大阪都構想で教育・大学はどう変わる?~賛否両派の主張を検証
大阪都構想の是非を問う住民投票が5月17日に迫っています。
東京では、あまり大阪都構想の話が出てきません。
私は当事者でもなく、どちらかの構想に賛成(ないし反対)というわけでもありません。
ただ、大学・教育の専門家という点で、大学・教育はどうなるのか、興味があり、調べてみました。
推進派の主張
まずは推進派から。
こちらは、大阪維新の会広域政策委員会の「大阪広域マニフェスト」を基礎資料とします。
国際的人材確保・育成のため(以下の4点を)推進します
・国内外大学の大阪への誘致
※成人病センター跡地への大学誘致が一丁目一番地です。
・公設民営学校の実現
※国際戦略特区を徹底活用。
・国際バカロレア認定校の大幅増大
※政府目標の2018年までに200校を、大阪でどんどん達成するために、公設民営を駆使して実施します。
・本当に”使える英語”の教育を実現
※フォニックスを始めとした新たな教育資源を開発し、小学生から音声指導をおこない、”外国人とお話できる府民”を増加させます。
教育行政に住民の意見を反映させるために、
・特別区をはじめとした基礎的自治体が、教育に関する政策目標を実現するために、大阪府教育委員会はただちに解散する。
※法改正が必要なため、日本維新の会においても積極的に取り組みます。
特別区設置の日までに教育改革が進んでいない場合、大阪都において実施します。
・大阪市立高校・支援学校を府へ移管する。
※運営一元化による教育目標の統一、府域全域での適正配置。教職員の幅広い人事交流
・大阪市立大学と大阪府立大学を統合する。
※両大学の強みを活かし、大阪の成長に貢献できる日本最大の公立大学の実現
教育のICT化の徹底
※ICTを活用した授業メソッドを開発した上で、タブレット配布
※府域小中学校へのタブレット配布を実現するインセンティブの検討開始
※繰り返し学習が効果的な語学学習へ適用の研究
まず、6ページ目「大阪都の経済成長戦略 人材」で4項目ありますが、下の3項目は、大阪都にしなければできないのか、という素朴な疑問があります。
公設民営学校は佐賀県武雄市が特区制度を使わずに展開している最中です。
英語教育の展開、バカロレア認定校の増加も、大阪都構想と無関係に推進できるでしょう。
1点目の「国内外の大学の大阪への誘致」も大阪都構想がなくてもできそうですが、注意書きの
「成人病センター跡地への大学誘致が一丁目一番地です」
が気になるところ。
成人病センター跡地とは、大阪環状線森ノ宮駅の東、徒歩5分圏内にあります。
大阪城公園がすぐ近くにあり、森ノ宮駅から大阪駅まではJRで11分という、この上ない好立地です。
ここをどう再開発するか、大阪維新の会の岩谷良平・前府議が大学誘致を提言しており、それが反映されたものと思われます。
推進派に対して、善意に解釈すれば、大阪都になることで、大学・文教政策もダイナミックに進められる、ということなのでしょうか?
でも、やっぱり、関連性が見えない…。
これは、「広域行政の展開 教育政策2」にある、「教育のICT化の徹底」も同じ。
東京都荒川区、大阪府箕面市、佐賀県武雄市などですでに実施しています。
大阪都構想で大きく動きそうなのが、
「大阪府教育委員会の解散」
「大阪市立高校・支援学校を府へ移管する」
「大阪市立大学と大阪府立大学の統合」
この3点。
大阪府教育委員会を解散し、そのために法律改正を、とありますが、東京都も都と区、それぞれ教育委員会があるわけで、それを廃止、というのは、どうなんでしょうか。
法律改正をする政党がすでにない、日本維新の会というのは、重箱の隅をつつく野暮にしても、実現可能かどうか、二重行政解消ではなく、住民サービスの低下を疑われかねない点です。
市立高校・支援学校の府移管は、大阪都構想の実現で大阪市がなくなる以上はその通りでしょう。
まさか、教育行政上でのみ、大阪市を存続させるわけにもいかないでしょうし。
大阪市立大・大阪府立大の統合は、かねてからの主張ですね。
他の自治体では、東京都、静岡県、兵庫県、広島県、高知県などで公立大統合がすでに実施されています。
このうち、東京都では、東京都立大、東京都立科学技術大、東京都立保健科学大、東京都立短大を統合し2005年に首都大学東京となりました。
