいなくなりました。

大規模な合同説明会なら、終了時間後も採用担当者に質問をする学生などが残っています。そうした光景は一切なし。

さらに虚しい思いを感じながら私も会場を後にしました。

こうした光景はこの地域特有のものではありません。中小企業の合同説明会はどの地域でも集客に苦しんでいます。

大手より条件は低いことは確かだが

中小企業は大手企業より給料・福利厚生などが劣ることは事実です。

関西のある採用担当者は、初任給は同じ、と話しつつもその差を説明してくれました。

「うちも同業他社も、初任給は無理に月20万円まで上げました。ただ、住宅手当や交通費はどうしても大手企業に比べて見劣りします。うちは住宅手当を出していますが、交通費も月2万円までだすようにしました。ただ、新入社員に出すと他の社員はどうなんだ、ということで出せない企業は正直、多いです。昇給も限度があって、30歳で300万円くらい。大手だと400万円、500万円行くので、そこで差がつくのは確かです」

ただし、とこの採用担当者は力説します。

「うちもそうですが、中小企業は地域に根差しています。うちだと景気の良し悪しに関係なく安定したビジネスをしているので無借金経営。転勤をしたくない、地元がいい、という学生であれば、うちのような中小企業の方がいいのではないでしょうか」

人手不足倒産が現実問題に

確かに、地元密着というのは大きなメリットです。

条件面も、非正規雇用が当たり前の韓国に比べればはるかに好条件。まして、中小企業によっては成長中で大手企業に条件が追い付きつつあるところもあります。

ところが実際には、ビジネスは順調なのに、人手が足りないため、倒産という事例が増えてきています。

人手不足と倒産、本来なら結び付かないキーワードなのに現実には「人手不足倒産」が新聞各紙をにぎわせるようになっています。

帝国データバンクによると、2018年度の上半期は従業員の離職や採用難による「人手不足倒産」が前年同期比4割増の76件と大幅に増え、過去最多のペースを更新した。サービスや建設、運輸・通信などの業種で倒産が多く、人手不足は多くの企業で死活問題となっている。

(中略)政府は人手不足対策として、4月から外国人材活用のための新たな在留資格を導入するほか、70歳までの継続雇用に向けた検討も始めた。ただ、国内の人手不足は20年に384万人、30年には644万人に達するとの民間の試算もある。

帝国データは、当面は「好待遇での従業員確保が困難な小規模企業を中心に、倒産のさらなる増加が懸念される」としている。(「人手不足、死活問題に=中途など採用多様化」2019.01.12 時事通信)

東京商工リサーチは10日、深刻な人手不足を背景にした国内の企業倒産が今年1~11月の合計で362件に上り、平成25年の調査開始以降で暦年の過去最多を更新したと発表した。中小零細企業が大半を占めており、人材確保が困難で事業を継続できない「求人難型」倒産の増加が目立つ。

(中略)社員を引き留めるため賃金を引き上げたことで経営が悪化した「人件費高騰型」も71・4%増の24件と大幅に増加した。

(中略)東京商工リサーチの担当者は「(外国人労働者の受け入れを拡大する)改正出入国管理法が成立したが即効性は期待できず、人手不足が倒産件数全体を増加に転じさせる要因になりかねない」と指摘する。

(産経新聞2018年12月11日朝刊「人手不足倒産最多 11月で暦年更新 負債総額503億円」)

では、なぜ中小企業は新卒採用がうまく行かないのでしょうか。条件面以外の理由が何か、取材していくと、7点ありました。

理由1:専任の人事担当者がいない~採用知らず

当たり前ですが、中小企業は専任の人事担当者がいません。総務や経理を兼務、あるいは社長や役員が兼務する企業もあります。

ただし、現在の新卒採用の状況をよくわからないまま、前年度と同じ採用手法をしようとするだけ。それでは当然ながら空回りするだけです。

この採用状況を知らないと、ちょっと新しいことを始めても、空回りしてしまいます。

ある地域で採用担当者と学生の座談会がありました。この座談会に中小企業の採用担当者が参加したのですが、結果としては大失敗。

理由は簡単で学生からの質問に答えられないのです。

座談会は「なんでも質問OK」としているので、就活の初歩的なノウハウや「面接ではどんな質問が出るのですか?」など学生も色々と聞いてきます。中には採用担当者が学生だったときの就活談を聞く学生も。

