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日大トップ逮捕の衝撃から1年 林真理子新理事長による会見ほか、不祥事後の対応を振り返る

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
日大HPから 筆者撮影

 9月12日に日本大学(以下、日大)の学長ブログがひっそりとスタートしました。林真理子新理事長が7月1日に積極的な情報開示方針を表明していただけにやや拍子抜けした感があります。日大の理事らの逮捕から1年。トップが逮捕された時にはどうすればいいのか(危機管理)、そもそもトップ逮捕に至らない組織運営はどうすればいいのか(リスクマネジメント)、信頼回復のための第一歩は踏み出せたのか、一連の日大事件から考えます。

トップへの権限集中と報復人事が根本原因

 日大に東京地検特捜部の捜索が入ったのは2021年9月8日。その1カ月後の10月7日、井ノ口忠男理事(当時)は逮捕されました。病院建替えの発注にあたり、設計監理者に費用を水増しさせてリベートを受け取り、日大に損害を与えたとする背任容疑です。実はこの井ノ口氏は、日大アメフト部出身で2018年に起きた悪質タックル問題で一度理事を退任したものの、検察が不起訴としたことから、田中英壽理事長(当時)に許され理事に再就任していたのです。11月29日にはその田中理事長も所得税法違反容疑で逮捕。日大に関係する業者からリベートを受け取り、その中には井ノ口氏から受け取った金銭も含むとする内容でした。背景には、理事長への権限集中と報復人事を許していたガバナンスの不全がありました。理事長による報復の恐怖は何と学生にまで及んでおり、日本大学新聞ではアメフト部のタックル問題が報道できなかったことが明らかになっています。まさに「恐怖政治」の状態。一連の事件を巡り、大学の運営管理が不適切とされ、今後5年間に予定されていた315億円の私学補助金が不交付になることが見込まれ、経営に大きなダメージを与えました。

説明のための特設ページは形だけだった

 この事件について、日大はウェブサイトに特設ページ「本学の一連の不祥事に関するお知らせについて」*1を立ち上げ、2021年9月10日の「東京地方検察庁による捜査の報道について」と題する見解書を発表しています。この特設ページの立ち上げは捜索の二日後でしたから比較的迅速だったといえます。理事解任や被害届けの状況も特設ページで発信し続けました。

 田中理事長逮捕後の記者会見は逮捕後11日経った12月10日。やや遅いタイミングでしたが「田中理事長との決別宣言」「理事は全員辞任」から始まる内容は悪くない構成でした。監事を出席させたのは新鮮でした。監事による説明は「なったばかりだから」と逃げの姿勢はいただけませんが、トップ不正については監事がチェック機能を果たす役割があることを世の中に認識させる効果はあったといえます。ただ、残念だったのは加藤直人学長の姿。大変知性溢れる方なのに、前髪が垂れ、眼鏡にかかり、マスクもしているのでほぼ目線さえ見えない状態。声も内容も構成もいいだけにもったいない。いずれにせよ、信頼失墜を最小限にしたものの回復には程遠いまま終了しました。

 その後2022年3月31日に日大から公表された調査結果と再生会議の答申書によると、日大の危機対応は自ら積極的に行ったのではなく、文部科学省から何度も催促されてなされていたことが判明しました。第三者による調査をしないのか、被害届けを提出していないではないか、記者会見をしていないのはなぜか、早く調査をしなさい、説明をしなさい、逮捕された理事らは辞任ではなく解任すべき等。つまり、迅速に特設ページを設置して積極的に情報発信しているかのように見せていただけであり、文科省からうるさく言われてようやく腰を上げての記者会見だったことが明らかになりました。つまり、危機管理も実は機能していなかったということです。

 なお、文科省は井ノ口氏逮捕の後に記者会見をするよう催促していたとのことですが、今回の場合は、理事長逮捕の情報が事前に流れていたのであれば、理事長逮捕の前に記者会見はできないでしょう。理事長逮捕後のタイミングしかなかったといえます。もう少し早く実施する決断はあってもよかったでしょう。

