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アベノマスクの悪目立ちがもたらした失望感… 判断が後退した広報のミスは

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

 4月16日、緊急事態宣言がようやく全国に出されました。新型コロナウィルスについて、2月下旬に政府の方針が発表された際には迅速であると感じましたが、その後、緊急事態宣言出すまでに1か月以上となり、後手後手の印象になりました。特に小さすぎるアベノマスクが悪目立ちし、国民の不満と不安、失望をわかりやすく引き起こしてしまったように見えます。一方、3月18日に国民に危機メッセージの演説をしたドイツのメルケル首相は、4月15日に「来週から規制を緩和する」と発表し、希望が見えます。危機発生時にダメージを最小限にするマネジメントが危機管理であり、その際に発信するメッセージで信頼失墜を最小限にする活動をクライシスコミュニケーション(危機管理広報)と言います。失敗しないためには、「タイミング」「表現」「発信方法」がポイントです。この3つのポイントから、官邸のクライシスコミュニケーション力を考察します。

先手から状況判断へと後退

 2月25日に政府の基本方針はタイミングは適切であったと思います。このころは国民やメディアに危機感がなかったといえるので、危機感をもってもらうための発信として理解できます。そして、まだ学校で誰も感染していない状況で、3月1日から全国一斉休校の要請。準備がないままの要請は、やや早すぎるとは思いつつも、感染リスクを考えた先手として受け止めることができます。

何よりも子供たちの健康、安全を第一に、多くの子供たちや教職員が日常的に長時間集まる、そして、同じ空間を共にすることによる感染リスクに備えなければならない。どうか御理解をいただきますようにお願いいたします。万が一にも、学校において子供たちへの集団感染のような事態を起こしてはならない(2月29日 総理会見冒頭)

 このままの勢いで先手先手で行くのかと思っていたところ、だんだんトーンが変わり「広がりの状況に応じて判断をする方針」になりました。4月17日の会見では「東京から地方への移動が見られらことから全国に緊急事態宣言をする」との説明。これは明らかに、2月末の先手とは異なります。学校の一斉休校について、「早すぎる」「誰も感染者が出てない段階でなぜ」といった声で方針が変わってしまったのでしょうか。この迷いが全てのタイミングを遅らせてしまったのかもしれません。危機時の判断は非常に孤独です。さまざまな専門家がいろいろな意見を言います。しかしながら、最後に決断するのがトップの仕事。最初に先で行くと決めたらそれを最後まで貫き通し、状況見てからの判断ではなく、先のリスクを予測してタイミングを早くしていく必要があったのではないでしょうか。

 あるいは、もう一つの方針選択としては、2月末の段階ではいきなり一斉休校ではなく、これから起こる危機に対して国民に覚悟を持ってもらうメッセージとし、緊急事態宣言を発出するまで準備期間を例えば2週間置き、その間にオンライン授業やテレワーク体制を構築する要請にした方がよかったのではないでしょうか。災害時の避難指示もいきなりでは人は動きません。準備アナウンスがあることが望まれます。

 一斉休校要請のような強い方針とメッセージなら、その後もロックダウンという強い手段も取ることが求められるし、国民に準備を促し、感染状況をみてからの緊急事態宣言とする状況判断型メッセージならそれはそれで一貫性があります。先手メッセージとするか、状況に応じたメッセージとするのか、大きな方針は迷ってはいけない。今回は、最初先手で、途中方針変更して、状況判断になったことが全てのタイミングがズレる原因となったようにみえます。

アベノマスクの形がもたらした失望感

 中でも最も大きな失望感をもたらしたのは、4月1日に発表された1世帯2枚の布マスク配布です。4月17日の会見で「シンガポールでも配布されているし、フランスもいいアイディアだとして配布を決めた」と総理は自信の回答でした。布マスクが悪いとは思いません。あの形がイメージを著しく下げているのです。マスクは不足していますが、すでに国民は、ハンカチ、キッチンペーパー、コーヒーフィルター等で自作マスクがあります。加えて、自作マスクは、鼻と顎をきちんと覆って防御するのが一般的ですが、政府のマスクは、小さすぎる上に洗うとさらに小さくなり、形も一昔前です。小さすぎてスカスカなマスクが政策の小ささを表現し、一昔前の型であることが、古い考え方、はずれた感性である印象を与えてしまっています。さらに、総理が一人だけこの形のマスクであることが、かえって悪目立ちとなり、裸の王様のような印象を与えています。

 どうにもあのマスクを見るたびに残念な気持ちになってしまいます。わかりやすいイメージダウンであり、国民の不満や失笑の的になり、政府への失望感を増幅させています。配布が先週から始まっていますが、あの形に対する疑問は解消しておらず、厚労省のサイトにおいても形についての説明はありません。語り継がれる失笑として歴史に残ってしまうでしょう。今、私達に必要なのは希望です。安倍総理のスピーチライターは、奮闘して原稿を作成していると思いますが、全てを台無しにしてしまうほどの力をもっているのが、スカスカで小さいアベノマスク。国民は生きる力が湧いてこない。同じマスクでも小池百合子都知事は、鼻と顎を覆う一般的な立体型で毎回柄を変えた布マスクの演出は女性ならではの表現力です。気持ちが明るくなり、私達も布マスクを作ってみよう、という気にさせます。

目線や服装もメッセージ

 安倍総理のスピーチはすごく悪いとは思いません。原稿は毎回その時の状況に応じて、感染者や医療従事者、保育士、食品販売や物流関係者への感謝、敬意、ねぎらいの言葉があり、未来に向けての気持ちが込められています。しかし、危機時のメッセージは言葉だけではなく、非言語による効果も意識する必要があります。4月7日と17日の緊急事態宣言の上半身で気になった点を指摘します。ストライプのネクタイと緑の羽、バッチは2つだけでしたが、全体的に華やかな雰囲気があり違和感がありました。危機的状況の際には余計なものをつけずに公式感のある服装にした方が言葉に集中することができます。実際、「緑の羽が気になって中身に集中できなかった」という意見もありました。

 目線も気になりました。2月から安倍総理は記者会見を繰り返していますが、緊急事態宣言の時には、国民に向けてのビデオメッセージという形をとってもよかったのではないかと思います。記者会見になると記者席を見る形になるため、カメラ目線が少なくなってしまうからです。カメラ目線で語りかける方が見ている方が、国民にはダイレクトに伝わります。カメラが引いたときプロンプターがあることも気になります。原稿を読んでいることがわかってしまうからです。記者からの質問に回答することで、アラが出てしまい、スピーチの威力が落ちることもあります。このように、危機時のメッセージは、タイミング、表現、発信方法から戦略的に組み立てる必要があります。日本は感染者も死亡者も少ないにもかかわらず、見せ方を失敗していることが残念でなりません。今からでも遅くはありません。希望が持てる見せ方に切り替えてほしい。

<参考サイト>

首相官邸

https://www.kantei.go.jp/

厚労省 布マスクQ&A

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/cloth_mask_qa_.html

アベノマスク緊急アンケート 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200415-00000005-pseven-soci&p=3

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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