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トランプ氏、「ロシアの手先、ヒトラー」とみなしたCNNに688億円要求の名誉毀損訴訟 米中間選挙目前

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 米中間選挙が1ヶ月余りと迫る中、大統領選出馬の可能性も囁かれているトランプ氏が、CNNに対して、少なくとも475ミリオンドル(約688億円)という巨額な懲罰的損害賠償を求める名誉毀損訴訟を起こした。

 この訴訟には、トランプ氏が、7月、CNNに送った282ページに及ぶ書簡の中で、名誉毀損訴訟を起こすと迫り、CNN側からの謝罪を求めるとともに、10日以内に、トランプ氏側が名誉毀損や虚偽情報に当たると考えている記事やテレビ動画を撤回することを求めていたものの、CNN側はこれを拒否していたという背景がある。

CNNはトランプ氏の大統領選出馬を恐れた?

 自分が気に入らないメディアの情報を“フェイク・ニュース”と断罪してきたトランプ氏である。中でも、リベラル系メディアのCNNは、トランプ氏の長きにわたる“宿敵”とも言える存在だ。

 トランプ氏側が、10月3日、フロリダ州フォートローダーデールの連邦裁判所に提出した訴状は「CNNは、トランプ氏に“人種差別主義者”、“ロシアの手先”、“暴動扇動者”、究極的には“ヒトラー”などのスキャンダラスで誤った中傷的なレッテルを貼って侮辱した」とし、大統領選で不正が行われたというトランプ氏の主張を「トランプの大嘘」としたことにも言及している。

 また、トランプ氏側は、同氏が2024年の大統領選挙に出馬することを恐れたCNNが、同氏を政治的に打ち負かすために、虚偽発言で視聴者に影響を与えようとしたと以下のように主張している。

「原告に対するネガティブな情報を強調したり、ポジティブな情報を無視したりするだけに留まらず、CNNは、信頼できるニュース・ソースと言われているその大きな影響力を、原告を政治的に打ち負かす目的で、視聴者や読者が原告を心の中で中傷するのに使おうとした」

「CNNは原告の2024年の大統領選出馬を恐れているため、原告に対し、名誉毀損と中傷という形で(出馬を)抑止するキャンペーンをここ数ヶ月エスカレートさせるばかりだった」

問題は現実的悪意の有無

 しかし、公人が報道機関に対する名誉毀損訴訟で勝つのは非常に難しいと言われている。勝つには、公人は、報道機関が“現実的悪意”を持って行動をしたことを立証しなければならないからだ。つまり、報道機関が、その情報が虚偽であることを知っていて報道したか、あるいは、虚偽か否かを無視して報道に踏み切ったことを証明しなければならないという。

 現実的悪意を持って報道したかどうかが問題となるわけだが、トランプ氏側は、CNNがトランプ氏を繰り返しヒトラーやナチズムと関連づけ、トランプ氏を現代史史上最も凶悪な人物にたとえたことは、CNNに悪意があったからだと以下のように訴えている。

「原告を暴力的な独裁者にたとえ、“トランプの大嘘”というような言葉を繰り返し使うことで、CNNは、わかっていながら、原告について誤った、名誉毀損となる発言をした、あるいは少なくとも、事実か虚偽に対する“認識ある過失”のある発言をした、従って、現実的悪意に駆られた行動をした」

 トランプ氏側は陪審員裁判をすることを求めている。また、他の主要報道機関に対しても、数週間から数ヶ月以内に訴訟を起こす計画をしており、2021年1月6日に起きた議事堂襲撃事件の調査委員会に対しても法的措置を検討しているという。

訴訟は中身がなくゴミ

 ちなみに、大統領選中の2020年2月、トランプ陣営はニューヨーク・タイムズに対して名誉毀損訴訟を起こしたが、ニューヨーク州の判事はその訴訟を棄却している。また、同紙の場合、50年以上、名誉毀損訴訟で敗訴していない。それだけ、憲法下で保障されている「報道の自由」という権利は強い。そんな前例を考えると、今回の訴訟でもトランプ氏が勝つことは難しいと予想される。

 米紙ワシントン・ポストはこの訴訟について「トランプの他の訴訟のように、この訴訟は中身がない、もっと言えば、ゴミだ」と非難、「大統領を嘘つきと呼ぶことは、たとえ彼らが誠実な時であれ、偉大なるアメリカの伝統だ。米国の政治史史上最も大いなる嘘つきのトランプは、その伝統をひっくり返すことはできない」とトランプ氏側には勝てる見込みがないという見方をしている。

 しかし、勝てる見込みがないにしても、メディアを批判することで求心力を高めてきたトランプ氏である。2024年の大統領選に出馬する可能性も囁かれている。訴訟することで国民のメディアに対する不信を煽ることは、大統領選を見据えた、かっこうの選挙キャンペーンになると考えているのかもしれない。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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