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虐待を受けて「動物愛護団体」に引き取られたジャッキーくん。保護主がとった勇気ある行動とは?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
ジャッキーくん 保護主のNさんが撮影 花見の様子

虐待を受けて動物愛護団体に引き取られたジャッキーくんは、GWがはじまる少し前に亡くなりました。保護主のNさんは、ジャッキーくんを懸命に世話をしながら虐待する人間を許すということ、慈しみとはどういうことかを筆者に教えてくれました。

そしてジャッキーくんは、その役割をしっかり果たし終えて旅立ちました。虐待を受けたペット、そして虐待をした人をどうすればいいのかを考えてみましょう。

ジャッキーくんは4月のはじめにお花見

Nさんから「先生たちのところへ行っていなければ去年の秋にはとっくに亡くなっていたはずです。おかげさまでご飯も食べていたし、一緒に過ごすこともできました。丁寧に優しくみてくださりほんとにありがとうございました。可愛い子でした」とメールが届きました。そのすぐ後にNさんから「4月のはじめにお花見をしてきました」という文と一緒にジャッキーくんがお花見をしている写真(トップ画像のもの)が送られてきました。そこで微笑んでいるジャッキーくんの写真を見て、筆者は胸が締め付けられる思いがしました。

ジャッキーくんは、悪性腫瘍のメラノーマに

撮影はNさん、メラノーマが初期の頃、ふさふさ
撮影はNさん、メラノーマが初期の頃、ふさふさ

筆者がジャッキーくんに出会ったのは、昨年の秋、7カ月前で、そのときは動物保護施設の獣医師から口の中にできたがんの手術を受けていましたが、メラノーマという悪性腫瘍(転移しやすく活発)なので、再発した頃です。

Nさんは、その当時、動物保護施設に勤務していましたが、ジャッキーくんを引き取り自分の犬にしました。「なぜか、わかりませんが、私にだけこの子が懐いたのでね」とNさんは、そう説明しました。

ジャッキーくんは室内飼いでストレスもなく暮らしましたが、メラノーマが再発して、近所の2軒の動物病院へ行ったそうです。しかし、どちらも「治療は何もできません」と言われたそうです。

もちろん、Nさんはメラノーマがどんなに怖い病気かを知っていました。なにもしないでじっと見ているわけにはいかず、他府県である筆者の動物病院に来られるようになりました。

Nさんは「痛みがなく、少しでも楽に生きられるように、そして、顎を取るなどはしたくない」と言いました。

そこで、筆者はNさんと相談して、レーザー治療や免疫療法などを提案しました。メラノーマが大きくなった場合は、レーザーで減容積の処置をしながら様子を見ていくことになりました。何度も来院してもらっているうちに、Nさんはジャッキーくんのことを話してくれました。

ジャッキーくんは、元家族の父親が虐待するので引き取ってほしいということで、動物愛護団体に来ました。

その当時は、ジャッキーくんは虐待のストレスか毛がほとんどなかったそうです。筆者が初めてジャッキーくんを見たときは、四肢に毛がない部分があるぐらいに回復していました(上の画像を参考に)。

ジャッキーくんは、自分では食べにくいので、Nさんに食事を食べさせてもらっていました。そんな頃、ジャッキーくんの元飼い主のお子さんがジャッキーに会いたいと言っているとNさんから聞きました。「この子を虐待していたのは、お父さんです。お兄ちゃんじゃないので、ジャッキーの様子を見ながら、会わせてみようかと思っているの」と言われました。

診察の帰りに、ジャッキーくんは元家族のお兄ちゃんと会ったとNさんから報告されました。Nさんによると、ジャッキーくんは怖がる様子もなく普通に接していたそうです。そして、Nさんは、ジャッキーくんはメラノーマという悪性度の高いがんにかかっているけれど、このように治療をしていることを伝えたそうです。

ジャッキーくんが元家族に会うということは?

保護主のNさんが撮影
保護主のNさんが撮影

ジャッキーくんは、今年の3月の末ぐらいから急速に弱り、歩いて動物病院に来られなくなりました。Nさんに押されてジャッキーくんはバギーに乗ってくるようになりました。

Nさんは「もうジャッキーは、そう長くないので元家族に会わせようと思っているのです」と優しく言いました。

ジャッキーくんは、柔らかいふさふさの毛でほぼ覆われていました。そして、ジャッキーくんは、脚力が弱っているNさんのお母さんが作った布性の胴輪をつけてもらい、診察台にいました。

筆者から見れば、ずっとNさんの飼い犬で、注射をしても怒ることもないとても穏やかな犬でした。ジャッキーくんは過去に虐待を受けていたということを感じさせない安定した精神を持っていました。

4月の土曜日で診察が混んでいるときに、待合室でジャッキーくんは、静脈点滴をしながら元家族にに会ったそうです。そのとき、虐待をした父親も来ていたそうです。筆者は、診察中だったので、その場面には立ち会っていません。

ジャッキーくんは、3月末頃はほとんど夢うつつの状態でした。ときおり目を開けてNさんの存在を確認するという程度でした。

「いま、ジャッキーを前の家族に会わせました。お父さんも来てびっくりしました」とNさんが言いました。「ジャッキーくん、大丈夫だったのですか」と筆者が気になって尋ねると、ジャッキーくんは父親が来たことがわかったのか、ちらっと目を開けたけれど、すぐにバギーの中で眠りに落ちたそうです。

撮影はNさん
撮影はNさん

元家族の父親は、ジャッキーくんを見てどう思ったのかわかりません。しかし、ジャッキーくんは、虐待されていましたが、いまは、新しい家族にこんなに手厚く面倒を見てもらっていることを伝えたのです。

Nさんは、ジャッキーくんの世話をするだけでもたいへんなのに、元家族の思いを叶えてあげて、ジャッキーくんを看取りました。

虐待をする行為はあってはならないと思います。しかし、それを許すということ、慈しみとはどういうことかをNさんがジャッキーくんを通して、筆者に教えてくれました。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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