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日産とルノーの同盟関係は今後どうなるのか?日産に迫る巨大リスク

井上久男経済ジャーナリスト
日産自動車のカルロス・ゴーン前会長(写真:アフロ)

 20年近く日産自動車の経営トップに君臨してきたカルロス・ゴーン氏の逮捕は、ひとつの時代が終わったことを意味する。日産はゴーン氏の会長職を解任。ルノーCEOにはまだとどまっているものの、いずれ解任の流れになるだろう。カリスマ経営者なき後の日産とルノーの「アライアンス(同盟)」関係が今後どうなるのかを占う。

提携解消すれば日産に「厄介な株主」出現か

 まず、両社ともにアライアンスを解消したらデメリットが多い。ルノー側のデメリットは、純利益の半分近くを占める日産からの配当がなくなれば、株価も低迷し、逆に買収リスクにさらされることになる。一方、日産も同様だ。ルノーは保有する日産の株式43%を売るだろう。43%の日産株の価値は1兆6000億円程度ある。こうした巨額の資金を出せるのは、オイルマネーや中国系のファンドだ。日産には新しい厄介な株主が出現するリスクがあるのだ。

 加えて、両社は共同生産、共同開発など実務面での共同プロジェクトを進めているが、それがなくなり、一からの出直しとなれば時間のロスだ。100年に一度の大変革の波が襲ってきている自動車業界では異業種も交えて競争が激しくなっている。時間のロスは他社との競争戦略上、大きなデメリットだ。

 経済合理性を考えれば、これまで業績面では一定の成果を出してきたアライアンスを解消するのは得策ではない。そのことについて、両社は百も承知だろう。しかし、ルノーと日産の経営統合を狙っている、ルノーの筆頭株主であるフランス政府が経営に介入し始め、これに日産が警戒感を示し、アライアンス運営の主導権を巡り、両社の関係がぎくしゃくし始めている。

ゴーン氏の後任は誰に?

愛知県岡崎市にある三菱自動車の拠点を訪れたゴーン氏(2017年4月、筆者撮影)
愛知県岡崎市にある三菱自動車の拠点を訪れたゴーン氏(2017年4月、筆者撮影)

 アライアンスを維持することを前提に考えても日産にとっては新体制の構築など難題への対応が続く。最初の関門は、ゴーン氏の後任の会長選びだ。17日に開催予定の取締役会で決まる見通し。一部報道によると、ルノー側が後任の会長を求めたのに対して、日産が拒否したとされる。これが事実なら、日産とルノーの間でアライアンスの主導権争いがすでに始まっていることになる。

 後任会長は日産社外取締役の豊田正和氏がトップの第三者委員会で選任する。豊田氏は元経済産業審議官。経産省で次官に次ぐナンバー2のポストを経験し、「APEC(アジア太平洋経済協力会議)立ち上げの中心人物の一人で、英語も流暢で国際交渉がうまい」(同省OB)との評価だ。豊田氏はおそらく、ルノーとも水面下で調整しているだろう。

 今後の日産の戦略上、豊田氏はキーマンの一人になると見られる。後任会長選びだけではなく、日産は今後、日本政府とも密に連携しなければならない局面になる可能性がある。その際に、日産と政府の結節点にもなるだろう。

 次の難題はゴーン氏の取締役解任手続きだ。会長職は解任したものの、取締役解任は株主総会での同意が必要だ。臨時株主総会を開催すると見られるが、43%の株を保有する大株主のルノーの出方次第では、ゴーン氏の解任は容易ではない。この問題も、豊田氏らが水面下でルノーの意向を探り、調整するのではないか。

主導権争いの行方

 続いて最大の焦点は、今後のアライアンスの運営を巡る主導権争いだ。株式の理論上は、43%の株を持つルノーが日産ーを支配している。しかし、このアライアンスは提携当初から、お互いが経営リソースを持ち寄ったり、開発、生産、物流などの面で協力し合ったりすることで、シナジー効果を生み出すことに主眼が置かれている。「精神的には対等」といったところだろう。

 関係者によると、提携契約時の合意書には「ファーストバイスプレジデント(筆頭副社長)を超える役職は受け入れない」などの文言が盛り込まれていたという。社長は日産側から出すという意思が込められていたわけだが、その合意書の内容が後に改定され、ルノーの支配力が増してきた。

 この問題はさておき、2015年にフランス政府がフロマンジュ法(2年以上株式を保有すれば議決権が2倍になるなどの法律)によってルノーへの支配力を高め、ルノーと日産の経営統合を目論んだ際には、ゴーン氏がその圧力を押し返した。しかし、それ以来、日産側には「精神的対等」も反故にしかねないフランス政府・ルノーに対しての不信感が募り始めた。これが今回の騒動の遠因の一つになっている。

日産が求める資本面でも対等

 こうした状況下で日産とルノーの水面下での主導権争いが起き始めている。日産が求める理想的な関係は、資本関係でも対等にする、あるいは対等に近づけていくことだろう。そうするためには次のような選択肢が想定される。

1 ルノーの日産への出資比率を40%未満に下げ、日産が持つルノーの15%の株式の議決権を復活させる(フランスの法律上、日産のルノーに対する出資比率が40%を超えれば、日産の保有するルノー株15%分の議決権は消える)。

2 さらにルノーの出資比率を下げるために、日産が増資を行い、相対的な比率を下げ、日産もルノーの株式を買い増していく。

3 あるいは、ルノーの日産への出資比率を下げさせるが、日産のルノーに対する出資比率はそのままにしておく。ただし、アライアンスのもう一社、三菱自動車がルノーに対して出資して、ルノー対「日本連合」で対等な資本関係を構築する。

4 日産、ルノー、三菱の三社アライアンスの統括会社で、共通戦略を練る「ルノー日産BV」(本社・オランダアムステルダム)のCEOは、ルノーのCEOが兼務することを日産とルノー間で取り決めているが、それを見直し、日産のCEOがBVのトップを務められるようにする。

フランス側は強硬策を取るのか

 しかし、フランス政府やルノー側は、マクロン大統領やルメール経済産業相の言動を見る限り、最低でもこれまでの関係を維持したいと見られる。このため、日産が求める資本面での対等、すなわち「見える形での対等」をフランス側が簡単には受け入れないと見られる。だから交渉は難航するだろうし、日仏政府を巻き込んだ情報戦なども予想される。

 もし、日産とルノーの交渉がこじれて、フランス側が強硬策に出た場合、日産に対し敵対的なTOBを開始して一気に50%を超える株式の保有を狙い、名実ともに子会社化する動きに出るかもしれない。そうなると、日産はどう防衛するのか。こうしたリスクを想定すれば、日産や日本政府も対抗策を準備しておかなければならない。

 こうした「摩擦」は不毛な戦いのように筆者には映ってしまう。冒頭でも述べたが、異業種も参入して自動車産業が大変革期を迎えているいま、実行のスピードや生産性の違いが激しい競争の勝敗を左右する。一刻の停滞も許されないはずだ。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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