こうした質問に大手企業や中堅企業の採用担当者は自身の経験も踏まえて答えていきました。

一方、中小企業の採用担当者は硬直していたのです。

まず、面接について聞かれても、

「うち、面接が独特すぎて、外部に公開していません」

「なんか、雑談だけで終わりなので」

自身の就活は、と言えば、

「知っている社会人に紹介してもらっただけなのでそんなに大したことはやっていない」

「エントリーシート?書いたことない。履歴書は内定を貰ってから書いただけ」

困惑した表情を浮かべながら答えていましたが、学生の方も、

「なんでこの人、採用担当者なのに、他の企業(参加していた大手・中堅企業)の採用担当者のように答えられないのだろう?」

と困惑していました。

別の地域の座談会では、社会人側が中小企業の社長・役員クラスが勢ぞろい。いずれも採用担当とのこと。それはいいのですが、やはり採用・就活について学生が恐る恐る質問してもほぼ無回答。

「そんなさあ、今から就活のノウハウ、聞きたがってそれで人生楽しい?」

など、座談会の趣旨(なんでも質問してOK)を理解していない回答をして、こちらも学生を硬直させていました。

このように、採用担当者が就活事情をよくわかっていない、という点で空回りすることは良くあります。

理由2:経営陣の協力が得られていない~奨学金支援もできず

採用活動をするには資金が必要です。就職情報会社の就職ナビに掲載するためには掲載料がかかりますし、合同説明会も出展費用が発生します。大学を訪問していけばそのためのガソリン代、説明会を社外で開けば会場費など、色々とかかるもの。

こうした新卒採用のために費用が発生することを経営者層が理解する中小企業であれば、まだまし。実際には、

「こちらが給料を払ってやるのに、そのうえ、なんであれこれ金を出すのか」

と言い出して、採用にかかる費用を出し渋る中小企業の経営者が多数います。

就職情報サイト・JOBRASSを運営しているアイデムの北薗潤一・エリアマネージャーは、

「中小企業で採用がうまく行っているところは経営者と採用担当者がよくコミュニケーションを取っているところです。これは中小企業だけでなく大手企業も同じ。会社がどんなビジョンを持って、どんな人材を採用したいのか、経営者層と採用担当者が共有しているのです。それができていないと、費用負担をどうするのか、あるいは選考でどんな学生を通すのか、採用全般が空回りしてしまいがちです」

 と話します。

採用コンサルタント・柳本周介さんは、奨学金返済支援がその典型、と話します。

奨学金返済支援をアピールする企業のポスター。中小企業でも導入が相次いでいる。自治体が企業と連携するところも(撮影・石渡)
奨学金返済支援をアピールする企業のポスター。中小企業でも導入が相次いでいる。自治体が企業と連携するところも(撮影・石渡)

「新卒採用の起死回生策として、奨学金返済支援が注目されています。実際に導入を決める中小企業も増えてきました。ただ、経営者層からすれば『奨学金?貰うから奨学金でしょ?それに返済が必要として、それを何で肩代わりするの?』と現在の奨学金事情を全く分かっていない方が多くいます。当然ながら奨学金返済支援制度を導入できるわけがありません。それくらい新卒採用事情に疎いので、その分だけ人が集まらないですね」

理由3:合同説明会が下手

各地の商工会議所や中小企業家同友会などが主催する中小企業の合同説明会は企業をアピールするいい機会のはず。

ところが、この合同説明会自体がうまく行っていません。

ある地域の中小企業合同説明会は、主催団体が参加学生を増やすためにアンケート調査を実施。開催時期について「土曜か日曜」を希望する学生が多かったため、土日どちらかでの開催を検討しました。ところが、参加する中小企業の各社が猛反対。

「土日くらい休みたい。例年通り、平日でいいじゃないか」

結果、反対論を抑えられず、平日に開催。案の定と言うべきか、大学の開講期間ということもあり、学生の参加者は例年通り、少数にとどまりました。

合同説明会の日時設定だけでなく、企業ごとの設営も上手くありません。

アイデムの北薗さんによると、

「アピールの上手い中小企業だと、何かしら企業の独自色を出そうとします。その企業の商品や製品をあえて持ってくるとか、手書きのPOPを貼るとか。設営業者が販売・レンタルをしているものだけでどうにかしようとするのはちょっと無理があります」

自社の良さをブースでも全面アピールする淡路麺業。こうした工夫をできる中小企業は少数派(撮影・石渡)
自社の良さをブースでも全面アピールする淡路麺業。こうした工夫をできる中小企業は少数派(撮影・石渡)

これはブースのパネルだけでなく、机も同じとのこと。

「机も会場の動線を考えて、横向きがいいのか、それとも縦向きがいいのか。学生に入ってもらうためにはどうすればいいか、色々と考えますね。採用が上手くない中小企業だと採用担当者が最初から置かれている向きのままで設営します。それも机にパンフレットを置く程度で設営終わり、というところも。それでは上手くいくわけがありません。ちょっとした工夫一つでも採用は大きく変わります」

