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アメリカ人は“ゴーンって、誰?” 「日産のビジネスは不健全」と米アナリスト

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
ゴーン氏逮捕は日仏では大騒ぎとなっているが、アメリカ人にとっては対岸の火事。(写真:ロイター/アフロ)

 「ゴーン氏のことは、平均的アメリカ人はよく知りませんよ。逮捕のニュースは流れましたが、そんな報道を見ても、アメリカ人はすぐに忘れてしまうでしょう。アメリカの消費者にとってはたいした事件ではないのです」

 筆者が、ゴーン氏の逮捕について、アメリカの消費者がどう受け止めているのかを聞くと、自動車業界のベテラン・アナリスト、ミシェル・クレブス氏はこう答えた。

 クレブス氏は、オンライン自動車販売サイト「オート・トレーダー」のスポークスパーソンとして数々のメディアでコメントをしており、ゴーン氏本人にもインタビューしたことがある。今回の逮捕について、クレブス氏は言う。

「ゴーン氏は頭が切れ、野心的で、社員には多くのことを要求していました。カリスマ性も感じさせました。逮捕には大きなショックを受けています。悲しいことですが、彼の悪名高いキャリアは終わりましたね」

ゴーン氏は知られていない

 日本やフランスでは大騒ぎとなっている「ゴーン氏逮捕」。車社会のアメリカでは日産のシェアはトップ6に入っているので、アメリカでも騒ぎとなっているかと思いきや、クレブス氏によると、アメリカにとっては“対岸の火事”に過ぎないようだ。安倍首相が米国を訪問してトランプ氏と会談しても、アメリカではさして話題にならないのと似たようなものかもしれない。そもそも、経済界や自動車業界にいる人以外の平均的アメリカ人はゴーン氏のことをほとんど知らないとクレブス氏はいう。ゴーン、Who(誰)?、なのだ。

 だからだろう、foxbusiness.comも、以下の5つのポイントをあげて、ゴーン氏について紹介している。

1.2つのニックネームを持っている。ルノーをリストラして増益に導いた「コスト・キラー」というニックネームと、倒産寸前だった日産をダウンサイジングして回復させた「ミスター・フィックス・イット(Mr. Fix It)」というニックネームだ。

2.漫画に登場した。自動車メーカーを回復に導いてセレブとなったゴーン氏は、日本の漫画にスーパー・ヒーローとして登場した。

3.電気自動車に真っ先に投資した。

4.フランスのミシュランの工場長としてキャリアをスタートし、瞬く間に、北米ミシュランのCEOとなった。

5.フォーブス誌はゴーン氏が、年に15万マイルも飛ぶことから「非常に競争が激しい世界の自動車業界で最もハードに働く男」と呼んだ。日本のメディアは彼が早朝から夜遅くまで働くことから、彼を「セブン・イレブン」と呼んでいる。

不健全なビジネス戦略

 アメリカでは知られていないゴーン氏であるから、逮捕も米国市場には大きな影響は与えないとクレブス氏は言い切る。

「逮捕されたからといって、米国市場での日産の売上げが落ちることはないと思います。そもそも、逮捕のことを知らないアメリカ人も多いだろうし、アメリカ人は何より、月々の支払いを重視して、車を購入しますからね」

 世界の自動車メーカーがしのぎを削っているアメリカの自動車市場は価格競争が激しい。日産も、競争に打ち勝つべく、価格重視のビジネス戦略をとってきたが、それは、健全な戦略とは言えなかったとクレブス氏は言う。

「日産は、アメリカ市場では、大幅にディスカウントするブランドとして有名です。また、多くの自動車メーカーがレンタカー会社に販売する数を抑えようとしているのですが、日産はレンタカー会社に多くの車を販売していることでも知られています。大幅なディスカウント販売をしたり、レンタカー会社に数多くディスカウント販売したりすると、短期的には売上げアップに貢献するものの、長期的には、それはメーカーにとってコストとなります。車のリセール価値も落ちます。日産のやり方は、長期的に利益が上げられるような健全なビジネス戦略とは言えないのです。実際、同社は、アメリカ市場の10%を獲得するという目標を掲げていますが、まだ達成できていません」