都市教養学部という名称はどうかと思いますが、当時言われていた反対論にある「統合後は学力が低下」ということも特になく、現在に至っています。
自治体が公立大を複数維持するのは、経済的な負担が重いものです。それなら統合した方がいい、とする姿勢は都市経営の点で有力な選択肢となり、実際に他の都県でも統合が進みました。
ただし、首都大学東京の場合、前身の3大学のうち、旧・東京都立大(1929年の旧制府立高等学校が前身)以外は、東京都立科学技術大が1986年、東京都立保健科学大は1998年の開学です。
そのまた前身はそれぞれ、1954年(東京都立工業短大)、1986年(東京都立医療技術短大)ですが、大学だけ見れば、歴史が浅く、かつ、それぞれ1学部しかなかったので、統合しやすかったと言えます。
その点、大阪市立大は1880年設立の大阪商業講習所が源流で現在は8学部。
大阪府立大は1883年設立の獣医学講習所が源流で、現在は4学域。
そもそも、大阪府立大は2004年に大阪女子大(1924年開設の大阪府女子専門学校が前身)、大阪府看護大(1994年開学)を統合しています。
さらに2012年に7学部を4学域に再編しています。
伝統があり、どちらも大きな総合大で受験生も順調に集まっています。
それをわざわざ、統合して、一方では大学誘致、というのは、かなり矛盾していないでしょうか。
反対派の主張
続いて、反対派の主張です。
基礎資料は、自由民主党大阪府支部連合会、公明党大阪府本部、日本共産党大阪府委員会、民主党大阪府総支部連合会、それから、藤井聡・京都大教授のサイトにある「『大阪都構想の危険性』に関する学者所見」、この5点です。
まず、4政党のサイトはそれぞれ、大阪都構想の反対意見・Q&Aを掲載。
ただ、なぜ反対か、その理由を中心としていて、大阪都構想で教育・大学はどうなるか、項目を立てて説明しているわけではありません。
「大阪都構想により住民サービスが低下する」
という主張に含んでいるのかもしれませんが、これはちょっと不親切です。
関連項目を拾っていくと以下のものが該当します。
●自由民主党
特別区のどこが東京の特別区を上回る権限をもった自治体なのでしょうか。大阪府内の中核市である東大阪市、高槻市、豊中市はいうまでもなく、府内市町村の事務権限・財源とくらべれば、いかに特別区の権限が貧弱かわかります。また、同じ人口規模をもつ東京の特別区と大阪の特別区の職員数をくらべれば、東京が圧倒的に多いことが分かります(職員一人当たりの人口/大阪中央区:渋谷区=193.4:108・0。他の特別区も同様)。
職員の数が多すぎるのは問題ですが、少なすぎれば住民サービスに支障が出ることは明らかです。橋下市長は特別区設置後、さらに職員数を減らすことで特別区の収支不足を解消すると言っていますが、職員のモラル低下と引き換えに特別区の財政健全化をはかろうというのでしょうか。
いっぽうで橋下市長は、児童相談所を5特別区に設置することで東京以上の権限をもつ特別区ができると言っています。親から子を切り離す権限をもつ児童相談所の職員を1人前に育てるには10年かかると言われます。東京都が児童相談所を特別区に渡さない理由もそこに関連していますが、橋下市長はそのことを十分分かったうえでの判断でしょうか。
●公明党大阪府本部
・特別区では、高度の専門的知識や経験を必要とするさまざまな専門職の確保が困難になります。
→認知症高齢者支援等の高齢者対策、子ども医療費助成制度・発達障がい者支援などの福祉・子育て支援施策、児童相談所など
・ 各区長の判断によって、事業が廃止・見直しされます。
→敬老優待パス制度、保育料、就学援助、中学校給食、商店街・中小企業対策など
・市内全域を対象に確実に使えていた施設などが、特別区域を越えては使えなくなります。
→保育所、幼稚園、市営住宅、特別養護老人ホーム、障がい者施設など
・大阪市を廃止して、市が実施している事業(消防・下水道・高校など)を大阪府に移しても、市民にとって新たな効果やメリットは生まれません。
●民主党大阪総支部連合会
Q:特別区になったら敬老パスや乳幼児医療費補助などの大阪市の独自サービスはどうなりますか?