ある就職情報会社の合同説明会担当者は声を潜めてこう話してくれました。

「大手でも中小でも企業は学生に自主性が大事。自分から動けって話しますよね?創造性が大事とも言いますし。合同説明会の中小企業ブースを見ていると、自主性・創造性がゼロのところばかり。学生には偉そうに言っておいて、自分はできていない。そんなの学生が就職したいと思うわけがないですよ」

理由4:会社説明会が下手~棒読み、大手悪口でがっかり

私は3年前から「日経MJ」(日経流通新聞)を購読しています。流通業界の人間ではないのですが、日経の堅実さと日経らしからぬ柔らかさが混在して面白く。その日経MJ2019年2月20日付に採用関連記事「就活生の心をつかむ会社説明会 学生目線で『来てよかった』」が掲載。

この記事では就活コンサルタントの谷出正直さんがコメントをしています。

谷出氏は中小企業の採用担当者から相談を受ける際、「学生に中小企業の説明会に参加するメリットを伝えられますか」と尋ねるという。多くの担当者が答えられず、メリットを伝えきれていないという。

(中略)

「会社のホームページに掲載されている内容を棒読みすることは問題外」と谷出氏。担当者が資料を見ながら説明していると、「社員自身が自社のことを知らないのかと不審に思われてしまう」(谷出氏)。きちんと説明しようとするあまり淡々と資料を読み上げるだけでも、採用の熱意が伝わらない。

ところがこの「日経MJ」にあるような、棒読みは中小企業の説明会だとよくある話です。

棒読み以外に多いのが大手企業の悪口、と話してくれたのは採用コンサルタントの柳本さん。

「社長など経営者層が会社説明会で話すとなぜか、大手企業の悪口をメインに話される人が多くなります。『大手企業に行ったら、使い捨てにされる』『駒にされるだけ』『歯車の一部にされるだけの人生でいいのか』などなど。悪口だけで学生の気を引けるはずがありません。むしろ、ドン引きされるだけです」

理由5:ナビを使わないか、過信するか

就職情報会社が運営する就職ナビサイト。これも中小企業はうまく使いこなせていません。まずは全く使わないところから。

「『リクナビなどどうせ高い金を出しても人は来ないんだ。それならCMで無料と言っているインディード、あれを使え』と社長に言われました。いや、確かにインディードは無料ですよ。でも、あれ社会人メインですし、そもそも全部無料という訳ではありません。なのに、『CMでは掲載した途端、電話がかかってきているじゃないか。やれ』。いやその、あのCMはあくまでも演出であるはずなんですが」(西日本・機械)

「弊社は大手ナビを使っていますが、利用開始時期が4年生の5月から。なんでか、と言うと、役員会で決済が下りるのが4月。そこから準備していくと掲載開始をできるのが5月なんです。もちろん、就活生はあらかた決着がついている時期なので掲載の意味がありません。もっと早く使えば早期申し込み割引もあるし効果もあるはずなんですが全く理解してくれないままです」(関東・文具)

一方、ナビを利用するものの、過信して、自社では何もしない中小企業も採用に結び付きません。

「大手ナビには全部出稿。なのに、アフターフォローを何もしてくれないし、採用ゼロが続いている。うちのような中小は見てくれないんですよ、学生は」(関東・住設)

「ナビは出しているのですが、何をどうすればいいかわからなくて」(九州・流通)

これで採用に結び付くかと言われれば相当難しいのではないでしょうか。

理由6:面接が1パターン~志望動機から引っかかる

採用コンサルタントの柳本さんは、面接もどうにかした方がいい、と話します。再現してみると、こんな感じでした。

採用担当者「はい、自己紹介をお願いします」

学生「私は~」(まずは自己紹介か)

採用担当者「はい、志望動機をお願いします」

学生「私が御社を志望したのは~」(なんか淡々と進むな…)

採用担当者「はい、長所・短所を言ってください」

学生「私の長所は~」(全然、掘り下げるとかないけど大丈夫かな、心配だ…)

採用担当者「はい、学生時代に頑張ったことはなにか、言ってください」

学生「……」(何、この尋問のような面接は。入社してもずっとこんな感じなら嫌だな…)

こうした尋問調の面接を中小企業はやってしまいがち、と話します。

「会話するわけでもなく、ただただ尋問しているだけ。これでは学生は気持ちが萎えてしまいます。企業側に面接は会話をする場という認識が全くありません。これでは採用は難航するのも当然でしょう」