 ゴーン氏は短期的な目先の利益を追っていたということか。

米国では電気自動車でリベンジならずか

 しかし、ゴーン氏は長期的なヴィジョンも持っていた。電気自動車を普及させるべく、大衆の手が届くような価格の電気自動車リーフを開発した。2011年に上映されたドキュメンタリー映画「電気自動車の復讐」の中でゴーン氏は、「40年後は、人々はNRP(日産の再建のためにゴーン氏が打ち出した日産リバイバルプラン)のことは忘れるだろうが、自動車業界で電気自動車が大きなトレンドになれば、私は電気自動車のことは忘れないね」と強い意気込みを見せていた。

 しかし、アメリカでは、電気自動車の売上げのシェアは自動車の全売上げの2%以下と、まだ小さな市場に過ぎない。リーフの売上げも今一つだ。2018年の10月までの販売台数は11,920台と昨年10月までの10,953台よりは上回っており、今年は15000台近く売れるという希望的観測もあるものの、2014年時は3万台売れたことを考えると、その半分の販売台数だ。

 そもそも、完全電気自動車の普及というヴィジョン自体も疑問視されていた。カリフォルニア大学バークレー校物理学教授のリチャード・ムラー氏は、著書『エネルギー問題入門』の中で、完全電気自動車(ハイブリッド車ではなく、完全電気式モードで動くプラグイン・ハイブリッド車のこと)がアメリカで普及するには、エネルギー密度とバッテリーの交換にかかる高額なコストと再充電にかかる時間の問題が解決されなければならないと指摘している。様々な要素を計算に入れると、完全電気自動車のコストは結局高くつき、燃費効率もそれほど高いものにはならないというのだ。

関係者の主張が事実とは限らない

 ところで、こういった事件が起きたら、アメリカではどうなるのか? 2002年、アメリカでは、火災報知器など防火システムを手掛けるタイコ・インターナショナル社を世界的な複合企業に成長させた、同社元CEOデニス・コズロウスキー氏が、600ミリオンドルもの会社の資金を詐欺、横領し、不動産購入など個人的目的に流用したことで起訴され、2005年に有罪判決を受けて禁固刑に服し、2014年に出所している。また、同氏には134ミリオンドルの返還が命じられ、70ミリオンドルの罰金も科されている。

「日本の法律はアメリカの法律とは異なるので、ゴーン氏が日本でどう対処されるかわかりませんが、アメリカで同じような容疑で逮捕された場合は、彼は保釈金を払って釈放され、弁護士をつけているでしょう」

とクレブス氏は言う。

 日本のこれまでの報道を見ると、クーデターの可能性や虚偽記載を誰が先導したか、司法取引のやり方などが焦点となっているが、クレブス氏はそんな状況も客観的に見つめる。

「社内には敵はいたでしょう。ファイナンシャル・タイムズによると、ゴーン氏は日産とルノーの経営統合を計画しており、日産の経営陣はそれに強く反対していたそうです。米国市場で行われている大幅ディスカウント戦略に反対する声もあったと思います。これから次々と新たな展開が起きるでしょうが、事実が何なのかを知るのは難しいと思います。関係者の主張が、必ずしも事実であるとは限らないかもしれませんから」

 前述のドキュメンタリー映画「電気自動車の復讐」の中で、ゴーン氏はこう主張している。

「何かに打ち込む時は、情熱を力にする必要があります。目的を果たしたいなら、情熱を力にすることです」

 今回の事件の背景にはゴーン氏の独裁体制があったと指摘されている。ゴーン氏の情熱という力は、独裁的になり、逮捕に至るほど大き過ぎたということか。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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