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写真で見る驚きの北朝鮮新教科書

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
表紙は可愛いのだが…。金正恩時代の新しい初等中学1年の「社会主義道徳」教科書

金正恩時代に入ってから発行された北朝鮮の小学校、初等中学校、高等中学校の教科書80冊を入手した。韓国在住の脱北者が北朝鮮国内の知人を通じて6月末に搬出したものの提供を受けた。

高級中学の場合、国語文学、物理、生物、化学、数学、歴史、英語、芸術、自動車、地理、漢文、革命歴史、社会主義道徳の13科目だ。

私が初めて北朝鮮の教科書を見たのは90年代半ば。北朝鮮から中国に越境してきた人から譲り受けたのだが、最悪の社会混乱の最中とはいえ、ここまで紙が粗悪なのかと驚いた。

写真を見る:1994年発行の高等中学用の国語文学の教科書

最新の教科書は紙質も印刷も質素だが、随分良くなっている。表紙デザインも素朴で可愛らしいものが多い。長距離弾道ロケットのイラストが多用されている。(写真を見る)

(1)弾道ロケットが表紙の初中1年の英語教科書

(2)初中1年の「情報技術」。病気になったコンピュータに看護師姿のUSBが注射するイラスト

◆偶像化と忠誠心をこれでもかと強調 しかし肖像画が…

ある程度予想していたとはいえ、どの教科書でも金日成-金正日-金正恩の偶像化は徹底している。物理や数学、自動車、美術などの科目に至るまで、すべての教科書の巻頭には金日成、金正日、金正恩いずれかの「お言葉」が、学習指針として太字で強調されている。

ところが、まったく意外だったのは、目を通した80冊余りのすべての教科書に、三人の「最高指導者」の肖像画、イラスト、写真が、ただの一枚もないのである。「生徒たちが肖像にいたずら書きするからですよ」と脱北者の友人は解説する。

◆「社会主義道徳」で忠誠心教育

全教科書に貫かれている教育指針は、金正恩に「忠実な人材」を育成するということである。 特に社会科目で関連した記述が多く、内容も強い。中でも「社会主義道徳」は、まさに科目として「忠誠分子養成」を目的としたものであった。

初級中学1~3年生用の「社会主義道徳」の教科書は、最初のページに「学生少年が道徳生活で守らなければならない10事項」が掲載されている。(以下「学生少年道徳10事項」) 

第一の項目には、「少年団員は、偉大な金日成大元帥様と金正日大元帥様を、主体の永遠のお日様として高く崇め、敬愛する金正恩元帥様を衷情で高く崇めなければならない」とある。

他の項目はどうか。政治生活、一般礼儀、遵法秩序をしっかり守らなければならないこと、軍隊の支援をはじめ、国家のために良い事をたくさんすることを強調する。そして最後の第10項では、金正恩時代を指すと思われる「強盛朝鮮」の新世代らしく生活しなければならないと記されている。

この「学生少年道徳10事項」の目的は、金正恩に対する忠誠、金正恩の偶像化にあるのだが、これは、北朝鮮の最高統治規範である「党の唯一的領導体系確立の10大原則」(「10大原則」)を範にしているのは明らかだろう。すべての国民が首領のために生き、首領のために死ぬべきだという、「絶対服従、絶対忠誠」を綱領化したのが「10大原則」だが、「学生少年道徳10事項」はその学生版だといえる。

参考記事:これが北朝鮮の隠された最高規約「10大原則」の現物だ

「10大原則」の第2条は、「偉大な金日成同志と金正日同志を、我が党と人民の永遠なる首領として、主体の太陽として高く仰ぎ奉らなければならない」となっている。

「学生・少年道徳10事項」は、学生少年の年齢に合わせて文句を変えただけで内容は同じである。

北朝鮮における道徳教育とは、金氏一家三代に対する盲目的な崇拝と、金正恩に対する忠誠心養成が目的となっていた。(文中敬称略)

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学生少年が道徳生活で守らなければならない10事項

1. 少年団員は、偉大な金日成大元帥様と金正日大元帥様を、主体の永遠のお日様として高く崇め、敬愛する金正恩元帥様を衷情で高く崇めなければならない。 

2. 少年団員は、強盛朝鮮のために一生懸命学び、また学び、組織生活に誠実に参加しなければならない。

3. 少年団員は、組織や集団を大切にしなければならず、友達を大事にしなければならない。

4. 少年団員は、いつでもどこでも礼儀正しく行動しなければならない。

5. 少年団員は、いつも高尚で美しい我が国の言葉を使わなければならない。

6. 少年団員は、公衆道徳と交通秩序を自覚的に守らなければならない。

7. 少年団員は、学校の中で道徳と秩序を自覚的に守らなければならない。 

8. 少年団員は、身なりを整え体を清くしなければならない。

9. 少年団員は、人民軍隊を積極的に援護し、体と心を頑丈に鍛えて、愛国の心一つで良い事をさらになさなければならない。

10. 少年団員は、強盛朝鮮の新世代らしく生活しなければならない。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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