Yahoo!ニュース

「身内」が西川社長の首を切れるのか 信用できない日産のガバナンス改革

井上久男経済ジャーナリスト
今年5月14日、決算や構造改革を発表した日産の西川廣人社長(筆者撮影)

 日産自動車の西川廣人社長が、株価連動型の役員報酬(SAR)を社内ルールに違反した手法で約4700万円をかさ上げして取得していた問題で、西川氏の責任を問う声が強まっている。引責辞任は避けられないだろう。

 

濡れ手で粟の4700万円

 SARとは、あらかじめ決められた基準株価と権利行使した時の市場価格の差額を受け取る報酬のこと。問題の構図はこうだ。西川氏は権利行使した後に株価が上昇したので、権利行使日を約1週間ずらして濡れ手で粟の4700万円を得て、住宅購入費に充てた。

そもそもこの問題は、月刊「文藝春秋」7月号で、カルロス・ゴーン氏と一緒に逮捕されたグレッグ・ケリー氏の告白によりスクープされていた事案である。筆者も同誌8月号で「日産疑惑の社長で挑む日仏総力戦」でこの問題を論じた。取材時点で日産元役員はすでに「限りなく社内ルール違反に近い、ずるいやり方」と指摘していた。

 その元役員によると、日産では権利行使する場合に担当部署にまずメールで申請し、その後改めて自筆署名入りで申請する2段ステップがある。西川氏はメディアの取材に「意図的ではなかった」と答えているが、2段階ものステップで意思決定を確認する仕組みにおいて、「意図的ではなかった」という言い訳が通じるだろうか。ただ、筆者の取材によると、西川氏の意向を忖度して、周辺関係者が手続きをしたとの情報もある。

ゴーン事件の本質もガバナンス不全

 いずれにせよ、西川氏の倫理的な責任は重い。さらに「ゴーン氏よりも責任が重い」といった論調があるが、これは明らかに間違っている。ゴーン氏の「不正」は刑事事件であり、司法が裁く事案だ。西川氏の社内ルール違反はあくまで内規違反であり、これはコーポレートガバナンスの範疇において処理される案件である。

 日産の今のコーポレートガバナンスが西川氏に対して厳しい処分を下すことができるのか問われるところだ。筆者はおそらく無理だと思う。その理由を以下に述べていこう。

 ゴーン氏の事件の本質もコーポレートガバナンスの不全にある。ゴーン氏の暴走や不正にうすうす気づいていながら、当時の日産取締役会が止められなかったのだ。今回の西川氏の社内ルール違反を見ても分かるように、甘い汁を吸っていた役員は大勢いるので、ゴーン氏に意見できなかった。 

所得税も補填

 そして、さすがに今ではやっていないが、日産役員は所得税を補填してもらっていた時期がある。ゴーン氏が日本の所得税率が高いとクレームをつけて騒いだため、役員報酬にかかる所得税を日産がさらに所得税を払いながら補填していたのだ。

 これはゴーン氏の「特権」ではなく、他の役員に対してもだ。たとえば、1億円の役員報酬を得て、5000万円超を所得税でもっていかれると、その分をすべて日産が補填し、税込みの額面通りの額を得られた。

 だから日産役員にはリッチな人が多く、その代表格がゴーン氏の意向を受けてリストラなどの汚れ仕事を請け負っていた小枝至・元共同会長だ。小枝氏は一流プロ野球選手が住む超高級マンションに住み、退任した今では都内にビルを保有し、不動産業を営んでいる。サラリーマン経営者あがりがとてもできることではない。

東レの「ミニゴーン」による忖度

 こうした腐った日産のコーポレートガバナンスを立て直そうと、昨年12月に設立したガバナンス改善特別委員会が、社外取締役を中心とする指名委員会等設置会社に移行することを具申し、今年6月の株主総会での決議を経て実際に移行した。

 しかし、そのガバナンス改善委員会自体が信用できないと筆者はかねてから指摘してきた。そう指摘してきたのには理由がある。同委員会の共同委員長を務めた前経団連会長の榊原定征氏の存在だ。榊原氏は東レ出身だが、「東レ社内では『ミニゴーン』と呼ばれ、会社の私物化疑惑があった。このため東レから絶縁され、移動用の黒塗りの車も東レではなく、個人的に親しい別の会社から出してもらっていた」(東レの内情に詳しい関係者)

 この榊原氏の評判は最悪だ。経済産業省の役人は「榊原さんは、自分の考えがなく、記者会見の前に事務方が作った想定問答集を完璧に丸暗記するのが得意。逆にこれは事務方のシナリオ通りに動いてくれるということなので、これほど扱いやすい経営者はいない。西川氏もそれを知っていたのではないか」と言う。要は、榊原氏は、西川氏の意向を忖度していたと見られているわけだ。

 さらに言うと、東レ自体が執行役員制度を導入しておらず、取締役をトヨタ自動車以上に多く抱えるガバナンス体制が古い会社なので、榊原氏はガバナンス改革をアドバイスする見識を持ち合わせていない、と見る企業幹部は多かった。

 一時、そんな榊原氏が日産会長候補に浮上していたわけだから、今回の日産のガバナンス改革がいかにいい加減か、よく分かる。

「仲間」で固めた社外取締役

 指名委員会等設置会社に移行して、取締役候補を決める指名委員会委員長には、元経済産業審議官の豊田正和氏、役員報酬を決める報酬委員会委員長には元産業構造審議会メンバーでレーサーの井原慶子氏、監査委員会委員長には日本興業銀行出身でみずほ信託銀行元副社長の永井素夫氏がそれぞれ就いた。会長には、JXTGホールディングス相談役の木村康氏が就任した。

 4人はいずれも社外取締役だが、「身内」から選んだと見られても仕方ない人選だ。経産省からは日産に天下りしており、旧日本興業銀行は日産の元メーンバンクだ。JXTGホールディングスの母体の一つ、旧新日鉱グループは、日産の創業者である鮎川義介氏が率いた戦前の日産コンツェルン発祥の企業だ。

 こんなお手盛りの社外取締役たちが、西川氏の首に鈴を付けられるはずがない。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

井上久男の最近の記事