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東芝の社長交代劇から考えるトップの辞任と説明責任 さらけ出してから信頼回復を

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

東芝の社長に返り咲いた綱川智氏は、5月14日の決算説明会で、ステークホルダーとの信頼回復に努める、と述べました。ちょうど一カ月前の4月14日の社長交代発表記者会見でも同じコメントをしていましたが、果たして信頼回復はできるのでしょうか。4月14日の当日は辞任した車谷暢昭氏が出席していなかったこともあり、本当のことがわからない、釈然としない記者会見でした。東芝トップの不信な行動と説明しない姿勢は今回に限りませんが、社長交代記者会見からトップの辞任と説明責任について考えます。

突然の社長交代にまで発展した会見の説明の前におさらいしておきます。私が最初に知ったのは、4月7日の日経新聞の1面記事。「英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズなどが東芝に買収提案することが6日分かった」。ここまではよくある報道ですが、問題は、東芝社長の車谷氏が、3年前には、買収提案してきたCVCキャピタル・パートナーズの代表取締役会長だったこと。つい最近まで代表を務めていた会社が今の会社を買収する提案をするというのは明らかに利益相反に見えてしまい、それがステークホルダーからの信頼を失墜させてしまった。そこで責任をとって辞任。ただ、あまりにもあからさまな利益相反の見え方なので、疑問は残ります。人事抗争のようにも見えます。なぜなら、トップ争いはどの企業も熾烈極まりない物語があり、東芝も例外ではありません。粉飾してまでトップを目指した経営者がいたこと、隠蔽の組織風土については、これまでにもさまざまな形で指摘されています。*1 本当のところはどうなのだろうか、しっかり聞きたい。そのための記者会見かと思いきや、本人は欠席。この「欠席」でさらに信頼を失墜してしまったと感じました。

どのような会見であったのか。4月14日の記者会見は全体で1時間弱。当初予定は15分の説明と質疑応答25分。実際には、説明がやや長くなり20分で質疑応答は30分。ほぼ予定通り、淡々とこなす会見でした。

永山治指名委員長から車谷氏への敬意とこれまでの実績紹介。続いて綱川氏が、車谷氏への敬意を述べた上で、新たなる成長過程への変更はないと基本方針を伝え、自分のミッションは、株主総会、CVCキャピタル・パートナーズからの買収提案への対応と明言しました。そして、強調したのは、「ステークホルダーとの信頼構築に努めること」。規律ある経営をすることや自らの価値観、会社のビジョンを語り基本に立ち戻って取り組む決意を語りました。内容はいいと思いました。ここで一番驚いたのは、脱線しますが、綱川氏が見た目より相当若く艶のある声だったこと。服装や髪型で15歳は若返るなあ、と感じました。話を戻すと、次が車谷氏からの退任にあたっての挨拶を司会者が代読。負の遺産処理、選択と集中、収益力回復、東証一部への復帰、この4つのミッションを成し遂げたのでしばらく充電したい、と当たり障りのない内容でした。

この後は質疑応答。記者からの質問は当然ながら、辞任に至った経緯やなぜ本人がいないのか。「本日辞任の申し出があった」「CVC買収提案とは関係ない」のコメントの繰り返し。会社からすれば、車谷氏を会見に出せば何を言い出すかわからず、さらにステークホルダーからの信頼を失墜させるリスクがあると判断したことは十分わかります。紛糾する可能性は少なからずあるのだろうと思いますが、信頼失墜からの回復にはみっともない姿は避けて通れない気がします。きれいにやりすごそうと取り繕っても結局のところ、推測記事は出てしまうからです。

例えば、2019年9月に代表取締役を退任した日産の西川廣人氏は、不正報酬で辞任会見をしました。厳しい会見になるだろうと思いましたが、案の定、記者から「せこいのでは」といったかなり辛辣な質問に対応せざるを得ない状況となりました。その姿はみっともない姿ではありましたが、会社にとっては貴重な前進であったとも見えました。ああ、こういう人だったかと納得し、見ている方もすっきりして会社を応援する気持ちに切り替えられます。

信頼や評判を維持するレビュテーションマネジメントといった考え方があります。チャールズ・フォンブランらの研究によると、信頼を高めるためには5つの要素を含んだ表現力が必要だとされています。5つの要素とは、「透明性」「真実性」「一貫性」「独自性」「顕示性」。車谷氏が報道陣からガバナンスについて厳しく追及される姿をさらけ出すことが会社としての「透明性」「真実性」にあてはまったのではないでしょうか。

よくわからないままトップが交代するのは信頼回復を遅らせるのではないかと危惧します。ただ、同社はメディアコントロールする広報担当者の募集告知を出してしまうくらいの会社。*2古くは東芝クレーマー事件もあり、昔からステークホルダーとのコミュニケーションは苦手な伝統があるようです。2015年に発覚した不正会計も記憶に新しい。隠さず、さらけ出す勇気を身に付けた方がよいのではないでしょうか。それが本当のダメージコントロールとなり(メディアコントロールではありません!)、ステークホルダーとの関係を新たな段階に引き上げるように思えてなりません。

<参考>

石川慶子MTチャンネル

メディアトレーニング座談会 東芝社長交代の記者会見どう見えた?

<注釈>

*1

「東芝の悲劇」(大鹿靖明 幻冬舎 2017年)、「東芝原子力敗戦」(大西康之 文藝春秋 2017年)

*2

東芝の“メディアコントロール”担当者募集、広報の専門家「びっくりした」

https://news.yahoo.co.jp/articles/994de998a74d0a43959a80ea92471dc683ddabb7

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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