Yahoo!ニュース

日本では安全のために行われている鶏肉の塩素処理が、欧州では禁止、米国でも消費者から敬遠され始めたワケ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
エア・チルド鶏肉が並ぶ米国のスーパーマーケット(筆者撮影)

その安全性をめぐり、しばしば議論になるカット野菜の塩素洗浄。この塩素洗浄、あまり話題にならないが、実は市販の鶏肉に対しても行われている。だが、鶏肉の塩素洗浄は、厳しい食品安全基準で知られる欧州連合(EU)では禁止された処理法だ。米国でも、塩素洗浄した鶏肉は最近、消費者から敬遠され始めている。塩素処理の何が問題なのか。

「AIR CHILLED」肉

最近、米国を旅行した際に訪れた高級スーパーマーケット・チェーン「ホール・フーズ・マーケット」の鶏肉売り場で、パッケージに「AIR CHILLED」(エア・チルド)と大きく表示された鶏肉が並んでいるのを見かけた。パッケージだけでなく、天井から吊るされたポスターにも、おいしそうな鶏肉の写真と共に、「Chickens are air-chilled for better flavor and more tender meat.」(よりおいしくより柔らかいお肉にするためにエア・チルドした鶏肉です)と、エア・チルドを強調するコピーがあった。

ホール・フーズ・マーケットは筆者が十数年前、カリフォルニア州ロサンゼルスに4年間住んでいた時に毎週通ったスーパーだが、当時はエア・チルドと表示された鶏肉は置いていなかったと記憶している。

エア・チルドは、日本語に訳すと「空気冷却した」。鶏肉は、食肉処理施設で脱羽などの処理をした後、カンピロバクターやサルモネラ菌といった食中毒菌の増殖を抑えるため、セ氏4度に冷却してから一時保存される。この時、冷気を吹きかけて冷却するのがエア・チルド。これに対し、冷水に浸けて冷却する方法もある。米国では大半の生産者が後者を採用している。

EUでは25年前に禁止

冷水に浸けて冷却する場合は、殺菌剤として次亜塩素酸ナトリウムや過酢酸などを加えるのが一般的。これが塩素洗浄と言われる理由だ(塩素系以外の殺菌剤を使った場合でも、便宜上、「塩素洗浄」という言葉が使われることが多い)。ところが、EUは1997年、米国の鶏肉業界で広く行われているこの塩素洗浄を禁止した。この結果、米国はEU諸国への鶏肉の輸出が困難になった。

しかし、EUが鶏肉の塩素洗浄を禁止した理由は、殺菌剤の安全性を懸念したからではない。事実、EUの専門機関である欧州食品安全機関(EFSA)は、「鶏肉に残留する塩素は、安全上、問題ない」との結論を出している。カット野菜の塩素洗浄も、EUは特に問題視していない。

では、禁止の理由は何なのか。EUの説明を要約するとこうだ。「そもそも、生きた鶏が食中毒菌に汚染されるのは、鶏をぎゅうぎゅう詰めにする密飼いや、床が糞だらけのような不衛生な環境が原因で、鶏肉の塩素洗浄は、結果的に、劣悪な飼育の実態を隠す役目を果たしている。塩素洗浄を禁止しなければ、生産者は不衛生な飼育を続けるに違いなく、その結果、食中毒だけでなく、より深刻な問題を引き起こす恐れがある」。この説明には、EUの食品安全行政の核である「予防原則」の考え方が反映されている。

塩素洗浄は安上がり

EUはまた、塩素洗浄は食中毒菌の増殖抑制、ひいては食中毒の防止にはあまり効果がないとの見方も示している。実際、米国では、塩素洗浄が広く行われているにもかかわらず、鶏肉由来の食中毒事件が後を絶たない。

EUが懸念する「深刻な問題」の中には、人に感染すると感染者を死に至らしめることもある薬剤耐性菌の問題も含まれている。米疾病対策センター(CDC)が2018年、鶏肉由来のサルモネラ菌に感染して食中毒を発症した、重症者21人を含む92人を調べたら、患者から検出されたサルモネラ菌は、抗生物質が効きにくい薬剤耐性菌だった。

