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パナソニックが導入した日本企業初の人事制度とは

井上久男経済ジャーナリスト
テレビからクルマ(自動運転や電池など)に事業の重心をシフトさせているパナソニック(写真:ロイター/アフロ)

 パナソニックが「クロスアポイントメント」と呼ばれる新しい人事制度を導入した。同制度は2014年12月、経済産業省と文部科学省が連携して設立。研究者が、大学や公的研究機関や民間企業の中で、2つ以上の組織と雇用契約を結び、働けるようにしたものだ。設立の狙いは、卓越した人材がそれぞれの組織における役割に応じて研究開発、教育に従事することを可能にすることで、技術シーズを民間企業に円滑に橋渡ししていき、イノベーションを誘発していくことにある。

 

AI研究の教授を「兼職社員」に

 パナソニックは今年4月1日付で、AIなどを研究している立命館大学情報理工学部教授の谷口忠大教授を、ビジネスイノベーション本部(IoT関連で新規事業を担当する部署)の客員総括主幹技師として迎えた。パナソニックと谷口教授はすでに16年夏から共同研究を開始していたが、「社員」としてより深く関与した方が早く成果に結びつくと判断した。

 谷口教授の仕事への従事比率は立命館大で80%、パナソニックで20%となり、週1日程度パナソニックで働く。谷口教授は、自動車、住宅、家電などの幅広い分野でAIを活用するプロジェクトに参画しているほか、アドバイザーとして全社からの相談に応じている。まずは17年度の1年契約で実績に応じて更新していく。

 制度発足以来、大学と公的研究機関の2つを「兼職」するケースはあったが、「クロスアポイントメント制度」の本来の狙いである、大学・公的研究機関と民間企業を兼職するケースはなかったので、パナソニックのケースが初めてという。

給料や社会保険、知財はどうなるの?

 クロスアポイントメント制度では、給与、社会保険などの取り扱いについてガイドラインが示されているが、知的財産については「別途双方で協議する」といった程度の文言しか示されていない。この点については、知財や成果が発生した場合にはパナソニックと学校法人立命館の間で個別に交渉して決めることにしている。原則、大学の施設・資金を使った成果は大学のもの、企業の施設・資金を使った成果は企業のものとする。

 谷口教授の場合、在籍は立命館大とし、在籍出向の形でパナソニックに出向く。パナソニックは業務割合に応じた給料相当額を学校法人側に出向負担金として支払う。社会保険や労災保険は立命館大で継続する。確定申告など事務処理で個人の手間がかからないように、対価は組織と組織でやり取りする。給料の額や社会保障の詳細について、パナソニックは内容を開示していないが、大学側がパナソニックの制度に柔軟に合わせてくれたという。

 クロスアポイントメント制度は、給料や社会保障や知的財産をどうするか2つの組織ですり合わせていかなければならないが、長所は個人にリスクや負担を負わせないことにある。組織と組織が話し合って協定書を結び決める。企業が大学の力を取り込みたい場合、企業と大学教員がアドバイサリー契約を結ぶことも想定されるが、この場合だと大学教員個人の事務的負担が高まり、時にはリスクが生じることもある。

パナソニックでは、谷口教授を受け入れることは、AIという成長分野で人材を優秀な人材を獲得できることに加え、異色のキャリアの人材を受け入れることで組織に新たな気づきを生み、活性化していくことも期待している。

                                    

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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