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逃げた犬のお巡りさん・クレバ号に会いたかった獣医師の告白 「お元気ですか?」

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真です(写真:アフロ)

兵庫県の山中で行方不明者の捜索中に失踪した県警の警察犬「クレバ号」(2歳、オス)が10月27日午前、見つかりました。クレバ号は元気で、けが人もなく本当によかったです。

このことについては、「逃げた犬のお巡りさん「クレバ号」おかえり! 優秀なシェパードになにがあったの?」という記事に書いていますので参考まで。

筆者は、高校時代にシェパードを飼っていたこともあり、実際に、クレバ号に会いたくて兵庫県警に連絡を取りました。しかし、個人の取材は受け付けていないということで断られました。そのため、新聞などから、クレバ号の様子を推測し、警察犬について獣医師の視点で解説します。

 兵庫県福崎町の七種山(なぐさやま)で兵庫県警の警察犬「クレバ号」(シェパード、雄2歳)が先月、行方不明者の捜索中に逃げ出し、2日後に見つかった。警察犬にとって、鑑識課員の命令への服従は絶対条件。一時は「引退」も検討されたが、県警に全国から「もう一度チャンスを」などと激励の電話やメールが90件以上寄せられ、県警は現場復帰に向けて訓練を再開した。

(略)

 これまでに行方不明者を4人発見し、捜索能力が高く評価されていただけに、「突然の逃走は驚きだった」(鑑識課員)。逃走時、「待て」と声をかけたのに従わなかったため、警察犬として不可欠な「命令に服従する能力」が欠けている可能性もあるとして、県警内部では当初、引退も検討された。

 しかし、逃走の報道をみた人たちから、「叱らないで」「これからも警察犬として活躍を」などの激励が県警に殺到。「クレバは悪くない。悪いのは逃がした側ではないか」と県警に厳しい意見も寄せられた。中には、「警察犬に復帰できないなら引き取りたい」との要望もあったという。

 クレバ号は訓練を再開し、1日約3時間、課員の指示に従うかなどを確認している。

 担当者は「まずは基本の服従訓練を繰り返し、復帰可能かを見極めたい」と話している。

出典:現役復帰 もうワンチャンス 兵庫県警 逃走の警察犬 2020.11.13 読売新聞 大阪夕刊 

クレバ号は、元気にしているとのことです。それでは、実際の警察犬の訓練の様子を見てみましょう。

以下は、警察犬の教育強化へ “広さ日本一”訓練所でトレーニングをしている動画です。

このような訓練の他に、クレバ号は呼ばれたらすぐに駆けつけるなどの服事の訓練を受けているのでしょう。

クレバ号は、行方不明者を見つけるなどの捜索に対する優秀な能力を持っています。しかし、上記の読売新聞の記事の中に「警察犬として不可欠な「命令に服従する能力」が欠けている可能性もある」とあるので、服従などのコマンドは得意ではないのかもしれませんね。警察犬によっては、それぞれ性格があるので、その特性を見ながら訓練する必要があり、そこが難しいところですね。

クレバ号の性格を考慮して、動物愛護精神の観点から考えると、一般の家庭にペットとして飼われるのもいいかも、と考えてしまいます。

クレバ号が、好きでない訓練を毎日、3時間もすることになるので、苦痛からストレスになる場合も考えられますから(実際に見ていないので、あくまでも推測です)。

警察犬の仕事

警察犬の仕事内容は大きく分けて4種類あります。その犬が得意な分野を発揮して仕事につき、警察を助けてくれています。まずは、警察犬がどんな仕事をしているのか見ていきましょう。

・跡追求犬

跡追求犬は、犯人が事件現場に残した遺留品のニオイから犯人の居場所を突き止める仕事です。犯人だけでなく、クレバ号のように、行方不明者の持ち物のニオイから捜索活動も行います。

・麻薬探知犬

麻薬探知犬とは、空港や港の税関などで麻薬のニオイのする荷物をチェックする仕事です。空港などで、シェパードではなく、ビーグルやラブラドールが働いているのを見たことがありますね。