それでも米国の多くの生産者が塩素洗浄を続ける理由は、空気冷却に比べて安上りだからだ。空気冷却は冷却室の中に鶏を一羽ずつ吊るすため、同じ水槽に同時に何羽も浸ける塩素洗浄に比べて場所を取り、人手もいる。冷却に要する時間も、空気冷却のほうが2~3倍長い。そして何よりも、塩素洗浄をしなくても済むよう鶏の飼育方法を改めるには、新たな鶏舎の建設など莫大な費用がかかる。

アニマルウェルフェアで人気高まる

しかし、その米国でも、エア・チルド鶏肉の人気が急速に高まっている。ホール・フーズ・マーケットだけでなく、ウォルマートやターゲットなど大手ディスカウントスーパーでも、エア・チルドと表示した鶏肉を販売し始めた。食肉加工最大手のタイソン・フーズは2018年、有機鶏肉やエア・チルド鶏肉の生産で成功した新興の養鶏農場を買収し、エア・チルド鶏肉の生産・販売に乗り出している。

ホール・フーズ・マーケットの鶏肉売り場に吊るされた宣伝用ポスター。エア・チルド肉であることをアピールしている。左下にはアニマルウェルフェアの認証マークも(筆者撮影)
ホール・フーズ・マーケットの鶏肉売り場に吊るされた宣伝用ポスター。エア・チルド肉であることをアピールしている。左下にはアニマルウェルフェアの認証マークも(筆者撮影)

人気の理由は第1に、アニマルウェルフェア(動物福祉)に対する消費者の意識の高まりだ。肉を食べるならアニマルウェルフェアに取り組む生産者の肉を食べたいという消費者が増えており、そうした商品を選びやすいよう認証マークも普及している。タイソン・フーズが買収した養鶏場やホール・フーズ・マーケットの納入業者を含め、エア・チルド鶏肉の生産者はたいてい、アニマルウェルフェアで先進的な取り組みをしている。

第2の理由は、ホール・フーズ・マーケットに吊るされたポスターも強調しているように、味わいだ。塩素洗浄した鶏肉は水分を吸収して水ぶくれ状態になるため、風味や食感が落ちると言われている。水分を吸収すると肉の重量が文字通り水増しされるので、塩素洗浄した鶏肉は結果的に消費者をだましているとの厳しい指摘もある。

次亜塩素酸ナトリウムで洗浄・消毒

鶏肉の塩素洗浄は日本でも普通に行われている。内閣府の食品安全委員会が一般向けに作成した資料には、「国産の鶏肉は、食鳥処理場で、通常、セ氏約60度のもとで脱羽され、最終的に次亜塩素酸ナトリウムを含む冷水で洗浄・消毒されています」と書いてある。

だが、日本の食中毒の統計を見ると、牛肉や豚肉が原因の患者数より、鶏肉が原因の患者数のほうが明らかに多い。安全のために行われている鶏肉の塩素洗浄だが、塩素洗浄したから安全とは必ずしも言えないようだ。

また、EUの主張によれば、鶏肉の塩素洗浄は、鶏が不衛生な環境で飼育されていることを意味するが、日本の場合はどうなのか。

アニマルウェルフェアの問題に詳しいNPO法人アニマルライツセンター代表理事の岡田千尋さんは、「日本のブロイラー(大量生産用に品種改良された鶏)の飼育環境は、海外と比べても悪い」と指摘する。例えば、国内のブロイラー生産の平均飼育密度は、EUが規定する飼育密度の最大1.7倍、世界最大の鶏肉輸出国ブラジルの2倍という。鶏肉由来の食中毒が多いことに関しても、「日本の食品工場は、衛生面はしっかりしているので、加工段階で鶏肉に大量の菌が付着するとは考えにくく、そうなるとやはり元々の飼育環境と関係があるのではないか」と話す。

農林水産省も関心?

アニマルウェルフェアの推進は、気候変動問題やSDGs(国連の「持続可能な開発目標」)の観点からも、世界的に関心が高まっている。農林水産省もホームページに掲載しているアニマルウェルフェアに関する説明の中で、「結果として、生産性の向上や安全な畜産物の生産にもつながる」とその意義を述べ、「農林水産省としては、アニマルウェルフェアの考え方を踏まえた家畜の飼養管理の普及に努めています」と強調している。

同省は、採卵用の鶏のアニマルウェルフェアに関しては、業界からの圧力に屈したともささやかれているだけに、これからどんな施策を推進するのか注目される。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事