柳本さんが面接で問題視するのは志望動機と志望順位。

「中小企業は会社説明会をするほどのことがなく(会社説明会自体、なにをしていいのかわからず)、応募があるとすぐに面接に入る企業も多くあります。それで志望動機など答えようがないのですが、面接後、『志望動機が明確ではない』と言って落とすことがよくあります。いまだに『弊社が第一志望ですか?』と聞く中小企業もありますね。就職氷河期ならまだしも今だと軽いパワハラとも捉えられてしまいます。大手企業でも志望度を気にする企業は減っているのですが」

理由7:内定者フォローがゼロ

学生が内定を複数社から貰えば内定辞退するのは当たり前です。何しろ、体は一つしかないので。

大手・中堅企業であれば、内定辞退を見越して多めに内定(内々定)を出しますし、内定者フォローも戦略を相当練ります。

ところが、この内定者フォローを全くしていないのが中小企業です。

「内定を出して、承諾書をもらうとなにもせずに4月1日を待っている企業も多いです」(柳本さん)

大手・中堅企業だと、内定式をちょっと凝るとか、内定式までの期間は内定者懇親会や勉強会を開催するなどしています。

「内定者懇親会・勉強会などは全くしない企業が大半」(柳本さん)

内定者フォローで言えば、内定者SNS利用もその一環です。

内定者SNSの最大手・EDGEを運営する佐原資寛・EDGE株式会社代表取締役社長によると、

「利用企業は大手も中堅も中小も規模を問わず増えています。ただ、中小企業ほど弊社サービスをご説明しても『うち、数人くらいの内定者しかいないのに内定者SNSに金を出す意味あるの?』とお話される方は多いです」

と内定者フォロー自体に否定的な企業が中小企業ほど多いとのこと。

この内定者フォローをしっかりしておかないと、内定辞退につながるのはここ5年、大手・中堅企業の採用担当者の間では常識となっています。ここでも中小企業の経営者・採用担当者は意識が追い付いていません。

それでいて、内定辞退は大手・中堅企業よりも中小企業の方がはるかにダメージは大きいのです。

「内定辞退者が1人でも大手企業と中小企業とでは意味合いが違います。100人に内定を出す大企業だとダメージは1%で済みます。3人に内定を出す中小企業だと、内定辞退者1人でダメージは33.3%。中小企業の内定辞退によるダメージは大手企業の数十倍にもなるのです」(佐原社長)

採用の対策をどうする?~兵庫県中小企業家同友会の場合

では、中小企業は人手不足倒産を避けるためにできる採用戦略をどうすればいいのでしょうか。

現在、各地域の中小企業家同友会から視察が相次いでいるのが兵庫県中小企業家同友会の運営による合同説明会「ひょうご就職サミット」です。

今年は3月4日と6月1日の2回開催(どちらも神戸サンボ―ホール/11時~16時30分)。

このイベントのアドバイザーでもある柳本さんは、ルーティンワークとしての合同説明会を同友会参加企業の有志と話し合いながら変えていきました。

「まずは休憩スペースの採用担当者立ち入り禁止です。特に学生に声を掛けるのは禁止にしました。会場に長くいてもらう方が各社とも結果的には得をします。ところが、学生が寄り付かないから休憩スペースでも声を掛ける。その分、学生は休憩できずにすぐ帰ってしまう。この悪循環に気づいて改善しました。現在ではお茶だけでなく軽食も出しています」

ひょうご就職サミットに参加するネクストページ。画面右は同社社長。「社長もラフでなんかいいなと思いました」とは参加学生の弁。 (撮影・石渡)
ひょうご就職サミットに参加するネクストページ。画面右は同社社長。「社長もラフでなんかいいなと思いました」とは参加学生の弁。 (撮影・石渡)

さらに幹事企業によるコンシュルジュ制度も導入。

「幹事企業の担当者・社長が入り口で登録を済ませた学生に声を掛けます。学生の志向を聞いて、それにあった企業を紹介するようにします。もちろん、自社への誘導ではありません」

こうした改善策だけでなく、毎月人事担当者勉強会も実施しています。

その結果、ひょうご就職サミットでは他の地域の中小企業合同説明会のような閑散とした雰囲気がありません。

「中小企業同友会や商工会議所の有志で勉強会を開催するのはいいでしょう。他にも就職情報会社が勉強会を開催しているので、それに参加する手もあります」(柳本さん)

