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日大アメフト部はどうなる?~監督・コーチ選考委の河田剛さんに聞く

石渡嶺司大学ジャーナリスト
河田剛さん(Stanford Athleticsより引用)

アメリカNFLに一番精通する日本人

河田剛(かわた・つよし)さんは1972年、埼玉県出身。1991年城西大学でアメリカンフットボールを始め1995年、リクルートシーガルズ(現オービックシーガルズ)に入団。以降、選手として4回、コーチとして1回、日本一を達成します。2004年に引退後、スタンフォード大学アメリカンフットボール部のボランティアコーチ(2007年)、オフェンシブ・アシスタント(2011年~)に就任。

日本人としてはアメリカNFLに一番精通している、と言っていい存在です。

2018年4月には『不合理だらけの日本スポーツ界』(ディスカヴァー携書)を上梓されました。

今回は、河田さんに選考状況から日米のスポーツ観の違いなどをお伺いしました。

監督・コーチ選考委員会には「電話で自薦」

石渡:今回、監督・コーチ選考委員会のオファーを受けた経緯は?

河田:先週月曜(7月2日)に友人の有馬(有馬隼人氏)が選考委員に選ばれたとニュースで知りました。翌日、有馬と別件で話す機会がありその際に「学校が委員として選ぶかは別として、アメリカの事情を知る、私が適任である」と伝えたのです。その後、有馬から「自分から推薦する」と言われました。

翌日、水曜に日大から依頼の連絡が入り引き受けた、という次第です。

引き受けた理由、気になるギャラは?

石渡:引き受けた理由は?

河田:140人の部員、その家族、友人も含めた人達の努力や、思いを無駄にすることは、絶対あってならないことです。秋のリーグ戦に絶対に出場するべく、関東学連が認めるようなコーチを選考しなければなりません。また、応募者の中にアメリカ人も含まれているとのことであったので、その経歴やスキルを客観的に判断できるのは、日本人では自分しかいないと思いました。

石渡:スタンフォード大学のコーチの仕事と重複しませんか?

河田:幸い、スタンフォード大のコーチは今、夏休みで特にやることがありません。

石渡:下世話な話ですが、選考委員のギャラというのはどれくらいなのでしょうか?

実は知りません。他の委員の方には、知らされているかもしれないし、契約に関する文書にはあるのかもしれないが、本当に知らないのです。

まずは69名の応募者の資料を読むことに忙殺されていたため、ギャラがいくらか、というのは優先順位が低かったですね。私の中では。

とにかく、期限が迫っているので。数日前は徹夜しました。

石渡:他の選考委員メンバーはどのような経緯で選出されたのでしょうか?

河田: 詳細はわかりません。有馬・上杉の2氏は早いうちから声がかかったようです。この2人が「外部メンバーのみで選考」「透明性・公平性を保てるかどうか」「選考委員会の決定を反映」という3条件で引き受けたと聞いています。有馬が選出されたのも知ったのは本人からではなくニュースでした。

石渡:選考委員の他のメンバーについてどう思いますか?

河田:各ジャンルのスペシャリストが集結した。素晴らしいメンバーだと思う。

アメリカだとギャラは10億円も

石渡:アメリカのアメフト部監督でもこのような選考委員会による選出をするものなのでしょうか?

河田:ケースバイケースですが、お金のある学校=フットボール人気が強い大学は、前のヘッドコーチがクビになった瞬間から、外部にその人選を依頼します。数千万のコストを支払って、あらゆる観点からの人選を行い、複数回の面接を経て、決定します。また、各コーチには、エージェントがいて、エージェントと学校側の交渉の後、契約が決定発表されます。

石渡:アメリカだと監督の報酬は日本人が考える以上に高い、と河田さんの著書『不合理だらけの日本スポーツ界』に書かれていました。

河田:拙著にも書いたが、ミシガン大・アラバマ大のコーチはボーナス込みで9億円・10億円と言われています。他大学でも数億円というコーチも珍しくありません。それも州立大学だと公務員ということになります。

石渡:公務員で数億円ですか?霞が関の高級官僚でもちょっと考えられない金額です。

河田:ほぼ終身雇用の日本とすぐ転職するアメリカと公務員事情が違うにしても、年収は大きな差がありますね。これは、アメリカンフットボールだけの差ではなく、日本とアメリカのスポーツ社会全体の差でもあります。

日大アメフト部の監督の報酬は?

