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「猫を救うため」愛車のスープラをヤフオク!出品...高額な医療費のニャンコの病気とは?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:アフロ)

猫の医療は、人の医療のような保険制度がありません。実費の場合が多いです。愛猫の治療費捻出のため愛車・左ハンドルのトヨタ・スープラをヤフオク!に出品して、その事情を知った男性が270万円を一括入金しました。その行動が猫の病気のことを理解していて「かっこいい」と話題になっています。

こんな高額な治療費がいる猫の病気とは何かを見ていきましょう。

なぜ、こんな高額な治療費がいるのか?

飼い主の愛車をヤフオク!に出品させるほどの高額の治療費がいるなんて、そんな猫の病気があるの?と思われるかもしれません。飼い主は獣医師などに騙されているのではと、心配される方もいるでしょう。

その病気とは【猫伝染性腹膜炎・FIP】(後述します)です。

治療が難しい病気でひとたび発症すると100%近く命を落とします。その治療薬が日本では未認可の試薬Mです。それが高額で、体格のいい成猫の場合は百万円単位の費用がかかってしまいます。

いまの日本の治療では、FIPと獣医師に宣告されると、飼い主は1カ月も生きられないのではと考え絶望するのです。

そんな中、試薬Mを使った猫が、元気になっていく様子がブログなどで紹介されて、飼い主の知るところになったのです。愛猫が、苦しんでいるのを飼い主は、ただただ傍らで見るわけにいかず、試薬Mを海外から輸入する人が出てきても不思議ではないですね。

試薬Mの問題点

この試薬Mには、問題があります。

一番の問題は、日本で未認可ということですね。つまり、FIPに対して効果があるかどうか、日本でははっきり解明されていません。

つまり、治る子もいるし、治らない子もいます。このような薬は、ブラックマーケットとはワンセットです。国内においても情報が錯綜しています。法律上の観点から以下の農林水産省のサイト「動物用医薬品等輸入確認願」を参考にしてください。

それを踏まえても飼い主からすれば、この薬を手に入れて愛猫を治したいですね。さらに問題になる点は高額だということです。

そんな高額をすぐに用意することは、たいへんです。そのために、同じ病気で愛猫を亡くした人、あるいはクラウドファンディングなどで治療費を募っている人もいます。

猫伝染性腹膜炎(FIP)とは

この問題になっている病気は、猫伝染性腹膜炎(FIP)というものです。多くは1歳未満の子猫で発症することが多いです。もちろん、免疫力の下がった成猫もなります。

猫が食べなくなり、なにか調子が悪いなと思うと発熱、沈うつ、腹水でおなかがふくれるなどの症状が起こり、進行が速いと診断後あっという間に亡くなることも少なくありません。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因

猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因は、「猫腸コロナウイルス」が猫の体の中で変異を起こして強毒化した「猫伝染性腹膜炎ウイルス」です(「猫腸コロナウイルス」は、「新型コロナウイルス」とは別物です)。

日本の猫の多くが猫腸コロナウイルスを持っています。この状態の猫の中には、下痢を起こす場合もありますが、病原性は低いウイルスです。

しかし、その猫腸コロナウイルスが猫の体内で変異を起こして強い病原性を持つ猫伝染性腹膜炎ウイルスになります。

感染経路

猫腸コロナウイルスに感染した猫の糞便や尿、唾液などの分泌物の中にウイルスが排泄されます。経口感染で、猫の排泄物などを別の猫が舐めたりすることにより、感染が成立すると考えられています。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の症状

猫伝染性腹膜炎(FIP)の症状は、「ウェットタイプ」「ドライタイプ」の2つに分けられます。この病気は、初期の診断は難しく、どちらのタイプでも元気・食欲の低下、発熱、体重減少は見られます。特異的な症状である腹部が腫れてくれば末期です。

ウェットタイプ

胸膜や腹膜などの内臓を覆う膜に炎症が起きる「胸膜炎」や「腹膜炎」が特徴です。そのため、腹水、胸水などが貯留します。胸水があれば、呼吸困難になり苦しくなることがあります。このタイプは進行が速く、早ければ診断後10日〜1ヶ月程度で亡くなることもあります。

ドライタイプ

臓器に肉芽腫を作るのが特徴です。肝臓の場合は肝機能が低下し、腎臓の場合は糸球体腎炎を起こし、腎機能が低下します。眼の場合は、虹彩の色が変化する「ぶどう膜炎」を引き起こすことがあります。脳に炎症を起こし、神経症状を生じさせることもあります。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の診断

写真:アフロ

初期の診断は難しいです。

臨床症状、血液検査、X線検査、超音波検査、猫コロナウイルス抗体価検査などの所見から疑っていきます。

ウェットタイプで胸水や腹水が見られる場合は、PCR法により猫伝染性腹膜炎ウイルスの存在を証明できれば確定診断がつきます。

ドライタイプの場合は、さらに診断が難しく、超音波検査で肉芽腫が認められ、針吸引生検を行い、PCR法により猫伝染性腹膜炎ウイルスの存在を証明できれば確定診断がつきます。臨床をしている筆者からすれば、この場合のウイルス検出のPCRは難しいです。

伝染性腹膜炎(FIP)の日本での治療法

猫伝染性腹膜炎(FIP)に対する有効な治療法は確立されていません。

一般的には、ステロイド剤やインターフェロンの注射でウイルスを抑えます。「シクロスポリン」で免疫を抑制するなどの対症療法です。

もちろん、症状に応じて、腹水や胸水を抜くなどもします。

これらの治療は少しは症状が改善されますが、完治は困難な場合がほとんどです。

まとめ

写真:アフロ

猫伝染性腹膜炎(FIP)は、予防(ワクチンもありません)も診断も治療も難しい病気です。

発症すれば、致死率は100%近いです。そのため、未承認の薬が、日本でも使われているのです。

経口感染なので、猫の排泄物の処理をすみやかにすることは大切です。とくに多頭飼育の子がなりやすいので注意してくださいね。ストレスがかかると免疫力が落ちるので、猫にとって快適な環境を整えることを心がけましょう。

そして、この試薬Mが、日本でも認可されてどこの動物病院でも使われて、猫がこの病気で命を落とすことがなくなることを願っています。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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