日大再生会議も会見で問題を指摘すべきだった

 再生会議からの提言は多岐に渡ります。今回の事件に関係した執行部の一掃と将来に渡る排除、井ノ口氏のように不祥事を起こした人を復帰させないルール作り、評議員と理事の兼務禁止、経歴公表、評価制度の導入、女性理事の一定人数確保、安心して通報できる内部通報窓口の外部設置、今回の事件は報復や恫喝が根底にあったことからハラスメント防止体制やアクセスが容易な相談窓口の設置等。いかに何もしていなかったのかが一目瞭然です。新体制発足を6月か7月と期限まで設定しているのは再生会議の危機感とスピード感を持ってやりなさい、といった強烈なメッセージといえるでしょう。ただ、ここで再生会議による記者会見がなかったのは残念。そうすればライブ配信され、報道され、注目を集めることができたからです。あったのかもしれませんが少なくとも検索では見つかりませんでした。大学は若者の未来がかかり、税金も使われています。他大学への注意喚起も兼ねて、再生会議は会見をするべきだったのではないでしょうか。

林真理子理事長会見は再出発のイメージにはプラスだが

 提言内容が十分報道されないうちに、駆け巡ったのは林真理子氏が新理事長になるという報道。かなり唐突な感じはしましたが、7月1日の記者会見の出来はまずまず。作家ならではの工夫のある表現がありました。「重大事項が決まったら会見する」と情報開示に積極的な姿勢を示し、「新しい風が吹いている」と爽やかな言葉を用いたり、新しい日大の意味を込めた「N・N」のボードとコピーを用意し、ビジュアルでのアピールをしたりしました。「これまでのように自分勝手には発信できない。理事会を通す必要がある」と理事長としての不自由さを正直に語ったかと思うと、「前田中理事長とは写真を一緒に撮影したことがあるので、その写真が出回る可能性がある。でもそれは招待スピーチをしてたった3分話をした時のことだから」と自ら語りリスク情報を潰しておくといった巧さがありました。「どのように運営していくのか」といったマネジメント経験のなさを不安視する質問に対しては、直球で返すのではなく「一人ひとりの話を聞いている。毎日3人理事長室に来てもらっている。真っ白な状態からの出発。いい日大を作りたいというのが私の基盤」と自分ができる得意なこと、毎日の行動と大きな思いを組み合わせて自分の土俵に持ってくる切り返しでした。

 日大への愛もストレート。「偏差値が37-67で多様な学生がいる」「もっと奨学金を充実させたい。地方出身者には温かい大学だ」と表現し、ご本人の意気込みが伝わってくる内容でした。「ちょっと」が口癖で多用されていましたが、引き締まった表情で全体的にはゆっくりとしたスピードで対応している様子は丁寧で好印象でした。服装もデコルテを出さず首までつまったブラウスで堅実さを出しつつもパールネックレスで女性らしさをさりげなく表現。意外な林真理子氏を発見した、というのが正直な評価です。日大の再生イメージを印象づけることは成功した記者会見だったといえます。

学長ブログは拍子抜け

 やや残念なのは、学長ブログが文字だけでひっそりと開始されたこと。しかも理事長ブログではなく学長ブログ。新体制から3か月の区切りとして、今後の情報発信についての方針を動画などで意気込みを伝えてもよかったのではないでしょうか。情報発信については、理事長と学長の温度差は就任記者会見でも見られました。林理事長が「理事長と学長の考えていることをSNSを使って発信したいと思います」と発言し、酒井学長の方を向いて同意を求めましたが、学長は無言。困った林理事長は「後で学長とよく話をしておきます・・」と引き取り。やや林理事長が空回りしている様子を露呈。内部改革には世論を味方につける発想もあり。今後の情報発信に注目します。

<解説動画>

林真理子新理事長の就任記者会見解説(石川慶子MT メディアトレーニング座談会より)

<参考サイト>

林真理子新理事長の就任記者会見ノーカット動画(共同通信 7月1日)

https://www.youtube.com/watch?v=DCZ1h24dMOc

*1

特設ページ:「本学の一連の不祥事に関するお知らせについて」は「日本大学の再生に向けた取り組み」に名称変更

https://www.nihon-u.ac.jp/announcement01/page/1/#

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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