石渡:では、今回の日大アメフト部の監督・コーチの待遇はどれくらいのものなのでしょうか。

河田:正直申し上げてわからないのです。すみません。

石渡:どの程度の金額かはおくとしても、アメリカのような高額ということはあり得ません。日本とアメリカでどうしてここまで待遇に違いがあるのでしょうか?

河田:日本だと、収入の高さは悪という社会風潮があります。これは教育者やスポーツ指導者にも当てはまります。

石渡:確かに。

河田:アメリカだと、それがありません。高い収益を上げるチームを指揮するコーチは高い報酬を得るのが当然、とされます。

石渡:選考について、日本大学側の介入は感じますか?

河田:すべての全体のミーティングには、日大の方々も参加しています。しかし、基本的にはオブザーブという感じで、積極的な発言や、委員の議論を止めたり、反論をしたりすることはないです。膨大な資料の取りまとめや、多くの関係者のスケジュール調整等、本当に多大なる協力をしていただいています。

監督・コーチの同時選出はあり?

石渡:通常は監督を選任。その監督が自身の戦術に沿ってコーチを選任する、と言われています。今回の同時公募で戦術のすれ違いなど問題はないのでしょうか?

河田:まず、一番大事な事は、今年の秋のリーグ戦への出場機会を得ることです。そのために具体的な人選をした上で、7月17日の期限を守り、改善へ向けた資料を提出することです。まずは、ヘッドコーチや監督等のタイトルは関係なく、トップに立つ人を決めて、委員会及び、トップに選ばれた人と一緒に人選をすすめていく形になるかと思います。

石渡:OBからすれば疎外感もあるし、もっと言えば、人材の宝庫なのに監督・コーチが専任されないことに違和感を持つ方もいるはずです。この点についてどう思われますか?

河田:英語で『It is what it is.』という言葉があります。【それは、決まっていることだから、しょうがない。それより大事な事がある】という意味です。今回のケースで言えば、OBが入るか入らないかより、期限に間に合い、秋のリーグ戦に出場できることであるので、OBの方々にもご理解頂きたいですね。

期限には間に合う?

石渡:選考委員会の役割として、「今回の事案の特殊性に鑑み、上記基準等については選考後、一定期間オブザーブ機能(基準が満たされているかをチェックする機能)を持たせることといたします」とある。この期間はどれくらいを想定していますか?

河田:期間は未定。この間の会合で話し合ったのはチームが自立するまで。場合によってはそれが数年程度、ということになるかもしれません。

石渡:選考委員会のメンバー構成はスペシャリストが集結した、と私も考えます。一方で、関東学連の示した期限である7月17日(報告書提出期限)に間に合うのでしょうか?

河田:間に合わせるべく選考を進めています。ただ、状況次第では変わることも。繰り返しになるが、一番大事な事は、期限に間に合い、秋のリーグ戦に出場することであるので、関東学連とコミュニケーションを取りながら、進めていきたいところです。

石渡:選考や選考会議はどのように進めるのでしょうか?

河田:全員で顔を合わせるのは1回目のみ。あとは一斉メールのやり取りで進めていきます。メンバーは全員、忙しい人ばかりなので。

選考書類は選考委員がそれぞれ69人分、全部読みます。戦術とのマッチングから人格、指揮能力なども含めて検討します。私も含め、複数の委員の先生から徹夜で読み込んだとの話がありました。書類をひたすら読んで、他の選考委員と一斉メールで連絡を取り合って、かなりきついが、罪のないアメフト部員140人のためにも頑張っています。

日本とアメリカ、何がちがう?

石渡:河田さんは日本では大学・社会人チームに所属、そして今はアメリカでコーチをされています。大学におけるスポーツで、日本とアメリカは何が違うのでしょうか?

