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【新型コロナ】武漢研究所起源説「中国政府は隠蔽同様の措置をとってきた」WHO顧問

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
何が武漢研究所新型コロナ流出疑惑を引き起こしたのか? 写真 :vox.com

 新型コロナウイルスの起源をめぐって議論が続く中、トランプ氏が中国バッシングを展開している。

「我々は米国史上最悪の攻撃を経験している。真珠湾攻撃や9.11同時多発テロよりもひどい。こんな攻撃はこれまでなかった。発生源で止められたはずだったが、そうならなかった」

 ポンペオ国務長官も焦点となっている証拠について、

「確実ではない」とトーンダウンしたものの、「武漢研究所から発生した重大な証拠がある」と証拠があることをあらためて主張した。

 トランプ氏とポンペオ氏の強い中国批判は、大統領選を前に、新型コロナ対策が遅すぎたと批判され、最悪の経済状況に直面しているトランプ政権の弱体化の現れと言っていいだろう。

 中国を批判するトランプ政権に対し、中国側も「証拠を提示してほしい」と米国非難を強めている。

疫学的関連性がなし

 トランプ政権は証拠など掴んでいないと指摘する声もあるが、それにしても、なぜ、ここまで武漢研究所に疑惑の目が向けられてしまったのか?

 前記事で、WHO顧問のジェイミー・メツル氏が「武漢起源はありえる」という見方を「ナショナル・レビュー誌」で示した件について書いたが、メツル氏は自身のウェブサイトで、武漢研究所が新型コロナの起源だと考えられても仕方がないと思われるような、これまでの中国の動きを列挙している。様々な情報を元に導き出したもので、武漢研究所から新型コロナが事故で流出した可能性を裏づける“予備的証拠”だという。興味深い内容なので、以下に紹介したい。

・2019年12月10日に始まるが、武漢の華南海鮮市場を訪ねた多くの人々が新しい疾病に罹患した。

・新型コロナは海鮮市場が起源ではないという強い証拠がある(Lancet)。

・華南海鮮市場はコウモリを販売していなかった。また、武漢の多くのコウモリ類は新型コロナ発生時、冬眠していたと考えられる。感染者の34%は、海鮮市場とのコンタクトはなかったと報告されている。また、最初のコロナ患者とその後のコロナ感染者との間では、疫学的関連性が見つからなかった(Lancet)。

危険なコロナウイルスの研究

・海鮮市場は、武漢研究所から9マイル以下のところにある。同研究所は、

1. キメラ型の、SARSに類似したコロナウイルスの研究をしていた。

2. SARSに関する危険な機能獲得研究を行っていた。

3. 新型コロナウイルスと武漢から1000マイル以上離れたところにある洞窟のコウモリからとったウイルスの検体は、96.2%マッチしていた。

4. 2019年7月まで、コウモリのコロナウイルスを生きた子豚に注入していた。

5. 2019年11月、SARSとMERSに近い子孫ウイルスに関する論文を発表した。

6. 2019年11月まで、コウモリのコロナウイルス研究を行う研究者を雇用していた。

米外交公電の懸念

・2018年1月に研究所を訪ねたアメリカ大使館の外交官は研究所の安全運営を深く懸念し、国務省に外交公電を送っていた。

1. この研究所には、高度に密閉された研究室の安全運営に必要な、訓練された技術者や調査員が非常に不足している。

2. 最も重要なのは、研究者が、SARSのようなコロナウイルスは、ACE2という人の受容体と結びつくことを示したことだ。これは、コウモリ由来のSARSのようなコロナウイルスが人に伝染し、SARSのような疾病を引き起こすことを示唆している。公衆衛生の観点から、コウモリが持っているSARSのようなコロナウイルスの調査と、将来発生するコロナウイルスの感染爆発の防止に重要なアニマルーヒト・インターフェイスの研究を継続して行う必要がある。(Washington Post)

2度隔離された研究者

・海鮮市場は、武漢疾病予防管理センターから3マイル以下のところにある。

 武漢疾病予防管理センターについては:

1. 南華大学の著名中国人研究者が書いた研究論文(今は撤回されている)で感染源であると非難された。

2. 研究所には、SARSウイルスを持っていることで知られるキクガシラコウモリが、以前、保管されていた。

3. 以前、研究所内では、生きた動物の手術が行われていた。

4. 2度、隔離された研究者がいた。1度目はコウモリに襲われてコウモリの血を浴びた時、2度目は、不十分な防護のまま入った洞窟内でコウモリに放尿された時だった。

疎かな安全性の施設

・新型コロナの発生以前から、中国のバイオセキュリティー施設の多くで、疎かな安全状況が報告されている。

・SARSの後、世界中の研究所では、病原体が事故で流出する出来事が数多く起きていた。2014年に米国政府の研究所から炭疽菌が流出して84人が炭疽菌に曝されたことを含め、多くの問題がアメリカで起きた。2004年に、北京の研究所からSARSウイルスが流出し、4人が感染、1人が死亡した。事故によるウイルス流出は複雑なものではなく、悪意もない。研究所の従業員が感染し、夜帰宅して、知らず知らず、ウイルスを他の人にうつすことで起きている。

・このウイルスは人工的に作られたもののようには見えないが、ウイルスの正確なパターンと遺伝子的祖先の決定が難しい。特に、組み替え領域の多くが小さく、多くのコロナの検体が採取されるにつれ、変異している可能性が見られるようになったからだ。(Cell)

・DIA(アメリカ国防情報局)の報告によると、最初に確認された41例のうち、33%が海鮮市場では直接ウイルスに曝されていなかった。このことは、この数年、研究所で行われていた研究(コウモリのコロナウイルスの研究)とともに、パンデミックが、海鮮市場ではなく研究所での事故で引き起こされたというもっともな疑惑を引き起こした。(Newsweek)