A:公平性の観点から、廃止される可能性が高いです。
→大阪府に財源・資産が吸い上げられるため、特別区にはわずかな自主財源しかありません。
大阪府がそれまでの大阪市のサービスを維持しようとすれば、公平性の観点から、全大阪府民にも均等にサービスを提供しなければなりません。大阪府は大阪市以上に大きな借金を抱えており、ほぼ不可能と考えられます。
要するに、大阪都構想で、大阪市民が損をする、という内容です。
一方、藤井聡・京都大教授のサイトにある「『大阪都構想の危険性』に関する学者所見」、これはこれで、分かりづらいです。
まあ、学者所見にビジュアル・読みやすさを求めるのは無理にしても、もうちょっと一般市民にもわかる言語で書いてほしかったところです。
こちらも該当部分を。
荒井文昭 (首都大学東京・教授) 教育学
集権的な体制をつくるため、東京府・東京市が廃されて東京都・特別区がつくられた歴史的経緯を忘れるわけにはいかない。教育行政の領域でいえば、特別区には市町村に認められている、教員人事について意見を言う権限(内申権)もながく認められて いなかった。それを変えていく契機の一つとなったのは、東京都中野区で取り組まれた教育委員準公選を求める住民の運動であった。大阪都構想では、東京都以上に特別区に自治を認めるといわれているようではあるが疑わしい。なぜならば、困難を抱える子どもたちの支援を地域で地道におこなってきた大阪市民の取り組みに対しては、支援の打ち切りなど、教育の地方自治を豊かにする政策をとってきていないからである。むしろ、大阪市民の不安をあおり立てて、「新しい都区」をつくるというフレーズのもとで、その実は、東京都の二番煎じを追求し、大規模な開発を大阪市民の声とは離れたところですすめることのできる仕組みをつくりたいのではないか。大阪には大阪固有の文化が形成されてきたのであり、大阪の地方自治を豊かにしていくことこそが求められている。
石上浩美 (大手前大学・准教授) 教育心理学・教師教育学
大阪の教育のスローガンのひとつに,「ともに学び,ともに育つ」というものがあります。それを基に,これまで大阪の学校文化・地域文化が形成されてきました。ちょうど現在公開中の「みんなの学校」に象徴されるような風土が,もともと大阪市内の学校・地域独自の文化でした。今回の案は,それらを決定的に破壊しようとするものです。大阪の教育はこの6年間の誤った教育市政によって,すでに大きく揺らいでいます。現場の教員や子ども,地域を大切に育てようとはしていないためです。
大阪市立大学と大阪府立大学の統合問題もそうですが学問や教育は効率性だけで語られるものではありません。 人を育てるためには,時間とお金もかかります。維新の会やマスコミから流布されている広報のいくつかには,明らかな瑕疵(特に統計データ)やダブルバーレルがあり,公平性が担保された情報ではないことを危惧しています。これらひとつひとつに対して,初学者にもわかるように説明し,論破するのが学者の仕事だと考えております。
岩本智之 (京都大学・元助手) 気象学
「高等教育、科学研究の分野でも「二重行政」の批判は当たらない」
大阪に府立大学と市立大学が存在することは決して無駄な重複が温存されているわけではない。それぞれが独自の伝統のもとで高等教育、科学研究において貴重な役割を果たしてきたことは否定できない。大阪という町が二つの大学を発展させていくことは、大都市としての責務であり、品格にかかわることである。
府立公衆衛生研究所と市立環境科学研究所も府民、市民の健康と環境を守るためいっそう拡充を図るべきである。 これらを浅薄な「効率性」のみを追求して統廃合するなら、府・市民のみならず国民的損失となるだろう。
両論読んで
まず、推進派ですが、大阪府教育委員会の解散、大阪市立大・大阪府立大の統合以外、大阪都構想とは無関係の項目が多すぎます。
一方、反対派は、そもそも教育・大学がこうなりますよ、という話が見えないか、文章が硬すぎるかのどちらか。
両派とも、住民投票の勝利・敗北によって教育・大学がこうなりますよ、というビジョンが見えてきません。
まあ、両派とも、大阪都構想そのものや都市開発が主テーマであり、教育・大学は軽視しているということであれば、ビジョンが見えてこないのも納得です。
もちろん、街頭演説や住民集会などで、関連の質問は出ているのでしょうし、そこで答えているから十分なのかもしれませんが…。
投票まで1週間、大阪市民がどのような判断を下すのか、注目です。