河田:ビジネスとしてのレベルが違います。例えば、昨年度、学生のスポーツで一番稼いだ大学は約150億円です。

一方、それだけのビジネス規模でありながら、【学生の本文は勉強である】という基本路線を逸脱しないようなシステムになっています。

私が思うキーワードは「ビジネスと勉学を切り分ける、ルールの整備」「勉強」「指導者の育成」の3点です。

NCAAのルールは厳格

石渡:ルールの整備とは?

河田:NCAAで厳格に決められています。たとえばアメフト部のオフィスにあるコピー機を学生はアメフト以外の用事で使用できません。もし、私的に使うと【決められていること以外の利益供与】を受けたとして、NCAAのルール違反となります。

怪我についても同様です。脳震盪を医師が認定したもので3回ないし4回、起こすと引退勧告を受けます。一方、学生が怪我をすると、完全分業制で治療からリハビリまで進めることが整備されています。

スポーツと勉強の両立はやって当たり前

石渡:勉強とは?

河田:【学生の本文は勉強である】を逸脱しないシステムが確立されています。学生は勉強をやっていて当たり前。スポーツのみを頑張って単位を落とす、という学生はまず評価されません。

また、成績がふるわない学生は、練習や試合に出場できない仕組みになっています。

指導者の育成も熱心

石渡:指導者の育成とは?

河田:日本よりもアメリカの方がスポーツの指導者を育成するシステムが整っています。スポーツをする学生はスポーツ選手でなくても指導者を目指す、というロールモデルがあります。また、前述のように、カレッジスポーツの指導者の報酬は高額です。そのため、十分に生活が成り立つ、という点も違いますね。

石渡:指導者と言えば、日本ではよく体罰が問題になりますが…

河田:アメリカではまずありえません。よほどコミュニケーション能力の低い、ダメな指導者と烙印を押されてしまいます。

石渡:今回の日大アメフト騒動、内田・井上両氏や他のコーチについても、善意に解釈すれば、彼らなりに熱意と戦術指導論があって、それを学生に教えようとしていた、とも言えます。実際に田中秀壽理事長は騒動後も校友会などの場で「熱意をもってやっていた」と肯定していますし。アメリカではこうした熱心さはどのように評価されるのでしょうか?

河田:熱心さは、もちろん評価されます。ただし、暴力については、【ありえない】と表現できます。

※スタンフォード大学番組(Stanford Athletics)でのインタビュー

石渡:内田前監督は該当選手に反則行為を指示した、と関東学連は認定しています。これがもしアメリカで起きればどうなるのでしょうか?

河田:監督・コーチは間違いなく解任されるし、NCAAから厳しい処分がくだります。監督の反則指示を黙認したコーチなども同様だし、大学全体も同じでしょう。

そもそも、アメフトの常識からすれば、あの反則タックルはあり得ません。現在のアメリカでああした反則タックルを指示する指導者、また、その後の対応の悪さが露呈するような事は、まずないと言えます。

日本ではありえないマルチスポーツ

石渡:ところで、河田さんの本の中でマルチスポーツについての説明があります。マルチスポーツとは何でしょうか?

河田:学生・生徒がシーズンごとに、複数のスポーツをすることです。数カ月ごとに競技を変えるイメージですね。たとえば、春は。陸上競技。夏はサッカー。秋は野球をする、というイメージです。

そのため、スタンフォード大学のアメフト部から過去4年間で2人、NFLではなく、メジャーリーグからドラフト指名を受ける、ということが起こります。

石渡:1つのことを貫くのが日本では美学、とされますが。

河田:私もそれはわかります。1つの競技に集中した方が伸びる生徒・学生は多いでしょう。しかし、複数のスポーツを経験することで伸びる選手もいます。学生・生徒のスポーツのキャリアを考えればアメリカのようなマルチスポーツをもっと認めるべきではないでしょうか。

大学スポーツの変革はどうなる?

石渡:今後の日本における大学スポーツの変革の見通しは。

河田:日本版NCAAは整備すべきです。それと合わせてスポーツの指導者の育成、指導の在り方なども合わせて整備していくことも求められます。

今回の日大騒動はあってはならない反則指示が出発点でした。しかし、日本における大学スポーツを変革していく、という点ではいい契機になるのではないでしょうか。また、いい契機とするためにも新監督・コーチ専任にまずは全力を注ぎます。

石渡:ありがとうございました。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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