会社説明会や面接も変えようはある

柳本さんは会社説明会や面接も変えるべき、と話します。

「会社説明会で話すことがないなら社長が10年後、20年後のビジョンを語るのはどうでしょうか。15分くらいの短さで十分です。話が長いのは嫌われるので。そのときに大手企業の悪口ではなく、『若い君たちと一緒に会社をさらに大きくしていきたい』など前向きな話をするとよりいいでしょう。さらにグループワークを入れていけば、それだけで2時間ぐらいの会社説明会が可能です。私の顧問先のスーパーマーケットだと『3日間だけの集客イベントを考えよう』というテーマでグループワークを実施。これをしたら大盛り上がりでした」

説明会にこだわるのではなく、食事会でもいいのでは、とも柳本さんは話します。

「私の顧問先、酒卸会社だと、会社説明会をするほどの内容がないこともあって、ハナから会社説明会をやめました。代わりに社長と一緒に食事会を実施。これで今年6名の新卒採用に成功しています。今年から初めて新卒採用をした企業で、ですよ。食事会を先に開催する企業は中小企業で増えつつあります。面接は一問一答式ではなく雑談形式がいいですね」

内定者フォローも重要です。

「兵庫県中小企業家同友会では、合同内定者勉強会を開催しています。他にナビサイト運営会社による合同勉強会もあります。勉強会が無理でも食事会ぐらいは2カ月に1回はしてほしいところです」(柳本さん)

「弊社の内定者SNSを利用する中小企業だと登録者は内定者が数人。それだけでなく社員も大半が参加。それで日々の仕事内容などを書き込んでいって盛り上がった企業もありました。中小企業だと入社1・2年目の若手社員が内定学生にいい所を見せようと余計に頑張って、結果的に内定者フォローだけでなく育成の効果もあった、という事例もあります」(EDGE・佐原社長)

金井重要工業の1点突破

関西の採用担当者の間で一目置かれているのが金井重要工業です。繊維機器や不繊布事業で業界内では有名。グループ企業には有馬温泉・古泉閣などもあります。従業員規模は209人(2017年現在)で大きいわけではありません。

この金井重要工業で採用を大きく変えていったのが、金井宏輔・取締役です。2017年まで採用部門を統括していました。

「我々が採用活動を始める上で、考えたことは自社の強みを明確にすることと、他社との差別化を明確にすることです。通常の会社は“事業”の強みを明確にすることに注力してしまい、“自社”の強みには中々フォーカスを当てられていないと感じています。学生が本当に知りたいと思う、働く人にとっての自社の良さを伝えるようにしました」

同社では他社ではやらないようなイベントも数多く実施。

2018年はホームレス対談イベントを開催。

「元芸人のホームレス小谷氏を招いてトークイベントを開催しました。これは良い会社に入って、働くことだけが幸せなのではなく、それぞれにあった幸せの形があるので、まずは自分にとっての幸せとは何なのかを考えてほしいという趣旨から生まれた企画です」(金井さん)

合同説明会で学生(左)にVR体験のゴーグルを付けさせて説明する金井重要工業の採用担当者(右)。これも採用戦略の一環(撮影・石渡)
合同説明会で学生(左)にVR体験のゴーグルを付けさせて説明する金井重要工業の採用担当者(右)。これも採用戦略の一環(撮影・石渡)

4年前からは「人事が就活!」も実施。

「採用担当者がGDをし、面接をし、学生が評価をするというイベントです。就活には正解はありませんが、合否があるようにある一定のレベル感があると思います。人事のGDを見て、議論のレベルや、論理的な話し方などを見てもらい、もっと学生が現状に満足せず高みを目指すきっかけになってもらいたいと考えて企画をしました」(金井さん)

こうした戦略が功を奏して金井重要工業は採用が順調に進んでいます。

「通常の採用フローではなく、オリジナリティのある採用をすることで、会社の方向性や、メッセージを学生に伝えることが出来たと思います。我々が学生を見て同じようだなと思うように、学生から見ても企業が同じように見えてしまいがちです。そこで、我々も学生と同じスタンス・気持ちで就職活動/採用活動に向き合うようにしました。自社の個性を発揮できるようになったことで採用が上手くいっているのではないでしょうか」(金井さん)

中小企業の採用戦略について採用コンサルタントの柳本さんは、次のようにまとめてくれました。

「中小企業に知名度がないのは仕方ないところです。ただ、大学まわりなど地道な活動をしていたら、必ず学生との接点はあります。会社説明会に合同説明会、食事会、面接、内定者フォローと採用のために変えるべきところはいくらでもあります。入社後の社員育成や条件改善なども検討すべきでしょう。ただ、色々と戦略を練ることによって中小企業でも採用がうまく行くもの、と考えています」

明日(2019年3月1日)は2020年卒の広報解禁日。この日の合同説明会にブースを出展する中小企業はまず机の向きを変えてみてはいかがでしょうか。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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