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日産「指名委員会」が社長人事で大失態 社外取締役の限界

井上久男経済ジャーナリスト
日産自動車指名委員会の豊田正和委員長(右)と同委員で取締役会議長の木村康氏(写真:つのだよしお/アフロ)

 日産自動車のコーポレートガバナンスが再び狂い始めた。同社前会長のカルロス・ゴーン氏による特別背任事件などが発覚したことにより、ガバナンス体制の確立を求め、外部の目で経営チェックを強化しようと、今年6月の定時株主総会で、社内取締役が過半数を占める指名委員会等設置会社への移行が承認されたが、肝心の社外取締役が役割を果てしていない。

日産のナンバー3が突如退任の怪

 中でも社長人事など主要な役員人事を決める、社外取締役らで構成される指名委員会が全くと言っていいほど機能していない。その実態について解説する。

 日産は12月25日、執行部門ナンバー3の関潤・副最高執行責任者(COO)が近く退任することを発表した。関氏は社長含みでモーター大手の日本電産に転職する見通しだ。日産では12月1日付で、内田誠社長兼CEO、アシュワニ・グプタCOO、関副COOの新体制が発足したばかり。わずか1カ月で新体制は崩壊することになった。

 日産では、ゴーン氏の事件後、西川廣人社長兼CEO中心の体制に変わったが、西川氏も内規に反する報酬を得ていたことが発覚し、今年9月16日付で事実上の引責辞任に追い込まれた。その後、指名委員会が後任を人選し、同10月8日、指名委員会委員長の豊田正和・筆頭社外取締役(元経済産業審議官)と、同委員の木村康・取締役会議長(JXTGホールディングス相談役)が記者会見し、内田誠専務を昇格させることを発表した。

「関社長」が覆った訳

 同時にナンバー2のCOOにルノー出身で三菱自動車のCOOだったグプタ氏を横滑りで起用し、副COOに関専務を昇格させることも発表した。記者会見で木村氏は「集団指導体制でお互い切磋琢磨するのが透明性があり、公平な判断ができる」と説明した。

 ゴーン氏による不健全な独裁が会社の私物化を招いたこともあり、こうした説明は世間一般にはもっともらしく聞こえたが、実情は違った。日産の内情に詳しい関係者は筆者の取材に、「指名委員会の6人の委員の議論では関氏を社長に昇格させる意見が強く、いったんは関氏で決まりかけたが、筆頭株主のルノー会長であるスナール氏が猛反対し、それを豊田氏と木村氏が忖度して内田氏に変わった」と語る。

 指名委員会が当初、関氏が社長に適任と見たのは、その能力と人格を判断してのことと見られる。多くの日産幹部によると、関氏の評価はこうだ。「生産、販売、商品企画といった会社の主要な部署をグローバルに経験しており、実績も上げた。決断力もある。明るくて前向きなので人望があり、ゴーン前会長の事件以降暗くなりがちな社内を一つにまとめる力がある。関氏が会社を引っ張るリーダーには適任」

決断力がないと言われる内田氏

 これに対して内田氏の評判は「紳士で勉強家だが、重要な案件を一人で決められない傾向にある。上司の言いなりになって動くタイプだった。03年に日商岩井から転職してきて、購買部門の経験は長いものの、営業や生産での経験は乏しく、社内基盤は弱い」(内田氏の部下)といったものだ。

 社長になる要件として、社内基盤の力は関係ないのだろうが、「決断力」は重要だろう。こうした声は社外取締役にも届いていたと見られる。なぜなら、今回発足した新体制では重要な任務は関氏に集中していたからだ。

「全く分かっていない」指名委員会

 今回の「トロイカ体制」で、関氏の主な担当は、経営再建と商品企画、次世代モビリティだった。一方、内田氏は社長なので全体を統括するが、主な任務はルノーとの交渉、グプタ氏は通常の生産・販売のオペレーションを担うことになった。関氏の担務が早期の日産業績回復のためには最も重要な分野であり、日産再生の要諦を握る部分でもあったため、日産社内では「『影の社長』は関さん」といった声が出ていた。

 それならば、指名委員会が実力と期待通りに関氏を社長に指名すればよかったのに、前述したようにスナール氏に配慮して社長人事を曲げた。日産のある役員は「指名委員会なんて日産がどうすれば再生するのかなんて全く分かっていないし、とにかく摩擦を避け、自分になにがしかの批判の矛先が向くことを恐れているだけ」と言う。

ルノーにとっての「カモ」

 そもそも指名委員会が社長や主要な役員を決めるのは分かるが、「集団指導」という執行の体制にまで口を出すのはおかしい。執行の体制は社長が、成果を出すために動きやすいように決めるべきものではないだろうか。

 この社長人事に、してやったりとほくそ笑んだのがスナール氏だ。近い将来、日産とルノーの資本関係の中身をどうするか話し合う局面が来る。日産社内は、ルノーとの提携関係は維持しながらも現状の出資比率は引き下げるという考え方が大勢を占めるようだ。そして経営統合などは受け入れられないという意見が多い。

 これに対してルノーは今でも日産との経営統合を狙っている。スナール氏にしてみれば、決断できない内田氏が日産の社長であれば、押し切りやすい相手と映ったに違いない。いわば格好の「カモ」というわけだ。逆に、手ごわい関氏だと簡単には押し切れないと見て、関氏の社長就任に反対したのだ。

社外取締役は「毒」にも「薬」にもなる

 こうして日産の新体制ができた直後に、日本電産の永守重信会長が、社長として来てもらえないかと、関氏を自社に誘ったという。関係者によると、永守氏はその前にも関氏を誘っていたが、関氏が断わり続けていたという。

 12月4日には参議院本会議で改正会社法が可決し、株式の譲渡制限がなく、資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上などの条件を満たせば、上場、非上場に問わず社外取締役の設置が義務付けられた。社外取締役が多くの会社で身近な存在となる。今回の法改正は、日産と同様に外部の視点で経営を監督していくことが大きな狙いだ。その効果に一定の期待は持てるが、日産を見ていれば、「薬」のはずが「毒」になってしまうケースもある。社外取締役が力を持ちすぎることは、両刃の剣であると同時に、経営センスのない社外取締役を受け入れれば、会社が混乱してしまうのだ。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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