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「20世紀最大のモンスター、アメリカの恥、戦争犯罪人」米メディアは死去したキッシンジャー氏の断罪も

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
米メディアは、死去したキッシンジャー氏の“戦争犯罪”の非難もしている。(写真:ロイター/アフロ)

 元米国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏が死去した。

 米中国交正常化への道筋をつけた同氏については、日本ではその功績と知性を讃える報道が多いが、アメリカではベトナム戦争末期にカンボジアで大規模な空爆を行うよう指示した同氏に対する容赦ない酷評も目につく。

20世紀最大のモンスター

 例えば、米ニュースサイト「ザ・デイリー・ビースト」は「ヘンリー・キッシンジャーは20世紀最大のモンスターの1人だった」というタイトルで、サブタイトルでは「彼はあけすけな戦争屋で、戦争犯罪人だった。この国で、彼がセレブとして100歳まで生きたことはアメリカの恥だ」とまで言い切っている。

 同サイトのように、キッシンジャー氏を“戦争犯罪人”と呼ぶ報道は他にも見られる。

“厄介払い”とまで

 ローリングストーンズは、最初に“GOOD RIDDANCE(厄介払い)”とした後、「アメリカの支配層に愛された戦争犯罪人ヘンリー・キッシンジャー、ようやく死ぬ」というタイトルで、サブタイトルでは「ニクソンの外交政策立案者の悪名は、永遠に、史上最悪の大量殺人者の悪名と並んでいる。彼を讃える国にはより深い恥辱が伴う」と断罪している。

 また、記事中では、キッシンジャー氏をオクラホマシティー爆撃犯のティモシー・マクベイと比べて「マクベイは異常なやり方でアメリカを救っていると考えていたが、20世紀後半で最も尊敬されているアメリカの大戦略家キッシンジャーが行った規模で遠隔操作により殺害したことは1度もなかった」とキッシンジャー氏の方がマクベイよりも悪質なことを行ったという見方までしている。

安らかに眠ってほしくない

 米有力紙も、キッシンジャー氏について“犯罪人”という見方を展開している。

 ロサンゼルス・タイムズは意見記事「犯罪人キッシンジャーにさよならを告げる」の中で、キッシンジャー氏の外交政策により、ベトナム、カンボジア、東ティモール、キプロス、ウルグアイ、アルゼンチン、バングラデシュなどで多数の死者や負傷者、行方不明者が出たとし、「私はキッシンジャーが法廷に立って自らの罪に答える日が来ることをいつも夢見ていた」「私はキッシンジャーが被告席に着くという不可能な夢を抱いていた。 キッシンジャーは非常に多くの苦痛を与えたという責任を負っていた」「キッシンジャーに安らかに眠ってほしいとは思わない。逆に、彼が修復できないほど傷つけた群衆の幽霊が彼の記憶を苦しめ、彼の歴史に出没することを願っている」といった著者アリエル・ドーフマン氏の声を掲載している。

“戦争犯罪人”として記憶される

 ワシントン・ポストも「キッシンジャー : ノーベル平和賞受賞者、戦争犯罪人?」というタイトルで、「多くの人にとって、キッシンジャーは戦争犯罪人という一つのこととして記憶されるだろう。 元米外交官は戦争犯罪で有罪判決を受けず、裁判すらされていないが、何千人もの民間人の死に繋がった政策と関わったことは、消えることのない彼のレガシーの一部となっている」と同氏を酷評している。

 さらに「アジアで最もショッキングな行為、明らかに戦争犯罪と思われる行為は、1969年から1973年のベトナム戦争中にカンボジアの広大な地域を絨毯爆撃したことである」とし、15万人の民間人が死亡したという歴史家たちの推定も紹介している。

 また、2018年に死去したアメリカのセレブシェフ、アンソニー・ボーディン氏が、生前、キッシンジャー氏を痛烈に批判したことも多くの米メディアで報じられている。ワシントン・ポストも、カンボジア訪問中のキッシンジャー氏が依然としてもてはやされているのを見た人々が感じた嫌悪感についてボーディン氏が「一度カンボジアに行ったら、ヘンリー・キッシンジャーを素手で殴り殺したいという気持ちを止められなくなるだろう」と述べ、著書『料理人の旅』の中で同氏を国際法廷で裁判にかけるよう呼びかけていたと報じている。

謝罪せず、現実主義外交と正当化

 キッシンジャー氏は理想論ではなく国益を追求する現実主義外交を行ったことで知られるが、それが多数の犠牲者を生み出した空爆などによる強硬手段に繋がったとの見方もされている。ワシントン・ポストはそれについて「キッシンジャーは自分のした行為について決して謝罪しなかった。 実際、自分のした行為を正当化する際には、現実主義的な主張をし、ベトナム戦争で優位に立ったことや共産主義がラテンアメリカに広がらないようにしたこと、中国との外交チャンネルを開いたことなど、彼の政策でアメリカが得た利益を指摘した」としつつ、「しかし、キッシンジャーが外交政策において現実主義者だったとしても、それは彼が戦争犯罪を犯さなかったという意味ではない」とし、戦争犯罪に取り組んできた弁護士リード・ブロディ氏が、キッシンジャー氏が戦争犯罪で確実に告発される可能性がある例を指摘したことにも触れている。 そして、「問題は、キッシンジャーの犯罪容疑が、1998年にハーグで国際司法という今の時代の到来を告げる国際刑事裁判所が設立される数十年前に行われたことかもしれない」と当時まだ国際刑事裁判所が設立されていなかったためにキッシンジャー氏は戦争犯罪を免れたとの見方を示している。

 一方、保守系メディアのFOXニュースは、キッシンジャー氏を断罪している報道について、「ローリングストーンやその他のリベラルメディアが、キッシンジャーの100歳での死を“厄介払い”と大喜びしている」と皮肉なタイトルで報じている。

 米外交の大物とされているキッシンジャー氏は、功績だけではなく、“裁かれることがなかった罪”についても、歴史に名を残すことになりそうだ。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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