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安倍元総理の暗殺事件 奈良医科大、奈良県警、家庭連合、弁護士連絡会の記者会見について目的を考察

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

7月8日11時30分頃、奈良県の近鉄「大和西大寺駅」付近で、自民党候補者佐藤啓氏の応援演説をしていた安倍晋三元内閣総理大臣が銃撃されて死亡しました。多くの国民に衝撃、怒り、哀しみが広がる中、さまざまな団体が次々と記者会見をする事態に発展。各団体はどのような目的で記者会見を行ったのでしょうか。

最初の記者会見は、安倍元総理が運び込まれた奈良県立医科大学附属病院。福島英賢教授と吉川公彦院長が7月8日18時から30分間、記者からの質問に回答しました。「運び込まれた時には心肺停止状況」「前頸部に2か所銃創があり、その傷の深さは心臓に達し、心室に穴が開いた状態だった」と説明。安倍氏は1発目で振り返っていますので、2発目に正面から撃たれたといえますが、そこには言及していません。昭恵夫人の到着を待って17時3分に死亡との発表がされた直後の会見であったことから、事前に準備していたといえます。迅速な対応であり、かつ内容も記者の「1発目か2発目か」「即死だったのか」といった質問には直接回答せず、確認できた事実のみの簡潔な説明でした。病院として国民への説明は尽くしたといえます。

同日午21時半には、奈良県警が記者会見を開きました。説明したのは、刑事部長、捜査第一課長、警備部参事官の3名。質問の多くは、銃撃してその場で逮捕された山上徹也容疑者に関連することと警備体制でしたが、「捜査中」を理由にほぼ回答していません。これだけ回答できない状況であるにもかかわらず、なぜ会見をしたのか、疑問が湧きますが、その理由は記者から「電話がつながらない状況を何とかしてもらえないか」の一言で状況を察することができます。つまり、問い合わせ電話がパンクしているため、会見を開くことで、現在回答できることと回答できないことを会見で明らかにして問い合わせを減らしたい、といった狙いがあったといえます。個別対応に限界があり、かつ人々の関心が高い内容の場合、回答できないことだらけであっても、記者会見を開く選択は「あり」です。聞いている方はストレスが溜まっても、対応者の負担軽減にはなるからです。言えないことばかりであれば、30分で切り上げてもよい内容。1時間以上も行う必要性がありません。この会見では、山上徹也容疑者が供述している犯行動機が、母親が特定の宗教に多額の献金をして経済破綻したことからその宗教団体を恨んでいたこと、その団体と安倍元総理が深い関係にあると思ったこと、が明らかになり、政治的な意図ではなく個人的な恨みであったことがわかりました。また、3時間前に医科大が、「前の首に銃創」と発表しているわけですから、ここで2発目を防げなかった事実、警備の不備を認めていればより潔かったのだろうと思います。

奈良県警による2回目の会見は翌日9日18時。登壇したのは、奈良県警のトップ、鬼塚友章本部長。「警護上の問題があったことは否定できない」と回答し、「態勢なのか、配置なのか、ここの警護員の能力なのか、早急に確認し、見直しを行う必要がある」と、前日夜に曖昧だった内容を明確にして責任表明しています。一方、辞任については、「本部長として真相解明に向け捜査を指揮し、警護上の問題点を洗い出し、早急に対応するのが現時点での私の責任と考える」とコメントせず。安倍氏が亡くなった時にどう感じたかの質問には、しばし天を仰ぎ見て、打ちのめされたかのように「警察官を拝命し、27年余りの警察官人生で最大の悔恨、痛恨の極み。責任の重さを痛感」。記者会見の最中は終始、鎮痛な面持ちで一言ひとことゆっくりと語る姿に見ている方もつらくなるほど、鬼塚本部長の苦しい気持ちが伝わる会見でした。稀に見る誠実な会見ではあり、前日の中途半端で不誠実に見えた内容に比べると警察への信頼失墜を最小限にしたといえます。しかし、要人警護は守れなければ失敗。失われた命は戻ってきません。取り返しがつかない。