隠蔽同様の措置

・中国政府は、新型コロナ危機が始まった頃から、隠蔽同様の措置をとってきた。

1.12月31日、中国当局は、サーチエンジンのウイルスのニュースを検閲し、”SARSのバリエーション” ”武漢海鮮市場” ”武漢の未知の肺炎”などのワードを消去し始めた。(Daily Telegraph)

2. 1月1日、ウイルスがどこで発生したか調査されることもなく、武漢海鮮市場は閉鎖され、消毒された。(Daily Telegraph)

3. 湖北省衛生健康委員会は、ゲノミクス企業に、新しいウイルスのテストをやめ、検体をすべて破壊するよう命じた。

4. 1月1日、武漢のゲノミクス企業の従業員は、湖北省衛生健康委員会から電話で、武漢で起きている新しい疾病の検体のテストをやめて、すべての検体を破壊するよう命じられた。(Caixin Global)

5. 1月3日、中国衛生健康委員会は、未知の疾病に関するいかなる情報も出さぬよう研究機関に命じ、研究所に、所持している検体を指定された検査機関に送るか、あるいは破壊するよう命じた。(Caixin Global)

6. 中国政府は、武漢の役人が感染発生を知らされた後、そのことについてWHO(世界保健機関)に、少なくとも4日間通知しなかった。WHOの調査チームは、その後3週間、武漢訪問が許可されず、調査チームは、予備訪問中でさえ、完全かつ無制限にアクセスすることができなかった。

7. 1月12日、ある上海の研究所がウイルスの遺伝子シークエンスのデータを海外と共有したが、研究所はその後、閉鎖された。

8. 1月14日、中国の国家衛生健康委員会のトップは、地方の衛生健康委員会の役人たちとした秘密の電話会議で「状況は深刻で複雑、クラスター感染がヒトヒト感染が起きている可能性を示唆しており、感染拡大リスクは高い」と話した。

9. 同日、委員会はコロナ対応の手順に関する63ページの書類を出したが、それには「内部用」「非公表」というラベルが貼られていた。

10. 翌日、中国疾病管理予防センターのトップは、国営テレビで「ヒトヒト感染のリスクは低い」と発表。同じメッセージは、WHOにも送られた。(Washington Post)

11. 中国政府は、医療専門家を武漢に送るという、1月初めのアメリカの申し入れを拒否した。(Diplomat)

12. 武漢研究所の職員が、研究者の1人が患者ゼロであるとするソーシャルメディアの投稿についてコメントしていたが、研究所側はその研究者についてなんの情報も出さなかった。

13. 武漢研究所の研究者が、weiboで、写真と従業員IDの画像入りで、研究所が感染している研究所の動物をベンダーに販売していると非難したが、彼女は、のちに、ハッキングされたと訴え、その主張を否定した。

14. 感染は武漢海鮮市場が発生源という前の主張とは対照的に、中国外務省スポークスマンは3月12日、米軍が意図的に新型コロナを武漢に持ち込んだと言って非難した。

15. 中国政府は、国際調査が入る可能性が出てきた時、武漢の海鮮市場を消毒した。また、アメリカの専門家に、初期のコロナ患者から採取した検体を依然として提供していない。

16. 1月11日に新型コロナのゲノムを発表した上海の研究所は、当局によってすぐに閉鎖された。初期に感染拡大を報告した医師やジャーナリストの何人かは、姿を消した。(Washington Post)

17. 2月14日、習近平氏は、新バイオセキュリティー法の促進を呼びかけた。中国政府は、いかなる研究機関も新型コロナの起源に関して発表をする前には許可を得る必要があるとする厳しい規制を設けた。(Washington Post)

18. 病原体の分析を行っている研究所は、検体を破壊するよう指示された。ウイルスのゲノムシークエンスを発表した保健センターは、翌日、一時的に閉鎖され、医師は感染者情報を、国の感染症追跡ネットワークに提出することができなかった。(Diplomat)

19. 医療従事者が病気になっているという報告や、ヒトヒト感染が起きているという初期の指針は封じ込まれた。医師が罰せられているという国営メディアの報道は、警鐘を鳴らそうとしていた他の医療スタッフにも恐ろしい影響を与えたといわれている。(Diplomat)

20. 2020年3月、中国政府は、この数十年の中国政府による重大な悪行と隠蔽を暴露してきたメディアであるNYタイムズ、ウォールストリートジャーナル、ワシントンポストのアメリカ人ジャーナリストを追放すると発表。

21. 2020年4月、感染爆発が高まった時、武漢研究所は、2019年1月のアメリカ国務省の訪問の詳細を書いたプレスリリースを削除した。

22. 中国政府は、科学技術省の事前の許可なく、研究者が新型コロナ危機の起源に関して出版することを禁じた。(Nature)

23. 4月24日、NYタイムズは、中国政府が、EUの高官に圧力をかけ、EUレポートの中の中国に関する部分に手加減を加えさせたと報じた。手加減を加える前には「中国は、パンデミック発生に対する非難をそらし、国際的イメージを改善するため、偽情報を世界に拡散した。明白なタクティクスと秘密のタクティクスの両方が観測された」というセンテンスがあったが、手加減後はこのセンテンスが削除された。

 メツル氏が列挙している中国政府のこれまでの動きには、中国政府が情報を十分に開示してこなかった状況が見て取れる。

 結局のところ、疑惑の根源には、同氏が指摘しているように「新型コロナ危機が始まった頃から、隠蔽同様の措置をとってきた」中国政府の問題が横たわっているのかもしれない。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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