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「テレビ新聞が報じない食の問題に関心を」山田正彦・元農相に聞く

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
映画『食の安全を守る人々』(写真提供:心土不二)

ふだん口にする食べ物の安全性に不安を抱く消費者が増えている。そうした中、テレビや新聞があまり報じない残留農薬やゲノム編集食品などの安全性を問うドキュメンタリー映画『食の安全を守る人々』が、7月上旬、封切られた。作品の狙いや食の安全性をめぐる日本の現状などを、同映画のプロデューサーでインタビュー役としても登場する元農林水産大臣の山田正彦氏に聞いた。

「山田さんの言うことは信じ難い」

――封切られて1週間が過ぎましたが、反響はいかがですか。

「東京都内の映画館では早速、次々と上映期間の延長が決まりました。北は北海道から南は沖縄まで、すでに20数館での上映が確定しています。原村政樹監督は、公開前に20を超える映画館から上映の申し込みが来たのは初めてのことだとおっしゃっていました。それだけ多くの日本人が、食の安全性に不安を抱いているということかもしれません」

――作品を作ろうと思ったきっかけは。

「アメリカで行われた『ラウンドアップ裁判』です。除草剤ラウンドアップを長年使っていたらがんになったとして、カリフォルニア在住の末期がんの男性が農薬大手モンサントを提訴し、2018年、陪審はモンサントに日本円で約320億円の支払いを命じました。危険性を認識しながら、人に安全、環境に優しいとのうたい文句で販売していたのは非常に悪質だと、陪審が認めたわけです」

「ラウンドアップは日本でもたくさん使用されています。ところが、この裁判を日本のテレビや新聞はほとんど報じませんでした。裁判の後、私は農薬の危険性を説いて回りましたが、話をする先々で『いくら山田さんがそう言っても、新聞、テレビが報道していないので、信用できない』と言われたんです。だったら、事実を映像にして訴えれば、みんな私の話を信用してくれるのではないか、と考えました。たまたま原村監督とお会いする機会があり、映画の話を持ち掛けました」

ゲノム編集は未知の部分が多すぎる

――作品を通して訴えたいことは。

「まず、農作物に残留する残留農薬の問題ですね。日本は農薬大国です。一方、発達障害児はどんどん増え、数年前の文部科学省の調査だと、小中学生の6.5%が発達障害の可能性があるとされています。アトピーや食物アレルギーも、もの凄い勢いで増えています。そして、いずれも農薬との関係が疑われています。ですから、国はまず、農薬を厳しく規制すべきだと思います」

アメリカで遺伝子組み換えに反対する母親の会「マムズ・アクロス・アメリカ」のゼン・ハニーカット氏(右)にインタビューする山田氏(写真提供:心土不二)
アメリカで遺伝子組み換えに反対する母親の会「マムズ・アクロス・アメリカ」のゼン・ハニーカット氏(右)にインタビューする山田氏(写真提供:心土不二)

「映画では、特定の遺伝子を切断して生物の特徴を変えるゲノム編集についても取り上げています。インタビューしたカリフォルニア大学のイグナチオ・チャクラ教授の話はとても印象的でした。チャクラ教授いわく、人の遺伝子細胞は互いにコミュニケーションを取りながら存在しており、ある遺伝子が破壊されると、周りの遺伝子は敵が来たと思い、毒を出して攻撃したり形を変えたりして、身を守ろうとする。その結果、残りの細胞にどんな変化が起きるのかは、誰にもわからないと言うのです。結局、ゲノム編集というのは未知の部分が多すぎるんです。だから安全だとは言い切れない」

「ところが、あろうことか、日本の農林水産省はゲノム編集の種子を有機認証(安全性のお墨付き)しようと正式な検討会を開きました。農水省の担当者が JAS(日本農林規格)法の改定手続き中であることを私にはっきり言いました。EU(欧州連合)では、ゲノム編集食品は遺伝子組み換え食品と同じように厳しく規制されているというのに、日本では、まったく逆のことが起きようとしているんです」

――映画では韓国の学校給食も紹介されています。なぜ学校給食なのでしょうか。

「韓国は、農薬も化学肥料も使わない有機農業が非常に盛んです。もともとは日本の有機農業の技術を取り入れて始めたということですが、いつの間にか日本のはるか先を行っている。最初に韓国に取材に行った時に、なぜ有機農業が盛んなのか何人かに聞いたら、口をそろえて、学校給食で有機食材を使ってくれているからと言うんです。しかも学校は市場より2割も高く買ってくれると説明していました。その時は詳しく取材する時間がなかったので、後日、監督と一緒に韓国を再度訪れ、学校給食を取材しました。それが映画の中の映像です」