これでしばらく会見はないと思ったところ、二日後の11日の14時から、宗教法人世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の田中富広会長が記者会見を行いました。内容は、「山上容疑者の母親は1998年から会員である、2002年頃経済破綻した、2009年~11年まで連絡がなく、最近は月に1回のペースで参加している、2009年以降法人としてコンプライアンス強化をしておりトラブルはない」と述べ、「当法人について書く場合には、事前に直接取材してほしい」と依頼。会見の目的が憶測報道を防ぐためであることがわかります。安倍元総理がメッセージを寄せたとされる関連団体UPF(宇宙平和連合)について聞かれると「直接その団体に聞いてほしい」、献金については「本人の自由意志による」と回答。全体的にそつなく冷静沈着な態度ではありましたが、感情表出がなく冷たい印象が残る会見でした。

この会見に反発したのが、全国霊感商法対策弁護士連絡会(以下、連絡会)。翌12日に記者会見を開き、「前日の家庭連合の説明は事実に反する、家庭連合のトラブルや被害はまだ続いている、2009年~21年だけで4,000件175億円」「献金は強制である、献金にあたって借金させ、破産方法まで指導している」「UPFにビデオメッセージを提供した安倍元総理に私達は公開抗議文を出した、岸信介氏の時代からつながっている団体である、国会議員にも危険な団体だから支持しないように要望書を出した」と訴えました。目的は、前日の家庭連合の会見への反論で、社会が騙されるのではないかと危惧したため。元2世の女性信者は家庭崩壊の苦悩を語り、約2時間におよぶ記者会見となりました。今回の事件の背景にある宗教団体と政治家との関係、選挙活動と投票行動まで質問が広がり、最後は質疑応答というより議論の様相を呈し、問題の根深さ、闇の深さを感じさせる会見となりました。保守派の政治的問題ではないかといった記者からの誘導質問に対し、「ジャーナリストと弁護士は立場が異なる。私達弁護士は個々の政治信条に関係なく被害者救済でつながっている」とたしなめる場面もあり、緊張感あるやり取りがなされましたが、この問題をどう見て、考えたらいいのか、頭の整理ができた会見ではありました。

それにしてもなぜか連絡会の会見だけマスメディアのノーカット動画を見つけることができませんでした。マスメディアは切り取った内容のみ報道していました。ニコニコは非公開。個人がニコニコの動画をアップした様子。これでは注意喚起を目的とした会見を多くの人に知らしめることができません。ニコニコに対してのみ動画アップを許可したのでしょうか。となると、連絡会の広報方針は不十分だったといえます。各マスメディアにノーカット版配信を依頼した方が多くの視聴者に届いた可能性があります。

今回の事件について、当初は民主主義への挑戦と捉えられる発言もありましたが、実は家庭崩壊と個人的恨みが背景にありそうだということが各団体の記者会見で明らかになってきました。その意味では、誰にでも起こり得る問題をはらんでいます。再発防止のためには、警備警護だけではなく、日常に潜むリスク、被害者の声を浸透させる報道など多面的に考える必要がありそうです。

【メディアトレーニング座談会】

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<参考にした記者会見>

奈良県立医科大学付属病院記者会見(7月8日 朝日新聞社)

https://www.youtube.com/watch?v=WnFjLFXS8x4

奈良県警記者会見(7月8日 MBSニュース)

https://www.youtube.com/watch?v=SJaDfWbrP9Q&t=12s

奈良県警トップ記者会見(7月9日 ANNニュース)

https://www.youtube.com/watch?v=43T827seg60

宗教法人世界平和統一家庭連合記者会見(7月11日 産経ニュース)

https://www.youtube.com/watch?v=VCumOtesK0s

全国霊感商法対策弁護士連絡会記者会見(7月12日 ニコニコニュース 個人の再掲載?)

https://www.youtube.com/watch?v=6TAEw136rrQ

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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