Yahoo!ニュース

トヨタが新型コロナ対策で防護マスク生産 医療機器増産のために生産方式も伝授 垣間見えた創業者精神

井上久男経済ジャーナリスト
生産・物流のノウハウを新型コロナウイルス対策に活かすことを決めたトヨタの経営陣(写真:つのだよしお/アフロ)

トヨタ工場で防護マスク生産

 トヨタ自動車は7日、社会的な最優先課題となっている新型コロナウイルスの感染拡大の抑制や、医療現場の支援に向けて、自動車産業が持つ製造・物流面でのノウハウや、グローバルに広がるサプライチェーンを活かし、様々な側面から対策を検討し、迅速に取り組んでいく、と発表した。

 トヨタは、樹脂型や鋳造型など生産設備を造る貞宝工場(愛知県豊田市)で、医療用フェイスシールド(防護マスク)の生産を開始するための準備に入った。試作型や3Dプリンターを活用して、まず週に500~600個程度から造り始め、グループ企業での生産も検討する。

 さらに、トヨタが持つ広範なサプライチェーンを活用して、医療用マスクや防護服、体温計などの衛生用品の調達支援も始める。

 

アイシン精機は簡易ベッド台を生産

 軽症の感染者移送についても、トヨタが生産するタクシー車両「JAPAN TAXI」で、車内の飛沫循環を抑制できる方法が取り入れられないか検討する。

 グループ企業のアイシン精機は、医療機器以外で病院で必要となる簡易ベッド台、消毒液容器、簡易間仕切り壁などの生産で協力できないかの検討に入った。アイシン精機は、主に変速機を製造する自動車部品メーカーだが、これまで安城工場(愛知県安城市)でベッドの生産に取り組んできたほか、LIXILの「シャワートイレ」なども生産しており、そうしたノウハウを活用すると見られる。

 ちなみにLIXILの源流企業の一つ、伊那製陶(INAX)の創業家である伊奈家と、グループの始祖である豊田佐吉氏の弟の佐助氏が親戚関係だったため、アイシンはシャワートイレを造っている。

 

トヨタ生産方式支援チーム結成

 グループ企業のデンソーは、治療薬開発や感染抑制に向けた研究支援に参加する。カナダの企業が開発する量子コンピューターの無償提供プロジェクトに技術支援する。

 筆者が注目するのは、効率的な生産手法の代名詞と言える「トヨタ生産方式(TPS)」のノウハウを医療機器メーカーに伝授し、人工呼吸器など医療機器の増産に役立ててもらう点だ。そのために、トヨタとグループ企業で「TPS支援チーム」を結成する。

TPSの真髄の一つは、「作りと売り」を一体化して考えている点だ。効率的に良い製品を造っても効率的に売れなかれば意味がないということだ。このため、TPSに詳しい人ほど、上流の生産から下流の販売まで一貫しての効率性を重視する。

禍転じて福となす視点

 豊田章男社長は役員になる前、国内企画部内の販売店業務改善支援室長だったことがある。この部署は端的にいえば、販売現場にTPSのノウハウを伝授する組織だ。たとえば、いかに車検を短時間で終わらせて顧客サービスを向上させるか、について取り組んだと言われる。

 新型コロナウイルス禍は一過性のもので、いずれ収束を迎える。その際に、これまで抑制されてきた消費が一気に回復し、様々な分野で逆に生産能力が足りなくなるなど現場が混乱する可能性もある。経済復興を素早く進めるためにも、混乱なく、生産、物流体制を各企業は整えておく必要がある。

 新型コロナウイルスの蔓延の影響で、一時的にサプライチェーンは分断されたが、これを機会に事業の効率性と継続性を両立させられるように企業体質をいかに強化していくかという視点も大事になってくるだろう。

良い在庫と悪い在庫

 さらに言えば、今回の新型コロナウイルス禍によって、消費者の消費スタイルが変わる可能性すらある。今でも通信販売のウエートは高まっているが、対面せずに商品を購入する動きはさらに加速するだろう。そうした動きが加速すると、店舗がバーチャルになってリアルな店舗は不要になったとしても、モノを運ぶリアルな物流はなくならないばかりか、もっと忙しくなる。禍転じて福となす的な観点からも筆者はTPSの伝授に注目している。

 TPSは「在庫を持たない『かんばん方式』」と世間一般では理解されているが、正確には少し違う。「無駄な在庫を持たないが、必要な在庫は持つ」と言った方が適切だろう。TPSが誤解されて世の中に伝わっているため、TPSを学んだ企業の中には、必要な在庫さえ削ぎ落してしまい、需要に対応できずに「機会損失」になっているケースがある。

 トヨタ社内でも本格的にTPSを学んだ人ほど、「生産体制の理想は『寿司屋』」という人が多い。寿司屋のカウンターに座って、握り寿司を頼めば、頼んだものがすぐに出てくるからだ。寿司屋はよく売れるマグロを切らすことはなく、在庫を持っていて、お客の注文に素早く対応できる。ものづくりも、これと同じなのだ。要は、必要な中間在庫はもっておくことが大切という意味だ。デパートの地下に入っているサラダを造る会社が一時、トヨタOBを受け入れていたが、それはサラダで品切れを起こさないように効率的に造ることを習得するためだったと言われている。

 デパートのサラダ売り場をよく見ると、店頭の後ろ側に「造る場所」がある。これがミソだ。サラダを造るのに必要な野菜、卵、ハム、マヨネーズなどの食材は中間在庫として持っておき、売れそうなときに、それらを店の裏で混ぜ合わせて「完成品」にする。

垣間見えた創業者の精神

 サラダは食材を混ぜて「完成品」になった瞬間から賞味期限が発生するが、食材のまま中間在庫でもっていれば、賞味期限は「完成品」よりも長い。こうして無駄な「完成品」を造らないようにすることもTPSの強みだ。

 トヨタは、豊田佐吉氏の精神を受け継ぐためにできた「豊田綱領」を今でも大切にしている。これは戦前にできたものだが、現代風に解釈しなおして社員らが企業哲学として共有している。その一節に「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」とある。

 戦時中に強制的に国家に協力させられたというイメージから「産業報国」という言葉に違和感を持つ人がいるかもしれない。ただ、新型コロナウイルス禍は、未知のウイルスと人類の「戦い」でもある。今回のグループを挙げてのトヨタの医療機器の増産や生産方式の伝授は、その「戦い」に勝つために、企業として社会に貢献していこうという姿勢をトヨタは示している。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

井上久男の最近の記事