至学館大学長のパワハラ会見を再検証~守りの広報を考える
無名だった至学館大学を悪い意味で全国区にしたパワハラ会見
「そもそも石渡さんはジャーナリストなんですか?」とよく言われる石渡です。言われ続けて16年。本を28冊、毎月書く記事は10本以上あるので、そう自称しても大外れではないかな、と(異論のある方はご連絡を)。
さて、週刊文春3月1日号の告発記事から騒動となった伊調馨さんのパワハラ問題は現役金メダリストということもあり、ワイドショーなどでも大きく取り上げられました。
この騒動に拍車をかけたのが至学館大学の谷岡郁子学長です。日本レスリング協会の副会長でもある谷岡学長は騒動の渦中だった3月15日に記者会見。
告発された栄和人・強化本部長(当時)のパワハラを否定する一方、伊調選手を全否定。そのうえで、「そもそも伊調さんは選手なんですか?」の名(迷?)セリフが飛び出たのです。
この記者会見の前まで至学館大学はレスリング関係者以外の一般人にはそこまで知られた存在ではありません。そのため、伊調選手はじめ金メダリスト6人が所属していること、谷岡学長が日本レスリング協会の副会長であること、栄強化本部長が同大のレスリング部監督であったことなども、それほど知られていませんでした。
パワハラ告発騒動が起きても、そこまで至学館大学に関心が向けられたわけではありません。
ところが、この記者会見で状況は一変。ワイドショーはじめ、各番組で何度となく流れた記者会見から至学館大学の校名は全国区となってしまいました。しかも、ネガティブな点で。
至学館の受験者数の推移
記者会見のまずさを再考する前に、至学館大学についてまずご紹介します。
同校は元は中京女子大学。受験生減少もあって、2005年に初めて女子大学を冠したまま共学化します。
通常、女子大が共学化する際は「女子」を取るのですが、中京女子大学の場合、中京大学となります。こちらはすでに存在しますし、学校法人も別。
校名変更も後ろ向きで、かくて「女子」のまま共学化しました。
2010年に、学校法人名を学校法人至学館と変更したことに伴い大学名も変更しました。なお、話題の谷岡郁子学長は2000年に理事長に就任しています。
女子のみだった最後の年である2004年入試では941人・倍率は2.4倍(出典は旺文社『蛍雪時代臨時増刊全国大学内容案内2004年』)。
女子大名のままの男女共学は外れまして、2008年入試では366人・1.1倍(出典は同じものの2008年版)まで落ち込みます。2010年入試では547人・3.3倍(同2010年版)。
至学館と改名、レスリングで有名になってからは増加していきます。ほかに2013年に不人気だった人文学部を廃止しているのも受験者数増加につながっています。
受験生は2016年1509人、2017年は1572人(出典は大学・受験サイト/旺文社データとの違いは一般入試のみか推薦・AO入試を含むか、の違いと思われる)。
倍率は大学業界内では2倍を割ると危険水域とされます。1.1倍だとほぼ全入だったわけで、その至学館大学が近年、2~3倍に上げているのは、それだけレスリング人気が好影響した、と言えるでしょう。
至学館の今後の動向は?
しかし、あのパワハラ会見で、来年以降の受験生動向に影響するものと思われます。
何しろ、一般ニュースだけでなく、ワイドショーにまでネタにされてしまいました。ワイドショーの視聴者は母親が多く、当然ながらわが子の進学にも大きな影響を持ちます。
体育会系の高校生も、いくらレスリングなどスポーツがしたいとは言え、他の大学を志望校候補とすることは予想されます。
それと、体育会系の学科(健康スポーツ科学)以外に、一般受験生が中心となる栄養系(栄養科学科)、教育系(こども健康・教育学科)があります。2018年度でも倍率が健康スポーツ科学科3.4倍に対して、栄養科学科1.99倍、こども健康・教育学科1.55倍と低くなっています。
栄養系・教育系は全国区・中京地区ともに同様の学科を持つ大学が多数あります。いわばレッドオーシャンという状態で、ただでさえ苦戦しやすい学科です。
パワハラ会見は2018年度の入試後だったので、極端な悪影響は出ていません。が、大学サイトによると2018年度の受験者数は1330人。前年1472人から142人減少しています。
受験料は3.5万円ですから、100人減少で350万円、300人減少で1050万円の減収となります。
大規模校ならまだしも、小規模校で1050万円の減収は相当な痛手です。
今後のパワハラ事件の推移などにもよりますが、現状のままだと、受験者数は300人以上減ってもおかしくはありません。
大規模校ほど影響は小さい~早稲田大学の場合
ネガティブな事件の影響は大学の場合、大規模校よりも小規模校の方が大きく出る傾向があります。
まずは大規模校の場合。
ネガティブな事件が話題となっても、該当する学科または学部以外だと他人事。うちは関係ない、と考える教職員が多数です。そして、実際にその対応でどうにかなってしまいます(いいか悪いかは措くとします)。
たとえば2003年にスーパーフリー事件が起きました。早稲田大学の元公認サークルだったスーパーフリーの幹部による輪姦事件であり、代表など14人が実刑判決を受けます。
早稲田大学も強く批判され、教職員向けに1000ページにもわたる報告書を作成。代表などを退学処分としました。
この早稲田大学、翌年の入試(2004年度)では受験者数10万1476人、倍率は5.5倍で前年度の6.2倍から落ちてしまいます。
が、逆に言えば、その程度で済んだ、とも言えます。早稲田大学は2004年に国際教養学部、政治経済学部国際政治経済学科をそれぞれ新設しており、そこで受験者を集めた、という事情もあります。
小規模校ほど影響は大きい~東大阪大学の場合
