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「これは公害」広がるPFAS汚染 東京、愛知、沖縄など住民が自主血液検査 大阪では企業の責任追及も

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
PFASの血中濃度を調べるための採血に応じる大阪府摂津市の住民(筆者撮影)

発がん性などが疑われ国際条約で製造や取引が禁止・制限されている有機フッ素化合物(PFAS=ピーファス)が全国の地下水や水道水などから高濃度で検出されている問題は、各地で住民が自主血液検査に乗り出すなど、波紋が広がり始めた。問題を放置してきた行政や排出源の責任を問う声も相次いでいる。

汚染に揺れる航空産業の町

名古屋市の北に隣接する豊山町は、ビジネスジェットやプライベートジェット運行の拠点となる愛知県営名古屋空港や、三菱重工の小牧南工場などを擁する航空産業の町。その豊山町が今、水道水の汚染問題に揺れている。町内を流れる地下水や河川からひいた水道水から、国が安全性の目安として定めた値(暫定基準値)を大幅に上回る濃度のPFASが相次いで検出されているためだ。

PFASは、何千種類ある有機フッ素化合物の総称で、腎臓がんや精巣がん、乳がん、妊娠高血圧症、異質異常症、潰瘍性大腸炎、免疫力低下、低出生体重児などとの因果関係が疑われている。

体内から数十年間、排泄されず

これまでの研究で特に毒性が強いと認められたPFOS(ピーフォス)、PFOA(ピーフォア)、PFHxS(ピーエフヘクスエス)の3つは、有害な化学物質を規制する「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」で、製造や使用が禁止または厳しく制限されている。他のPFASについても、人への重大な影響が懸念されるため、欧州連合(EU)がPFAS全体を禁止する方向で検討を急ぐなど、欧米で規制強化や対策が進んでいる。

問題は、PFASが化学的に極めて安定した構造を持つ点。このため、製造や使用を禁止しても、工場などからすでに排出されたPFASが、分解されずに河川や地下水、土壌に滞留。水道水や農水産物を汚染し続けるとともに、それらを摂取した人の健康を脅かしている。PFASは体内で代謝されないため、一度摂取すると、最長数十年、体内に留まるとの調査結果が報告されている。

自衛隊基地から高濃度のPFASを検出

豊山町では、2020年の環境省調査で地下水から1リットルあたり91ナノグラム(91ng/L)のPFASが検出された。翌21年には、水道水を各家庭に配水する豊山配水場から150 ng/Lが検出され、同配水場を管理する北名古屋水道企業団は配水を停止した。これらの値はいずれも国の暫定基準値50 ng/Lを大幅に超過している。

防衛省の2021年の調査では、名古屋空港と滑走路を共有する航空自衛隊小牧基地内にある泡消火設備専用水槽から、110万 ng/Lという極めて高濃度のPFASが検出された。豊山町の水道水汚染との因果関係は不明だが、PFASは泡消火剤の原料として使われることが多く、実際、自衛隊や在日米軍基地周辺の河川や地下水、水道水は高濃度のPFASに汚染されている場合が多い。

6月にも検査実施へ

健康への影響を懸念した豊山町の住民は自主的に勉強会を始めるとともに、署名を集めて、町長や町議会に汚染源の究明や汚染対策を要望。しかし、市民団体「豊山町民の生活と健康を守る会」の坪井由実・共同代表によると、町長や議会が「不誠実な対応」に終始したため、会では、自分たちで原因究明や健康を守るための対策を進めようと、医療機関などの協力を取り付けた上で、6月にも住民の自主血液検査を実施する計画だ。

教育行政学が専門で北海道大学名誉教授、愛知教育大学名誉教授などの肩書を持つ坪井代表は「これは公害」と明言。町の対応を疑問視するとともに、「多くの住民が不安を抱いており、一刻も早く血液検査を受けたいという声も多い」と住民の心情を代弁する。

沖縄で大規模検査

PFAS汚染が次々と明らかになる中、国や自治体の対応の遅れに不満と不安を募らす住民による自主血液検査の動きは、全国に広がりつつある。

PFAS汚染が全国で最も深刻な沖縄では、地元市民団体の「有機フッ素化合物汚染から市民の生命を守る連絡会」が昨夏、宜野湾市や嘉手納町など6市町村の住民387人を対象に血中濃度検査を実施。10月に結果を公表した。

それによると、いずれの市町村の住民の平均血中濃度も、環境省が2021年に実施した全国調査の平均値を大きく上回り、うち27人は、ドイツの専門機関が、健康上のリスクが生じ早急に曝露量を減らす必要性があると指摘する濃度を上回った。会では、この結果をもとに、行政に対し詳細な調査や対策強化を求めている。

東京でも実施

昨年末には東京の多摩地域でも、市民団体「多摩地域の有機フッ素化合物汚染の実態を明らかにする会」が血液検査を実施し、国分寺市などを中心に87人の住民がボランティアで参加した。平均血中濃度は、全国平均をPFOSが約4倍弱、PFHxSが約15倍上回るなど、軒並み高かった。

また、検査を受けた住民の85%にあたる74人が、米国の学術機関「全米アカデミーズ」が、健康被害のリスクが非常に高く、がんなどの発症に注意を要する濃度としている1ミリリットルあたり20ナノグラム(20 ng/ml)を上回った。

会では、最終的に約600人の血液を採取・分析し、国や自治体に早急な対策を求めていく方針だ。PFASに詳しい小泉昭夫・京都大学名誉教授によると、検出されたPFASの組成を詳しく調べれば排出源がほぼ特定できるため、排出責任を問いやすくなるという。

大阪では排出企業の責任追及も

多摩地域などと並んで汚染のひどい大阪府摂津市では、同市在住の市民らでつくる「PFOA汚染問題を考える会」が24日、国や自治体、さらには汚染源とされるダイキン工業に汚染の実態調査と対策を求めるためにオンラインで集めた署名を、大阪府に提出した。

PFOAは半導体の製造に使われるなど幅広い用途があり、ダイキンは世界有数のPFOAメーカーだった。同社はPFOAの製造を2015年末に終了しているが、府の2021年の調査で、ダイキンの工場周辺の地下水から3万 ng/Lという超高濃度のPFOAが検出されているほか、同年に採取した住民の血液からも最大190.7 ng/mlという極めて高い濃度のPFOAが検出されている。

住民らは昨年も摂津市長宛てに署名と要望書を提出し、詳しい土壌調査や住民の血液検査の実施、ダイキンへの指導などを訴えたが、事態はほとんど変わっていないという。

PFASによって地下水や河川が汚染されている地域は、東京、大阪、愛知、沖縄以外にも多くある。国や自治体の対応が遅れている現状では、住民自らの手で実態解明に乗り出す動きが、一段と広がりそうだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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