畜産仲間が自殺

――山田さんは民主党政権の時に農水大臣も経験していますが、昔から農業問題に関心があったのでしょうか。

「私の原点は、29歳の時に、長崎県の五島列島で牧場を開いた経験です。司法試験に合格した私は、司法修習生として長崎地裁に配属になりましたが、子どものころから牛を飼いたいと思っていたので、司法修習中にお金を工面して牧場を開きました」

「当時は、国が畜産業の大型化、近代化、合理化を強力に推進していたので、牧場を大きくしたいと言えば、どんどんお金を借りることができました。ところがやがて日本をオイルショックが襲い、大農場は経営が立ち行かなくなりました。私は弁護士事務所を開いて借金を何とか返済できましたが、畜産仲間のうち2人が、借金を返せず自殺しました」

「私自身、悔しかったし、日本の農政は間違っているとその時、強く思いました。ちょうど、農薬問題を扱ったレイチェル・カーソンのベストセラー『沈黙の春』や有吉佐和子の『複合汚染』が話題になっていた時期でもありました。それで、政治家になって日本の農政を変えようと、衆院選に立候補したんです」

「議員になってからは、EU諸国やアメリカなど海外を視察して回り、各国の農業政策を勉強しました。各国とも食料自給率、食の安全のために農家に所得補償制度を導入しています。政権交代で民主党が与党になった時に農水大臣(2010年6月-2010年9月)に就任しましたが、その時に農業者戸別所得補償制度を実現することができました」

農業の大規模化は間違い

――元農相として現在の農政をどう見ますか。

「私が大臣になった時、農水省の幹部を集めて、はっきりこう言いました。大規模化、合理化を目指した日本の戦後農政は間違いだった。その間違った農政の犠牲者が、あなたたちの目の前にいる。今後、農政を大転換する。家族農業を主体とした小規模農家を応援し、EU型の戸別所得補償制度を導入する、と。翌年、農家の所得は17%上がりましたが、私が大臣を辞めたら、同制度は廃止されました」

「それから約10年後の2019年、国連『家族農業の10年』がスタートしました。今、小規模農家の役割を見直そうという機運が世界的に高まっています。アフリカを見ればわかるように、合理化、大規模化では世界を飢餓から救えない、伝統的な農業によって初めて生産量を増やすことができるということが、やっとわかってきたのです」

「依然、大規模化、合理化にこだわる日本の農政は、世界の流れと逆行しています。他の問題でも同様です。例えば遺伝子組み換え作物は、アメリカでは作付面積が完全に頭打ち。ロシアは2016年に作付けを禁止しました。また、日本では昨年末、農家が種を自家採取することを広範に禁止する改正種苗法が国会で成立しましたが、地域の農業を守る自家採取を原則、禁止している国は、世界の中では日本とイスラエルしかありません」

地方から改革を

――食の安全性に対する不安を取り除くためには、どうすればよいのでしょうか。

「日本を変えないといけません。そのためにはまず、この映画を観て、今何が起きているのか知ってほしい。そして行動を起こすことです。例えば、国は、企業に種子ビジネスで儲けさせようと、主要農作物の種の安定供給を都道府県に義務付けた種子法を2018年に廃止しました。しかし、それに不安を抱いた住民が次々と声を上げた結果、種子法の内容を受け継いだ種子条例がすでに28道県で成立しています。学校給食に有機食材を使うよう自治体に求める署名活動も全国各地で起きています。地方が変われば国も変わる。だから地方から変えて行こう。そういう運動を今、仲間と一緒にやっているところです」

「もう1つ個人的に力を入れているのは、SNSによる情報発信です。先ほど、テレビや新聞の影響力の話をしましたが、都市部を中心に、新聞もテレビも見ないという人が増え、SNSやインターネットの影響力が強まっているように感じます。実際、種子法廃止や種苗法の問題もSNSを通じて多くの国民に知れ渡り、反対運動も盛り上がりました。今後もSNSを通じた情報発信を強化していきたいと考えています」

(カテゴリー:食の安全、環境、米社会問題)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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