・威警犬

威警犬は、警察と一緒にパトロールを行って威嚇し、犯罪を未然に防ぐ仕事をします。日本の警察犬では逮捕活動に従事することはほとんどないようです。

・気選別犬

気選別犬とは、逮捕された容疑者と、現場に残された証拠のニオイが一致するかを確認する警察犬のことです。

警察犬が、識別したニオイを裁判でも利用することがあるらしいので、警察犬の嗅覚はすばらしいですね。

このように私たちの生活や平和な社会のために、仕事をしてくれていますが、警察犬は、全部が警察に属しているだけではなく、嘱託警察犬(しょくたくけいさつけん)という制度が、あるのです。

嘱託警察犬とは?

警察犬には警察が所有する直轄犬(ちょっかつけん)と、普段は民間で飼われている非常勤の警察犬である嘱託警察犬の2種類があります。現在活躍する警察犬の大部分が、民間で飼われている嘱託犬です。

家庭犬が嘱託警察犬になるまでの道のりとは?

上記の動画からわかるように、一般家庭で育てられている家庭犬が警察犬になるのは、簡単ではありません。

約1年から1年半の訓練期間を終えて、警察犬の認定試験に合格しなければならないのです。

難しい試験に合格すると晴れて警察犬になります。

嘱託警察犬審査会の中には、以下のものがあります。

・「座れ」や「待て」の基本的なコマンドができるか

・「服従試験」銃声が鳴ってもパニックを起こさない、呼んだらすぐに来るなど

・「足跡追及試験」ニオイから犯人や行方不明者の残した足跡を追及

・「臭気選別試験」現場の遺留品のニオイと犯人のニオイが一致するか

などの試験を受けて、晴れて「嘱託警察犬」です。

一度、嘱託警察犬になっても動画のように、毎日、トレーニングがいります。

筆者の高校時代のシェパードも民間の警察犬訓練士に教育をしてもらっていましたが、基本的なコマンドができるまでしかできませんでした。

・信頼関係

犬と一緒に仕事をするわけですから、人と信頼関係を結ぶことが大切です。

そのため、一緒に長時間の散歩やボール遊びなどをして、犬との信頼関係を築いていくことから始めると聞きます。クレバ号も十分、遊んでもらってほしいです。失踪したときの嫌な思い出(PTSD・心的外傷後ストレス症候群)があるかもしれませんから。

犬は基本的に飼い主に褒めてもらうことで喜びを感じるので、トレーニングを楽しくするために、その都度大きく褒めてもらうといいようです。

警察犬に向いている犬の性格とは?

もちろん、どんな犬でも警察犬に向いているわけではありません。 警察犬に向いている性格は以下です。

・物怖じしない

現場に行けば、多くの人がいて、たくさんの音がします。どのような環境でも堂々と行動できる性格の犬が警察犬に向いているといえます。大きな音が鳴っても冷静でいることですね。

・集中力がある

犯人の追跡や、行方不明者の発見など長時間の仕事になります。すぐに飽きてしまうと、捜査ができないためです。

まとめ

人には識別ができないニオイを嗅ぎ分けることができる警察犬は、選ばれしものだけがなれるのですね。AIが、発達してきていますが、まだまだ、警察犬が持つ素晴らしい嗅覚を使って、犯人などを検挙するなどの捜査力は、人工知能や機械ではないのです。

クレバ号は、とても貴重な存在といえます。 クレバ号が元気で楽しくトレーニングしていることを心の中でそっと応援しています。報道によれば、兵庫県警に、クレバ号への激励の声が届いているとのことなので、多くの人が同じ思いなのでしょう。

英国のノッティンガムシャー州では、引退した警察犬の医療費は公費でまかなわれているそうです。そして、使役犬のために特別な法律も作ったそうです。

日本の使役犬もどんな仕事についていてもそれ相当の厳しさがあるはずなので、仕事の後は幸せな環境を保証されるべきですね。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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