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三重苦に直面するハリウッド

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
米アカデミー賞の象徴、オスカー像(写真:ロイター/アフロ)

 大物プロデューサーによるセクハラ事件の余波に揺れる米ハリウッド。そのハリウッドが、3月4日(日本時間5日)に行われる米映画界最大のイベント、アカデミー賞の授賞式を前に、新たな問題に直面している。昨年の映画館入場者数が過去最大級の減少幅となるなど、米国民の映画離れが鮮明となっているのだ。インターネット動画配信サービスとの競争も激化。世界中の人々に夢を与えてきた「映画の都」は、セクハラ騒動、映画離れ、ネットとの競争という三重苦に見舞われている。

式の進行を懸念

 第90回を迎える今年のアカデミー賞。授賞式を控えたこの時期は例年、作品賞や主演女優賞、男優賞などの話題でメディアが盛り上がる。しかし、今年はいつもと違い、授賞式が平穏無事に終わるかどうか懸念する声が相次いでいる。

 授賞式のプロデューサーの1人、ジェニファー・トッド氏は、ニューヨーク・タイムズ紙の取材に、「視聴者は授賞式にエンターテインメントを期待している」と強調し、司会者や受賞者は政治的な主張を控えるべきだとの見解を示した。

 授賞式を中継するABCテレビの幹部も、「その場の衝動に委ねるよりも、脚本通りに進行するよう努めたい」と異例の発言。受賞スピーチで政治的発言が出てくることをある程度予想はするも、過度に政治ショー的な雰囲気が強まることを警戒する。

続くセクハラ騒動の余波

 運営者の念頭にあるのは、世界的なムーブメントとなったセクハラ騒動の影響だ。アカデミー賞作品賞に輝いた「恋におちたシェイクスピア」「シカゴ」などをプロデュースしたハーベイ・ワインスタイン氏が、複数の女優に数々のセクハラ行為を働いていたことが昨秋、発覚。映画界に衝撃を与えるとともに、ソーシャルメディア(SNS)上でセクハラや性暴力被害を告発する「♯MeToo(私も)」現象が起き、瞬く間に、政界、ビジネス界、そして世界中に広がった。

 1月7日に開かれたアカデミー賞の前哨戦とも言われるゴールデングローブ賞の授賞式では、多くの女優や関係者がセクハラや性暴力被害者との連帯を示すために黒い色の衣装で参加し、注目を浴びた。

 ここ数年のアカデミー賞は、受賞候補者が白人ばかりであることを一部の関係者が問題視し、それがSNS上で大きな話題に発展するなど、政治色が強まる傾向にある。

 俳優が政治的発言をすることは、米国ではけっして珍しくなく、むしろ好意的に受け止められることも多い。しかし、トッド氏が「アカデミー賞は映画業界にとって大きな宣伝の場であるべき」と言うように、映画関連企業の経営者や投資家らにとっては、最近の傾向は、政治的主張の異なる人たちの映画離れを引き起こしかねない由々しき事態だ。

映画館入場者数が激減

 セクハラ問題に揺れるハリウッドに追い打ちをかけているのが、最近公表された昨年の興行成績だ。

 映画に関するデータを集計・公表しているボックス・オフィス・モジョによると、昨年の北米地域(米国・カナダ)の映画チケット販売数(映画館入場者数)は、12億3360万枚となり、前年に比べて6.2%減少。これは、同社がインターネットで公表している1981年以降のデータの中では、1985年の11.9%減、2005年の8.7%減に次ぐ大きな減少幅だ。また、ピークである2002年の15億7570万枚と比べると22%も減っており、右肩下がり傾向が鮮明になっている。

 チケットの総売上高に相当する興行収入は、110億ドル(約1兆1700億円)前後で横ばいか微増を繰り返しているが、これは、入場者数の減少を補うために毎年のようにチケットを値上げしているためだ。実際、チケット代は2002年に比べて54%も上昇。値上げで客足がさらに遠のくという悪循環に陥っているとも言える。

 そうは言っても、映画ファンなら、ハリウッドは次から次へと大ヒット作を生み続けているではないかと思うかもしれないが、それも数字のカラクリだ。確かに、チケットの値上がりで大作の興行収入は概ね好調だが、インフレ調整済みのデータで見ると、歴代興行成績トップ10の中に2000年以降の作品は1つもない。ちなみに、インフレ調整した歴代興行成績1位は、1939年公開の「風と共に去りぬ」となっている。

ネット企業の包囲網

 かつては娯楽の王様だった映画も、娯楽の多様化に加え、2000年ごろからDVDが広く普及した結果、市場の頭打ちが徐々に鮮明になってきた。それでも、映画会社にとっては、DVDが売れさえすれば、映画館入場者数の減少はさほど大きな問題ではなかった。実際、ハリウッドの映画会社は、映画館での上映はDVDを売るための宣伝ととらえ、映画館の興行収入よりもDVDの売れ行きを重視してきた。

 ところが最近は、ネットフリックスに代表されるインターネット動画配信サービスが急速に台頭。とくにネットフリックスは高額の制作費を掛けた質の高いオリジナル作品の提供に力を入れており、大手映画会社にとって手ごわい競争相手となっている。

 映画大手ウォルト・ディズニーは、1月12日、同社の社外取締役からフェイスブックのシェリル・サンドバーグ最高執行責任者とツイッターのジャック・ドーシー最高経営責任者を外すと発表した。ともに動画事業を強化しているフェイスブックとツイッターの幹部がディズニーの取締役に居続けることは、利益相反になるとの判断からだ。ネットメディアによるハリウッド包囲網は着々と築かれつつある。

 果たしてハリウッドはこのまま斜陽産業と化していくのか、それとも逆転の一手を繰り出すことができるのか。そうした視点からアカデミー賞授賞式を見てみるのも一興かもしれない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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