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保釈時から失敗続きのゴーン弁護団、広報視点からの疑問 企業不祥事レベルとの指摘も

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
弘中弁護士がゴーン被告の声明動画を公開(2019年4月9日)(写真:つのだよしお/アフロ)

 ゴーン被告の弁護人であった弘中惇一郎氏が1月16日に辞任をしました。記者会見を開かないまま突然の退場。昨年、何度も記者会見を行い存在感を示した弘中弁護士でしたが、辞任はひっそり。納得いかないと感じた人は多いのではないでしょうか。3月8日でゴーン氏保釈後1年になったことから、私が見たゴーン弁護団の広報戦略における疑問点に加え、元検事の村上康聡弁護士が厳しく指摘した弁護団の説明責任について解説します。

そもそも弁護団の広報戦略に疑問

 ゴーン事件で注目された報道のポイントを振り返ってみます。拘留中の単独インタビュー、保釈時の変装、保釈の1か月後というずれたタイミングで動画声明だけの記者会見、メッセージ性のない弁護団による秋の記者会見、辞任時にしなかった記者会見。どこを抜き取っても一貫したメッセージ性のある広報戦略があるようには見えませんでした。

 単独インタビューは、対検察戦略においても、対メディア戦略においても結構リスクは高いといえます。保釈交渉には不利でしょうし、インタビューできなかったメディアを敵に回す可能性があるからです。また、保釈時でのメッセージ戦略に失敗しています。変装で逃げる印象を与えてしまいました。保釈の瞬間は広報戦略においては一番有効にメッセージに注目が集まる瞬間であり、自分の思いを伝えるシーンとして活用できたはず。待ち構える報道陣にまっすぐ向いて自分の姿をはっきり見せ、自分の思いを述べる。驚いたことやショックを受けた事、「公正な裁判を受けたい」といったまっとうなメッセージを出す。誰もがそれはそうだ、と共感せざるを得ない言葉を選べば、それは世界中を駆け巡ったはずです。結果として印象に残ったのは変装姿の写真ばかり。広報戦略における最大のチャンスを逃してしまいました。

 私の当初からの疑問は、メッセージ戦略の重要性を理解しているはずのゴーン氏自身がなぜ広報の専門チームを雇わなかったのか、ということです。レバノンでの会見ではフランスのPR会社を雇っていることからも重視していることがわかります。私は弁護士会で何度か講演をしたことがありますが、「倫理や評判といったあいまいなものに向き合えと言われても困る。自分達は法律の専門家なんだから、法的な視点でしか考えられない」と言われたことがありますし、実際、危機時の対応では意見が対立することがしばしばあります。このことから考えると、ゴーン氏は日本では弁護士とPR会社が協力して戦略を立てられないと判断したのかもしれません。

各種報道から著者作成、画像制作:Yahoo!ニュース
各種報道から著者作成、画像制作:Yahoo!ニュース

 一方、村上弁護士が着目したのは、4月9日に公表されたゴーン被告の声明動画の中にあった下記コメントです。

私は幸いにして、この訴訟で3人の有能な弁護士に弁護してもらうことができますが、彼らからは裁判の公正性についての安心材料は提供してもらえていません。私は弁護士ではありません。私はこの点について詳しくありませんが、今回の裁判において公正性を保証するために必要とされる具体的な条件について3人の弁護士に説明してもらいます。(2019年4月9日ゴーン氏動画コメントより抜粋)

 「ゴーン氏と弁護士団の間に信頼関係が築けていなかったのではないか」と村上弁護士は推察しています。これまでの調査、今回の海外逃亡、そして辞任の仕方も弁護士として不誠実であると厳しく指摘。「サウジル―トに疑惑があるとされたなら、サウジまで行って当事者に聞く行動をとる必要がある。海外逃亡したらレバノンまで行ってゴーン氏と話をするべき。そして辞任するなら説明する責任がある。私ならそうする」。「ケリー被告の裁判を通じてゴーン氏の主張が認められるようにする必要があり、また、ゴーン氏が日本に送還されるおそれがあるのだから、現時点で辞任するのは理解できない」と指摘し、弁護人としての危機対応力に疑問を呈しました。さらに今後の展開を予測。「ゴーン氏が、今後、検察官から開示を受けた記録を公表したり書籍に引用するなど、裁判の目的外使用に及べば、記録の管理が不適切であったとして弁護団は懲戒請求される可能性がある」と指摘しました。懲戒請求とは、司法警察職員や弁護士、司法書士などの資格者に対する懲戒処分を請求する手続。それほど重大な失態であると強く批判したのです。

村上弁護士との対談詳細は下記

「ゴーン弁護団の危機対応について」(リスクマネジメント・ジャーナル)*

弁護団に広報戦略はあったか

拘留中の情報発信と保釈の関係は

ゴーン氏と弁護団のズレはいつ生じたのか

海外逃亡の理由の1つに弁護団とのズレがあったのではないか

なぜ辞任なのか、できることはまだある

 村上弁護士との議論を通して、ゴーン弁護団の自らについての説明責任を果たさず退場してしまった姿はやはり「無責任」であったと改めて感じました。これまで要で記者会見を開いていた弘中弁護士は、最後こそ記者会見を開いて国民に説明する必要がありました。批判されても、その批判に向き合えば潔く見え、自らの評判を守ることになったのではないでしょうか。

*「リスクマネジメント・ジャーナル」は、記者会見解説やリスクマネジメント視点を磨く目的で日本リスクマネジャー&コンサルタント協会(RMCA)のチャンネルとして2018年5月から開始。今回は、ヤフーロッジスタジオにて収録。撮影・編集は、相馬清隆(RMCA理事/事務局長)。

村上康聡(むらかみ やすとし)氏略歴

太陽コスモ弁護士事務所 弁護士

昭和57年中央大学卒業、昭和60年検事任官、その後、東京地検、那覇地検、米国SEC・司法省での調査研究、外務省総合外交政策局付検事、内閣官房内閣参事官、東京地検刑事部副部長、福岡地検刑事部長等を経て、平成19年弁護士登録。その後、株式会社グローバルダイニング監査役、日弁連国際刑事立法対策委員会副委員長。主な著書「海外の具体的事例から学ぶ腐敗防止対策のプラクティス」(日本加除出版)「企業不祥事が生じた場合の適時開示について」(PwC’s View 4号)等

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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