Yahoo!ニュース

ドラッカー学んで心臓模型を製作!京都ベンチャー企業の挑戦

井上久男経済ジャーナリスト
筆者撮影:リアルに再現された小児心臓模型。手術の成功率向上に貢献するためのものだ

 旧三洋電機の下請け企業を源流に持ち、今は「命を救う」ビジネスにチャレンジをしている会社がある。京都市内に本社を構えるベンチャー企業のクロスエフェクトだ。

 同社の創業社長である竹田正俊氏(44)の父は、旧三洋電機向けに携帯電話の部品、自動車メーカー向けに内装部品を造る中小企業の経営者だった。

宇宙ロボット「キロボ」も試作

 竹田氏は父の会社を引き継ごうと考えていた。しかし、立命館大学卒業後の1996年から4年間、米国シリコンバレーに留学したことが転機となった。留学中に新しい産業が勃興するシリコンバレーを目の当たりにして竹田氏は「父がやっている労働集約型の大量生産モデルはいずれ日本から消えるかもしれない」との問題意識を持つようになった。

 帰国後、会社を継がないことを決心し、その考えを父に伝えると、父は受け入れてくれ、「開発などの上流工程で何かやってみろ」とアドバイスをくれたという。2000年、竹田氏は京都市内でマンションの一室を借りて3DのCADを使ったデータサービスを個人事業で始めた。そして01年、クロスエフェクトを設立した。

 同社は、光造形の技術を得意とする。光造形とは、紫外線を照射すれば固まる材料を使って、3Dデータを寸分の狂いなく再現する工法のことだ。脈拍センサーなどの医療関係からリモコン類まで、様々な工業製品の試作品を造っている。たとえば宇宙飛行士の若田光一氏と会話したロボット「キロボ」も試作した。

小児心臓を再現

撮影筆者:小児心臓模型をもつ国立循環器病研究センターの白石公・小児循環器部長(現教育推進部長)とクロスエフェクトの竹田正俊社長(右)
撮影筆者:小児心臓模型をもつ国立循環器病研究センターの白石公・小児循環器部長(現教育推進部長)とクロスエフェクトの竹田正俊社長(右)

 特に同社が社会的な使命を感じながら注力しているのが「心臓シミュレーションモデルの量産化技術」だ。本物の小児心臓に近い肉質感で、内部構造や血管の一部までも忠実に再現し、それを低コストで量産化するもので、世界でも類をみない先進的な技術だという。16年12月、国立循環器病研究センターが発表した技術だが、クロスエフェクトの技術が核となって開発された。今後、医療機器として正式に認められ、健康保険が適用されることを目指していくという。

 これまでも同研究センターは小児心臓のシミュレーションモデルをクロスエフェクトと共同で開発してきた。今回のポイントは、製造手法と材料に新たな技術を導入することによって、従来は完成までに4~5日間かかっていたのを2日間に短縮して、緊急性の高い治療に対応できるようにしたことだ。コストも下がるという。

半導体や化学とも連携

 今回開発された新しい手法によって、鋳型を造らずに、精密インクジェットプリンター技術を活用することでダイレクトに実物に近い心臓模型が造れるようになった。実際の肉質感に近づけるために、世界最高レベルの超軟性インク材も開発された。新技術の取りまとめ役はクロスエフェクトだが、半導体製造装置や印刷関連機器のスクリーンホールディングス(本社・京都市)が新しい造形装置を開発、新材料の開発は特殊界面活性剤などを得意とする共栄社化学(本社・大阪市)が担った。

 出生時に先天的な心疾患をもつ赤ちゃんは100人に1人程度の割合でいて、そのうち半分程度は手術が必要になる。症状が重篤な時は早期の手術が求められることもある。しかし、赤ちゃんの心臓は小さく、立体構造が複雑であることなどから、ベテランの医師でないと手術に対応できないことも多い。

 心臓シミュレーションモデルは、難しい手術の際に、事前に医師が手術の進行を確認するのに活用されている。小児の身体に負担がかからないように、極力、手術の時間を短縮できる効果があるうえ、難易度の高い手術の成功率を引き上げることもできる。小児心疾患はバリエーションが広く、同じ疾患でも個人差が大きいため、いざ手術の段階になって医師が戸惑うこともあるという。こうした課題に対応することができる。また、医学部の学生向けの教材としても利用されている。

筆者撮影:小児心臓模型の説明をする国立循環器病研究センターの医師
筆者撮影:小児心臓模型の説明をする国立循環器病研究センターの医師

ドラッカーを学んだことが契機

 クロスエフェクトが、この小児心臓のシミュレーションモデルに取り組むことになったのは、中小企業の若手経営者が集まる勉強会で、米国の経営学者、ピーター・ドラッカー氏のことを学んだことが契機だった。

 その勉強会で、講師から、「経営者の使命は利潤追求ではなく、社会に役立つこと」と叩き込まれた。同時に「変な客こそ本命」という考え方を竹田氏は知った。この意味は、思いもしなかった市場で、思いもしなかった顧客が、思いもしなかった目的のために、自社の技術やサービスなどを買ってくれ、「予期せぬ成功」を招くということだ。

クロスエフェクトは普段、大企業からの発注を仕事の中心に据えている。まさか病院から発注が来るとは思わなかったが、それを引き受けたことで、会社の一つの方向性が見えてきた。

グーグル本社を意識

 開発初期の段階では、竹田氏は自らの身体に大量の造影剤を注入して「実験台」となって取り組んだ。クロスエフェクトの心臓シミュレーターは13年には「第5回ものづくり日本大賞・内閣総理大臣賞」を受賞した。これにより、クロスエフェクトの知名度や技術力が世間に広まった。

 とはいえ、クロスエフェクトは資本金1000万円で社員は約30人。売上高も数億円だが、2020年には売上高10億円、社員も70人程度に増やす計画だ。15年、新社屋を建てた。それまでの社屋はお世辞にも立派とは言えず、ガレージに毛の生えた程度だった。「会社は人生の大半を費やす場所。最高の環境で最高のものづくりやって欲しい」と竹田氏は考え、資金を借り入れ、新本社を建てた。シリコンバレーのグーグル本社を意識し、テラスやカフェも充実させ、滑り台も設置した。

 医療と工業が連携して新しい製品を生み出していくことは、モノ造りを得意とする日本の企業にとっては新しいビジネスチャンスがあるはずだ。クロスエフェクトの取り組みは、中小企業の生き残りモデルのひとつと言えるのではないか。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

井上久男の最近の記事