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トヨタの自社メディアによる社長交代発表はどう見えた?番組風記者会見のメリットデメリット

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:ロイター/アフロ)

 トヨタ自動車は、1月26日豊田章男社長が会長に就き、佐藤恒治執行役員(Lexus International Co. および GAZOO Racing Companyのプレジデント)が社長になる人事を発表しました。ところがこの電撃的な発表は、通常の記者会見形式ではなく、自社メディア「トヨタイムズ」の緊急生放送として同日の16時から配信されました。オンライン記者会見そのものはコロナ禍においては頻繁に開催されるようになっていましたが、番組風記者会見に悔しがる報道関係者も多いのではないでしょうか。一般視聴者からするとどこが報道しようと関係はありませんが。最後は放送事故のような場面もあり、ニュース性は一層高まりました。果たしてこのような番組風記者会見は今後広がるのでしょうか。リスクはないのでしょうか。メリットデメリットを考察します。

【動画解説】(リスクマネジメント・ジャーナル)

 放送時間は全体で1時間46分。司会は、元テレビ朝日アナウンサーの富川悠太氏。富川氏は昨年3月にテレビ朝日を辞めてトヨタ自動車の社員になったことで話題になりました。今でも肩書はジャーナリスト。日本を代表する企業に就職してジャーナリストとして名乗れるのかは議論の余地がありそうですが。

さて、先に進みましょう。一般的な記者会見では、メイン登壇者とは別の席で進行しますが、これは番組風記者会見なので、富川アナウンサーは番組司会として最初から最後まで着席。最初に豊田社長が今回の社長交代が内山田会長の辞任がきっかけとなったこと、世代交代を目的としていることなど背景について説明しました。その後、該当する3名の写真を投影し、撮影タイム。ここはさすがに味気ない雰囲気でやや残念。リアルであればフラッシュで華やかなシーンになります。歴史的なシーンを自分のカメラで撮影できないことに不満を感じたメディアは多いのではないでしょうか。

 次に、内山田会長と佐藤次期社長が着席。内山田会長の経歴と会長辞任についての説明、そして映像による業績の振り返りと3人によるトーク。佐藤次期社長も同じく経歴と社長就任によって目指すことなど決意表明。映像によるこれまでの業績・実績の振り返り。「豊田社長は車に乗るのが好き。私は車を作るのが好き」など違いについて、豊田社長からの内示時期や場所、その時思ったことを披露。富川氏の進行で和気あいあいとトークは進みます。社長が指名してすぐに決まったのだろうか、と疑問に感じていたタイミングで、富川氏が「今回のトップ人事はどのようなプロセスで決まったのでしょうか」と質問し、人事策定会議のメンバーによる説明動画が流れました。これが終わると、「佐藤さんが社長にふさわしいと思ったのはなぜですか。決め手は何だったのでしょうか」。

 次から次へと聞きたいと思っていることを質問していく様子は、快適でありつつもやや出来すぎている感じもありました。ここまででちょうど1時間。これで記者会見は終わってしまうのだろうかと不安に思ったところのタイミングで、「これから質疑応答」とのアナウンス。司会が交代となり、質疑応答の仕切り役が声だけで登場。ここからはオンライン記者会見で、シナリオがない時間となり、胸をなでおろしました。

 質問は、豊田社長は代表取締役会長に留まってどのように経営に携わるのか、チーム体制はどう考えているか、車屋としての限界とは何か、どのようにモビリティーカンパニーになっていくのか、守りと攻めとどんなバランスで取り組んできたのか、といった内容でした。社長交代を驚きつつ、豊田社長の危機対応を評価する、労う質問が多かったように思います。

 これに対して、豊田社長の回答は、「会長として産業界全体を見ていく。望まれない社長として就任し、社長なのに車乗ってこの道楽、と私はよく言われました。しかし、道楽をよく調べると仏の厳しい教えに耐え、世の中のすべての苦しみから解き放たれて自分の境地を楽しむという意味。本来は悪い意味ではなく、道を究めるという仏教用語。一人の車好きとして、もっともっと楽しんで道を走り続ける。佐藤社長のチームがどんな道に挑戦し、どんな車を作るのか、その先にある未来のモビリティーとは何なのか。実績を見ながら今後も応援してほしい」といった内容でした。

 この時印象深かったのは、豊田社長が言い終わった後、ニコっと笑顔になった顔です。豊田社長は表情筋が動かずやや厳しい顔で話をしたのですが、最後の笑顔で言い切った、やりきった安堵感が出ていたようです。質問者名を呼びかけながら回答しているやり取りを聞いていると、最後の質問者は決めていたように思いますがこれまでの苦労が伝わる内容でした。

 締めの言葉は、佐藤次期社長。車を進化させていく多様な価値観に応える車屋にしか作れない車をつくるため「がむしゃらに取り組む」と決意を語って終了しました。原稿はあったと思いますが、この「がむしゃら」という表現はよかったと思います。メッセージ文作成の際、このような擬態語を組み合わせると温かい雰囲気が出るからです。カメラ目線は相当練習したのでしょう。

 ここで終わりかと思ったら、「終了でーす」の声と、続いて流れたのが「最後、笑顔がほしかったねー。それがあればパーフェクト」「緊張したー」。多くの方は放送事故と思ったことでしょう。私にも「あれはPR戦略ですかね?」と質問がありました。謎ではありますが、わざと笑顔なしで話をさせて、笑顔がほしかった、というシナリオを作ることはしないだろうと推測しました。豊田社長は嘘が嫌いですから。おそらく本当に放送事故で正直に残しておくことで親近感やユーモアにつなげる発想に切り替え、どうとでも解釈できるよう番組風記者会見のオチにしたのではないでしょうか。作りこみすぎず、多少の失敗があった方がマスメディアとの差別化はできていいのかもしれません。

 運営側としては、通常の記者会見よりは準備に手間はかかりますが、カメラワークをコントロールできるメリットはあります。視聴者からすると表情がアップになることや、声がよく聞こえるのはありがたい。ただ、会場のどよめきといった臨場感は伝わってきません。平時の発表会見としては広がる可能性はありますが、不祥事会見を番組風にしてしまうと視点がコントロールされるため不信感は増してしまうかもしれません。使い方に注意して運用する必要がありそうです。

【参考サイト】

トヨタイムズ 1月26日放送 社長交代記者会見

https://www.youtube.com/watch?v=3uiLaJwchM8

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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