Yahoo!ニュース

「もうダメだ...私だけではどうにもならない」猫を見に行った獣医師がもらした絶望の声

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:PantherMedia/イメージマート)

獣医師といえば、「動物のお医者さん」だけだと思っている人が多いかもしれません。しかし、それ以外にも公務員である「公衆衛生獣医師」という仕事があります。

動物愛護が関係する現場では、「動物のための獣医師でしょう」とか「動物行政が仕事でしょう」などという批判が向けられがちです。行政の獣医師は法令を守りながら、しっかり仕事をしていますが、なかなか理解してもらえないようです。高齢化社会になり孤立する人が増えて、多頭飼育問題が多くなっています。

この問題が発生すれば、悪臭やハエやネズミなどが大量に発生し、近隣の環境も悪化します。動物を飼っていない人にでも、このような好ましくない状況に陥ることがあるのです。

多頭飼育問題の分類

多頭飼育問題とは、犬や猫が適正な飼育をされていなかったり、衛生管理ができていないことです。

同じ大学のYさんは、「最も悩ましいのは一般の飼い主や小規模な保護活動をしている人が、適正な飼育ができず多頭飼育問題になるケース」だと言います。多様な問題があるからです。これ以外にも以下のようなケースがあります。

犬や猫のブリーダー(第一種動物取扱業者)による多頭飼育問題

犬や猫を扱うプロなので、営利が優先して多数飼育して問題になります。

大規模な民間保護シェルター(第二種動物取扱業者)による多頭飼育問題

行政は殺処分ゼロを目指しているために、保護シェルターに多数を譲渡してしまい、民間保護シェルターが多頭飼育問題になりやすい。

行政獣医師は、なぜ一般の人が多頭飼育問題になると悩ましいのか?

行政獣医師の中で、動物愛護の仕事をしているのは、狂犬病予防行政・動物愛護管理行政の管轄の人たちです(他には、行政獣医師は、「食品衛生監視行政」や「食肉衛生管理行政」などがあります)。

行政の動物愛護法の仕事を説明すると以下のようになります。

狂犬病の予防業務

飼い主の登録、狂犬病の予防注射、そして所有者がわからない犬の捕獲や抑留や処分をします。日本では60年以上狂犬病の犬は発生していないといわれていますが、そのような犬が発生したときの届出などの仕事もします。

動物愛護管理の業務

動物愛護法により飼い主に適正な飼育をするように指導や啓発をします。所有者不明の猫の対応などです(猫は狂犬病予防法が当てはまらないので、すぐに捕獲はしません)。

多頭飼育問題の原因は、犬や猫の数が増えすぎたことですが、そこまでに行く過程には、動物だけの問題でないことが多いのです。

そのため、Yさんは、「問題がある家に行くと室内はゴミ屋敷になっていることが多いの。それに、犬や猫の糞尿で鼻に刺す強烈なニオイがするのよ。そして、このような問題を起こす飼い主は、多くは社会から孤立していることが多くコミュニケーションするのが難しい」と言います。

獣医師になる人の多くは、動物が好きで獣医学部を目指すのですが、いざ仕事となると人間とコミュニケーションを取ることが要求されます。

さらにYさんは「私たちは、犬や猫だけが専門だけれど、あんな家の中に子どもがいたけれど、ちゃんと育ててもらっているのかと悩んでしまう。もうダメ。私だけではどうにもできない」とも言っていました。

実際に学校に通っている児童から悪臭がして、ネグレクトを疑った学校関係者から通報で多頭飼育問題がわかる場合もあるそうです。

多頭飼育問題は多くの問題が絡んでいる

行政の獣医師は、動物愛護法により犬や猫を適切に飼うように啓発します。人畜共通伝染病である狂犬病や皮膚真菌症などに感染する可能性があるからです。

Yさんはそのような指導はできるのですが、精神疾患、認知症、生活困窮、子どもの問題などは、管轄外なのでより悩むことになるのです。

「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン」

環境省の人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドラインより
環境省の人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドラインより

多頭飼育問題の現場の声を聞いて、2021年3月に「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」を環境省がつくりました。

このガイドラインは、環境省だけではなく、生活困窮者や単独高齢者なども多頭飼育問題に関係があるので厚生労働省も取り組んでいくようになりました。

行政の獣医師の啓発

滋賀県動物保護管理センターより
滋賀県動物保護管理センターより

滋賀県の動物保護管理センターの啓発リーフレットより

猫や犬を1頭飼っている場合は、あまり問題を起こしません。しかし数が増えていくと、問題になるのです。

雄と雌の猫を不妊去勢手術をしないで飼っていると上記のポスターのように1年で20頭以上、2年で80頭以上になることあります。多頭飼育をさせないことは、大切ですね。

だれでもできる多頭飼育の見分け方

そこで、臨床現場にいる筆者は、多頭飼育の見分け方として、以下のことを飼い主に尋ねます。

何頭飼っているの?

やはり多頭飼育は、問題があると飼い主も思っているらしく、すばやく自分の飼っている数は言いません。多く飼っている人は、「たくさんいます」と答えるだけです。具体的な数字を教えてくれないときは、要注意です。

子猫や子犬を次々と飼っていない?

1年もたたないうちに、すぐに他の犬や猫を迎えると多頭飼育問題になりやすいです。科学的な知識を持って適正な飼育をすれば、いまや犬や猫は十数年の寿命がありますから。

猫が20頭などになると、不妊去勢手術をするだけでも経済的にたいへんです。猫や犬を飼っている人が、多頭飼育問題を起こさないように周りの人の意識が大切です。

室内飼いが一般的になりつつあるので、家の中は覗きにくいのですが、このような知識を持って周りを見守っていただくと、多頭飼育問題になるケースは減ると思います。なかなか帰らない実家で、多頭飼育問題になっている可能性もあるので、会話の中で気を配って、親がさみしさのあまり多頭飼育をしているかもと考えることも大切ですね。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

石井万寿美の最近の記事