早稲田大学と逆、小規模校で影響が大きすぎたのが東大阪大学です。
短大から児童教育の単科大学として2003年に開設。さあ、これから、という時期に起きたのが2006年の東大阪集団暴行殺人事件です。
加害者も被害者も双方が東大阪大学の学生であり、当然ながらマスコミは大学に殺到します。
ところが、大学広報は全く機能していませんでした。本来なら学長や大学の経営幹部、またはその意を受けた大学広報が「学内での取材はお控えください」などストップをかけます。
しかし、実際はどうだったでしょうか。
事件当時の産経新聞2006年6月26日大阪朝刊にはこうあります。
大学ではこの日、村上靖平理事長や小川学長、学生部長ら7人が集まり、緊急会議を開いた。約2時間にわたって学生や警察、報道関係者への対応などについて話し合ったという。
この日は日曜で授業がなかったため職員や学生の出入りはほとんどなくひっそりとして、門は閉ざされたまま。しかし、正門前は多くの報道関係者らで騒然としたため、「現在警察において捜査中で、事件の詳細もわかっておりません 本学学生への取材は適切な配慮を」などと書かれた張り紙が正門に張られた。
小川学長は「まだ確定ではないが本当なら遺憾なこと。関係した学生については厳しく対処し、他の学生には指導を徹底したい。40年ほど教師をしているが、こんなことは初めてだ」と終始こわばった表情。また、大学側の会見などについては「まだ警察から正式に聞いていない。きちんと確認でき次第対応したい」と繰り返した。
事件後、学生や家族らからも問い合わせなどが相次いでいるといい、週明けの26日には、事件のことを学内の掲示物で知らせ、動揺しないよう呼びかけるという。
こうした対応について、大学広報事情に詳しい追手門学院大学アサーティブ研究センター客員研究員の倉部史記さんはブログで厳しく批判しています。
そもそも、事件報道で大学名が報じられれば、メディアの報道陣は大学キャンパスにまず向かうはずです。そのとき、誰もそれに対応する人間がいなかったのでしょうか。
いくつかのニュースを見る限り、明らかに各メディアの報道陣は、大学のキャンパス内もしくはその付近で、在学生に対して独自にインタビュー活動を行っているではありませんか。これに対し、何らかの対応をしなくていいのですか。
(中略)
今回は、報道後も緊急捜査が進行しているケースでした。大学としても警察やメディア、そして心配する大学の関係者達への対応は、とても重要だったはずです。なのに大学の管理スタッフ達がキャンパスに駆けつけなかったのは、マイスターには信じられません。特に広報スタッフ達は、一体何をしているのでしょう。
※「マイスター」は倉部さんの当時の自称
こうした対応のまずさに加えて、学部名の珍しさ(こども学部)、事件の凶悪さなどもあり、大学のイメージは大きく傷ついてしまいました。
その結果、受験者は事件後、長期低落傾向を歩みます。2017年には一般入試・センター試験合わせても5人しか受験しない事態に。大学サイトによると2018年にようやく定員割れから脱却します。
東大阪大学だけでなく、山口県の東亜大学は2002年に経営危機が朝日新聞で報じられます。1993年に7444人だった受験者数は2003年に537人、2013年276人、2017年83人(いずれも旺文社『蛍雪時代臨時増刊 大学案内号』の数値)にまで激減しています。
早稲田大学と東大阪大学や東亜大学の影響の差を考えたとき、至学館大学の影響は早稲田大学のように小さい、とは言えないでしょう。
パワハラ・セクハラへの鈍感さが命取りに
もし、谷岡学長が伊調選手に反論があるとしても、日本レスリング協会副会長という席にいる以上、発言する時点でネガティブに捉えられてしまいます。
一応、ご本人もそれをわかってか、記者会見では「副会長ではなく至学館大学学長として」と断られています。が、記者会見を開き、そこに谷岡学長が出てしまっては、いくら断っても無意味です。
仮に、ですが、広報担当の理事・副学長あたりが「伊調選手がパワハラを受けたとの報道は把握している。大学としては調査に協力していくが、調査中でもあるので詳細はここでは控えたい」ぐらいの話をしておけば、全く話題にもならなかったでしょう。
それか、同じレスリング選手で金メダリストの吉田沙保里さんを出す、という手もありました。吉田さんは同大の副学長です。そこで「今は推移を見守りたい」くらい言わせていれば、もう少し事態は違っただろうと思われます。
パワハラ・セクハラは今、世界でも日本でもネガティブに語られる傾向にあります。そのことを谷岡学長が鈍感だった時点で、記者会見は開くべきではありませんでした。
小規模な大学、企業は他山の石としたい
この谷岡学長のパワハラ会見、小規模な大学や企業は他人事ではありません。殺人など凶悪な事件でなくても、ネガティブな事件は起こりえます。
大学だと学生や教職員による窃盗、パワハラ・セクハラなどのトラブルはあり得るでしょう。その際、対応を間違えると東大阪大学や至学館大学のようにバッシングされることになります。
大規模校であれば、大学トップだけでなく広報担当者も危機意識をもっています。
たとえば、4月に自転車ひき逃げ事件で学生が逮捕された北海道の北海学園大学は素早く対応していました。
問題は小規模な大学です。大学広報そのものにも積極的とは言えません。まして、ネガティブな事件に対応する守りの広報については想定外でしょう。
しかし、今まではもちろんのこと、今後、さらにIT化が進みます。ネガティブな事件はあっという間にSNSで共有される時代です。ネガティブな事件が起きても対応できるよう、小規模校の学長や広報担当者はパワハラ会見を他山の石とすること、そのうえで守りの広報についても意識を強く持てば危機管理もできるのではないでしょうか。