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トランプ「分断王」が招いた新たな悲劇 抗議デモに出向いた女性が娘の“通報”で勤務先をクビに

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

「分断王」トランプ氏による新たな悲劇が、また生まれた。6日の米連邦議会に対する抗議デモに参加しようとしたトランプ支持者の女性が、本人が映った動画を見た娘のツイッターへの書き込みが原因で、勤務先を解雇されたのだ。

顔面血だらけの映像が拡散

地元メディアによると、マサチューセッツ州に住むテレス・デュークさんはもともと民主党支持者だったが、共和党のトランプ大統領の熱烈な支持者となり、大統領が呼び掛けた6日の首都ワシントンでの抗議デモへの参加を決意。同じくトランプ支持者の2人の親戚と共に、前日までに現地入りしていた。

デモ前日の集会で、テレスさんは集会の警備をしていた女性警備員と小競り合いになり、警備員から強烈なパンチを受けて、鼻のあたりから大量に出血。その一部始終がメディアによって撮影され、放映された。

その映像が後日、テレスさんの18歳の娘ヘレナ・デュークさんの元に、ヘレナさんのいとこから送られてきた。殴られて顔面血だらけの女性が自分の母親だとすぐにわかったヘレナさんは、その映像をリツイートし、次のようなメッセージを付けた。

「はーい、ママ。ねえ覚えている? 私がBLM(ブラック・ライブズ・マター)の抗議デモに参加しようとしたら、過激で危険だから行っちゃだめだって私に言ったよね」

母親の名前までさらす

別のツイートは、さらに母親への憎しみをむき出しにした内容で、母親と2人の親戚がはっきりとわかる別の画像と共に、こうツイートした。

「私はリベラル派のレズビアンです。家族と考えが違うことや私がBLMに参加したという理由で、家から何度も追い出されました。だから…、母親:テレス・デューク、おじ:リチャード・ロレンツ、おば:アニー・ロレンツ」

なんと、3人の名前までさらしてしまったのだ。トランプ支持者のテレスさんと反トランプ派のヘレナさんは、ふだんから仲が悪かったもようで、ツイッターへの書き込みは確信犯だった。

娘が母親を“通報”するという衝撃的なツイートは、瞬時に拡散し、ヘレナさんのもとには、メディアからの取材が殺到した。

ヘレナさんはニューヨーク・タイムズ紙の取材に、「FBI(連邦捜査局)が、襲撃事件の参加者について何か知っていれば情報提供するよう、ツイッターで協力を呼びかけていたのを知っていたので、さんざん悩んだけれども、これは正しいことだと判断してやりました」などと語っている。

介護士の職を失う

怪我をしたテレスさんが6日の連邦議会議事堂襲撃事件に直接かかわったかどうかは不明だが、娘のツイートによって身元がばらされたテレスさんは、介護士として働いていた地元の医療機関UMass Memorialを解雇された。

UMass Memorial はツイッターを通じて次のようなコメントを出した。

「UMass Memorial の介護士が今週末、首都で起きた暴動事件に関与していたかもしれないことに関し、心配するたくさんの声がSNSを通じ私たちのもとに寄せられました。問題となった従業員はすでに、私たちの組織を離れました」

現在は父親と一緒に暮らすヘレナさんのほうは、一躍、時の人となり、知らない人から多くの賞賛や応援のメッセージが届く一方、トランプ支持者に襲われる危険性があることから、服など必要なものを取りに母親の住む自宅に戻る時は、警察の警護付きという。

トランプ氏の側近にも悲劇が

米国では、選挙で誰に投票するかといった政治の話を親子や夫婦の間ですることは珍しくなく、政治をタブー視しない文化は、米国の民主主義を強固にする要因の1つとなってきた。しかし、社会の分断を煽るトランプ大統領の誕生以来、デュークさん一家のように、トランプ氏が原因となり、家族の間にまで分断が生じる悲劇も目立つ。

トランプ大統領の側近中の側近と言われてきたケリーアン・コンウェイ氏が昨年8月、大統領上級顧問の職を突然、辞したが、理由の1つは、トランプ氏嫌いの娘クローディアさん(16)との関係悪化とされている。夫のジョージ・コンウェイ氏も、共和党員でありながらトランプ氏に非常に批判的で、トランプ氏の再選を阻止するための「リンカーン・プロジェクト」を共和党の仲間と立ち上げ、精力的に活動していた。

暴徒化したトランプ支持者による6日の議事堂襲撃事件の後、クローディアさんは、BLMデモへの参加を母親から咎められたことを踏まえ、「あなたの軍隊が暴徒化した気分はどう?」と母親宛ての挑発的なメッセージを、動画共有アプリTikTokを使い、発した。「あなたの軍隊」は、トランプ支持者を指しているようだ。コンウェイ氏は、上級顧問を辞めた後もトランプ氏と緊密な関係が続いている。

間もなく政治の表舞台から姿を消すトランプ大統領。「分断王」が深めた米社会の分断は、少しは修復されるのだろうか。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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