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江川紹子さんと安倍首相の質疑から考える、問題の本質や改善につながる「よい質問」とは

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 リスクマネジメントの訓練として、私はトップの模擬記者会見を実施しています。なぜ、記者会見形式にするか、というと、会議形式ですとトップに気遣いをしてしまい、ストレートに聞くことができない雰囲気になってしまうからです。納得する回答が得られるまで質問することは問題の根幹を発見し、リスク対策を実行するために避けては通れない道です。したがって、私が記者会見を分析する際にも、本質的な質問がなされているかどうか、リスクマネジメントに結び付くかどうかをじっくり観察します。5月25日の総理記者会見では、「ああ、いい質問だ」と思わず聞き入ったやりとりがあったので解説します。

よい質問が本質的問題を明らかにする

 5月25日の緊急事態宣言解除についての会見をざっと振り返ります。まずは冒頭発言について。今回は、感染で亡くなった方への哀悼の言葉を述べた後、「解除」を宣言しました。この順序はよく考えられていました。

 その後、解除の理由、3月からの振り返り。世界と日本の比較をし、1カ月半で収束できたことを「日本モデル」と成果を強調。今後の経済活動立て直しに向けての段階的な見通しを示し、政府による具体的支援の追加策、人件費助成の1.5万円への増額、店舗の家賃給付金600万円の創設、本年創業のベンチャーも200万円を給付すること、医療従事者への感謝としての20万円給付金、バーやナイトクラブへの感染防止策援助としての上限200万円の補助金。さらに100か所あるPCRセンターをより一層拡充すること、接触確認アプリの導入等など、ありとあらゆる策が盛り込まれていました。最後は、ワクチン開発、世界でリーダーシップを発揮すること、国民への協力お願いで締めくくられました。

 国民の声を聞いて拡充努力をしていることはよくわかりましたが、こうして振り返ると、これでも批判するか、といった反撃のような激しさで盛りだくさんの内容のようにも見えてしまいます。おそらく、黒川前検事長の辞職問題も意識してのことだったかもしれません。いつものように、安倍総理の対策内容にしろ、数字を明記している等内容は悪くないと思いました。それでも国民からの信頼は低いのはなぜでしょうか。この日の会見で私が一目置いた内容は、フリーランスのジャーナリスト、江川紹子さんの質問でした。

「たくさんいいことをやりますという話を聞きましたけれども、それがものすごく時間がかかっている。・・・・いくらいいことをやりますといってもかなり時間がかかっております。これはどうしてなのか。1つ1つの問題はいろいろあると思うのですけれども、何かもっと根本的なところが何か問題があるのではないかと。この間、検査のことで目詰まりとおっしゃっていましたが、そこに通じる問題があるのではないかと。・・・・総理ご自身は今の問題についてどうゆうふうに認識していらっしゃるか。・・・・・検証についてはどのようになさるのか」。リスクマネジメントの観点からしても適切な質問であり、今後の改善につながるよい質問であったと思います。

率直な回答はいいが、尻つぼみ

 これに対する総理の回答。「様々な給付について時間がかかるのではないかというお話をいただきました。・・・・IT化等々について十分に進んでいない点があることは率直に認めなければならないと思います。・・・・マイナンバーカードと銀行口座が既に結びついていれば、これはかなりスピード感をもって対応することができたのだろうと、こう思います。・・・時間がかかっているというのは事実でございまして、こうゆうときには思い切って発想を変えるということもとても大切なのだろうと思います。・・・真剣に反省しなければならない・・・・・これからも全力を尽くしていかなければならないと思っています。・・・全体的な検証は収束してから」

 安倍総理の答え方には特徴があります。相手の言った言葉や問題点をまず繰り返します。これはいいやり方です。いきなり回答するよりも、相手の言葉をきちんと受け止めましたよという印象を与える効果があり、自分にも考える時間を創出することができるからです。そして率直に反省を認める姿勢。「反省」「私に責任がある」といった言葉を安倍総理は躊躇なく使うのはよいのですが、使いすぎると効果は薄れます。さらに最後がよくありませんでした。「収束してから検証」では、いつになるかわかりません。逃げているように見えてしまいます。「タイミングをみて必ず検証する」「できることから検証する」とすればよかったのです。その点、同席した尾身茂さんの方がわかっていたようで、「専門家として中間評価は出すべきだ」との考えを力強く述べています。安倍総理、いつも質問の最初の引き取り方はうまいのに、最後が尻つぼみで曖昧です。

 そして、江川さんが指摘したようにどんなによい策を立てても、実行できる効率的な組織を作り上げてこなかったことが露呈しているのです。行政機関のIT化の遅れだけではありません。学校教育もしかり。ブラジルでさえ、公立高校はタブレット授業を2018年の時点で行っています。一斉に臨時休校にするほどの強い権力を行使するのであれば、IT化も本気で取り組めばできるはずです。検察庁といった権力への執着ではなく、弱者にこそ権力を使っていただきたい。そうすれば、総理のメッセージは確実に国民に届き、信頼されるのではないでしょうか。

(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 2020年6月1日配信「あの記者会見はこう見えた・第50回よい質問とは」より一部加筆して転載)

<参考サイト>

2020年5月25日 安倍総理会見

https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202005/25corona.html

2018年12月9日 Forbes  宿題はタブレットで配布、スマホで提出、ブラジル郊外の公立高校

https://forbesjapan.com/articles/detail/24305

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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