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<北朝鮮内部>核開発の陰で困窮する農民と兵士(1) なぜ生産者の農民が飢えるのか

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
疲れ果てたのか、農作業の合間に横になって休む女性。2013年6月(アジアプレス)

今年は凶作

今春以降、北朝鮮内部の取材パートナーたちから農村で起こっている二つの深刻な事態について続々報告が届けられた。その一つは凶作である。北部地域の両江道(リャンガンド)、咸鏡南北道(ハムギョンナムプクド)に住む協力者たちに、実際に農場に行ってもらい調べたところ、「今年は凶作。トウモロコシも稲も全滅に近い農場もあった」と口を揃える。

凶作が予想される一番の理由は、5~6月のひどい干ばつだ。さらに7月に大雨が降り、「立ち枯れした畑にわずかに残ったトウモロコシも水浸しになっていた」(咸鏡北道の協力者)。

穀倉地帯である南西部の黄海道(ファンヘド)には直接行けていないが、「黄海道の作況は北部より酷い」と国内では囁かれている。6月28日付けの朝鮮中央通信は、労働党の崔龍海(チェ・リョンヘ)副委員長が、黄海南道(ファンヘナムド)の干ばつ状況を視察したことを報じている。

生産者の農民が飢えている

農村で発生しているもう一つの深刻な事態は農民の困窮だ。咸鏡北道の取材パートナーの一人に、親戚にいる協同農場に調査に行ってもらったところ、次のようなショッキングな報告が届けられた。

「昨年の分配(収穫時の農民の取り分)を春に食べ尽くした農民たちが大勢いる。絶糧状態の世帯もある。農場の幹部が農場員の家を回って出勤するよう叱責しても、『食べ物もくれないのにどうやって働くのか』と反発される有様だ。トウモロコシ畑は草取りもされず雑草が伸び放題だった。農民たちは秋の収穫後に返済する約束で農場幹部から食糧を『前借り』するが、これには利子がつく。商売人と組んで市場で食糧を購入して農民に貸し付ける悪辣な幹部もいる。秋の収穫後に二倍にして返すのが相場だ」

両江道の農村に住み本人は商売をしている女性は、「農場員の中でも、夫のいない家庭、老人、病人のいる世帯では栄養失調で亡くなる人も出ている」と、窮状を伝えてきた。

ところが、都市部のどの公設市場でも、コメやトウモロコシは溢れんばかりに売られている。なぜ生産者の農民が飢えるのか? 搾取のせいである。

北朝鮮の協同農場では、2013年から国家に収める生産ノルマを超過した分は、農民が取り分として自由に処分することが許されるようになった。生産意欲を高めようという当局の措置だった。農場員たちは当初、この新しい政策を歓迎した。

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ところがこの措置では、農薬や肥料などの営農資材の農民負担が増えた。春に農場から供給された営農資材の代金の多くは、秋の収穫から現物で支払わねばならない。また、農民たちも衣服や石鹸など日用品を現金で買わねばならないのだが、現金を得る手段は分配を受けた食糧を市場で売るしかなく、秋の収穫前に絶糧状態になってしまうのだ。

何より当局が設定する生産ノルマが多すぎ、農民の取り分である分配量が少ないのだ。さらに春に前借りした食糧を、利子を付けて返済しなければならない上、軍隊支援などの名目で「愛国米」の供出も強いられる。軍糧米や首都米(平壌市民への配給米)の供出も強いられる。

穀倉地帯の黄海南北道では2011年の洪水被害で大幅な収穫減に見舞われたが、それでも政権は通常のノルマを農民に課して強制的に穀物を供出させたため、翌2012年の春先から生産者である農民が大勢餓死する悲劇が発生している。

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職業と居住地の選択の自由がない北朝鮮では、農民世帯に生まれると、子々孫々農場に勤めなければならない。暮らしがしんどいかからといって、都市に出て労働者になることはほぼ不可能だ(農村女性が都市男性と結婚し場合がごく稀な例外)。

取材協力者たちによると、昨年は全国的に豊作だったというが、それでも多くの農場員世帯で、今春に早々と分配を食べ尽くしてしまっていたという。今年の農業不振によって、来年の農民の困窮はさらに酷いものになる可能性がある。(続く)

※アジアプレスでは、北朝鮮に住む人たちとチームを作って国内事情を調べている。普段の連絡は、北朝鮮に密かに搬入した中国の携帯電話を使っている。国境から北朝鮮領域数キロまで電波が届き、通話やメールのやり取りが可能だ。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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