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残酷な【子犬工場】から逃げ出したチワワ...量産のための道具だったワンコの運命は?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ(写真:アフロ)

いまは、「ペットショップ」だけではなく、保護猫、保護犬を求めることもすすめられていますね。なぜ「ペットショップ」の「生体販売」が好ましくないかを理解していない人が多いようです。

今日は、ペットショップに並んでいる子犬の闇が垣間見えたある1匹のチワワの話をお伝えします。その中でも繁殖について考えてみましょう。

どのようにして子犬は、店頭に並ぶのか?

はじめに、どのようにして子犬は、店頭に並ぶのかを見ていきましょう。

子犬の多くは、ブリーダーが出すオークションで落札されて、ペットショップなどのショーケースに入れられて、販売されています。

環境省の発表によりますと、2020年4月時点で国内に登録しているブリーダーは1万2949、オークション運営業者は28となっています。

つまり多くの犬たちは、子犬製造工場(パピーミル)のようなところで産まれ、そして、約生後49日齢の子がペットショップにやってきているのです(改正動物保護法により2021年6月1日から、生後56日齢になります)。

ペットショップで購入して、家族の一員にする人たちは、そんなことを想像したくないのでしょうね。繁殖用の犬は、日もあまり当たらないゲージに入れられて、子犬を産むためだけの道具のような存在の飼育状態の子がいるのです。

手に入れた子犬たちは、ふわふわして、温かくて、文句なしにかわいいですね。そんな裏側にそのような環境の子がいるのです。もちろん、ブリーダーの中には、命あるものとして繁殖用の犬を飼っている人もいます。

繁殖用の犬は、どうやって出産しているの?

イメージ写真
イメージ写真写真:PantherMedia/イメージマート

犬といえば、安産という印象ですよね。

現在でも人では、妊娠5カ月目に入った妊婦さんが、最初の戌(いぬ)の日に腹帯を巻き、安産祈願の御参りをするという風習が残っています。

一般の人は、犬は安産だから、交配をし60日と少しで出産するのだろうと、思っているかもしれません。だって犬なのだものと、それが当たり前のようになっています。しかし、繁殖用の犬は、そんなことはないのです。以下の記事を読んでください。

省令案について「私たちが当たり前だと思っていた一般常識を、業界に突き付けたことは画期的だ」と日本動物福祉協会調査員の町屋奈さんは語る。具体的には、帝王切開はブリーダーではなく獣医師が行い、健康診断を年に1回受けさせ、一生の出産回数を一定以内に抑えることなどを求めた点である。

問われる生命の重み ペットショップの裏側で より

上記の行間から、ペットの生体販売の闇が浮かびあがってくるのです。以下のことです。

繁殖用の犬は、安産だと思っていたら、実際は帝王切開されている子が多い

帝王切開は、獣医師ではなく、ブリーダー(素人)が行っている

つまり、繁殖用の犬たちは、安産どころか、帝王切開で何度も産まされているのですね。筆者の診察は、主にがんの治療なので、ほとんどブリーダーと会いません。そのような子たちをあまり見ないのですが、今回、ご紹介する犬は、元繁殖犬だったのです。

こえだちゃんは、子犬工場から逃げ出した

保護された当時のこえだちゃん(表情が乏しい)飼い主のSさんから写真提供
保護された当時のこえだちゃん(表情が乏しい)飼い主のSさんから写真提供

筆者がいくらブリーダーと接点がないといっても世の中は繋がっているので、漏れ出てくることがあるのです。

その1匹が、診察に訪れたチワワのこえだちゃんです。

そのときは、がんの末期で、他院に行っていたけれど、改善されなかったので筆者の動物病院に来られました。こえだちゃんは、口腔内にがんのある2キロ程度の超小型犬でした。全身を診察し、こえだちゃんの腹部を見ると、がんのため被毛が薄くなっていたのですが、一般の手術痕より、くっきり濃く残っていたのです。つまり、どのような手術かわかりませんが、それは、何回も腹部を切られたということを意味しているのです。

飼い主のSさんは「こえだは、元繁殖犬だったのです。もう、避妊手術はしていますが、そのとき、手術をした獣医さんの話では、3回ほど開腹した跡があったそうです。それに加えて、鳴かないように声帯も取ってます」と告白されました。そんなこえだちゃんは、はじめに、Sさんのところに、どのような経由で来たのかを遡ってみましょう。

Sさんは、犬や猫の保護愛護活動を個人でもされています。そんな関係から、保護猫、保護犬の活動をしている知り合いが多くいらっしゃるそうです。そのひとりが、今回のこえだちゃんを保護していたAさんです。

たまたまAさんが、他の用事で警察に行っていたら、道を彷徨っていたこえだちゃんが、保護されてきていました。警察の保護期間が切れるときに、Aさんが、そのこえだちゃんを引き取ったそうです。保護された当時は、3キロあり、チワワの雌とすれば、少し大きな子でした。

こえだちゃんは関東で保護されたのですが、Sさんは、無表情で、何かに耐えているようなこえだちゃんの写真を見て、いてもたってもいられず保護して一緒に住もうと考えたそうです。

猫と仲良くしているこえだちゃん 飼い主のSさんから写真提供
猫と仲良くしているこえだちゃん 飼い主のSさんから写真提供

Sさんは、新幹線に乗って、こえだちゃんを迎えに行きました。こえだちゃんは、猫たちの温もりも知り、大阪で楽しく暮らしていました。

そんなこえだちゃんは、推定で16歳になり、口の中に腫瘍ができてしまいました。筆者が診察したときは、口の外に腫瘍が飛び出てきていました。それは、レーザーで取りました。筆者の動物病院は、がんの治療を多く担当していますが、こえだちゃんは、16歳という高齢(犬の平均寿命は14歳ぐらい)で、体重2キロ前後なので、それほど積極的な治療はできない状態でした。

こえだちゃんは、いつも寒さ避けのフリースなどで覆われて、その上、ぬくぬくした服を着て来院されていました。

残念ながら、こえだちゃんは、去年の9月から10月の末まで治療をさせていただきましたが、効果はあまり見られませんでした。Sさんは、治療をあまりしないと決断されました。

こえだちゃんは、それから4日後、息を引き取りました。

元繁殖犬のこえだちゃんが亡くなって

Sさん宅に来てから、よく笑うようになったこえだちゃん 飼い主のSさんから写真提供
Sさん宅に来てから、よく笑うようになったこえだちゃん 飼い主のSさんから写真提供

こえだちゃんは、亡くなりました。

Sさんから「最期のこえだの顔を見てもらっていいですか」と電話がかかってきました。しばらくして、Sさんは、こえだちゃんを連れてきました。

こえだちゃんは、毛布にくるまれて、安らかに眠っていました。産むための道具のような扱いを受けていたこえだちゃんは、自分を愛してくれる、そしてこんなにも泣いて、悲しんでくれる家族ができたことが、誇らしげな顔をしているように筆者には、見えました。

こえだちゃんの写真を比べると、警察署での写真とSさんのところに来てからのこえだちゃんの顔が愛されている顔に変わっています。

こえだちゃんは、産む道具のような扱いから、自分が亡くなったら、こんなに泣いてくれる家族を得たことを筆者に教えてくれました。もし、ブリーダーのところから逃げ出さなければ、人知れず、ゲージで冷たくなっていたかもしれないのです。

繁殖用の犬は、子犬を産むためだけに、まるで道具のように飼われているのです。生体販売の裏では、このように、複数回帝王切開されて、声帯も取られて感情に乏しくなった犬の存在があることを知ってほしいです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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