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トランプ氏も金正恩氏も“モナ・リザ”がほしい? 米朝会談は両首脳のエゴを満足させるだけ

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
アメリカに送り込まれた、金正恩氏の右腕と言われている金英哲氏とトランプ氏。(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ氏は交渉の達人なのだろうか?

 すったもんだの挙句、米朝首脳会談再開の運びとなり、トランプ氏の交渉力を評価する声もある。誰より、トランプ氏自身がその交渉力を自負していることだろう。

 確かに、先日、トランプ氏が金正恩氏にあてた、会談中止を伝える手紙は“上手い手”と言えた。アメリカではビジネス交渉の際、相手に優柔不断さが見えると「結構です。話はなかったことにしましょう」と強気に引いてみせることで、相手の本気度を推し量るような交渉術が取られることがある。あの手紙にはまさにそんな交渉術が表れていた。実際、金氏はそんな交渉術にはめられてか、慌てて、「対話をする用意はある」と声明を出し、金氏の右腕と言われる金英哲氏をアメリカに送り込んできたほどだ。

交渉力は過去の栄光

 ビジネスで培った交渉術で、米朝首脳会談にこぎつけることができたトランプ氏。しかし、彼が自慢の交渉力を生かすことができたのはそこまでだったのかもしれない。トランプ氏は、北朝鮮が望んでいる「段階的な非核化」に甘んじ、これまで米国が求めてきた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」の短期達成は暗礁に乗り上げる気配が出てきたからだ。結局、トランプ氏は妥協することでしか金氏に対応できなくなった。トランプ氏が交渉の達人であるかは疑問視されるところだ。

 政治系ニュースサイト・ポリティコ(‘He Pretty Much Gave In to Whatever They Asked For’)によると、トランプ氏の交渉力はニューヨークの老朽化したホテルをグランド・ハイアットホテルに再生させ、トランプタワーを建てた時期をピークに、衰えて行ったという。結局、自慢の交渉力は、35〜40年前の過去の栄光であり、その後は、トランプ氏自身が過去の栄光を振りかざして「交渉の達人だ」と自ら吹聴しているにすぎないというのだ。繰り返し吹聴すれば、嘘も事実として一人歩きを始めてしまう。“トランプ氏の交渉の達人伝説”は、彼自身が生み出したものだったのか。

史上初の米朝会談という“モナ・リザ”

 ポリティコでは、トランプ氏の交渉の失敗例も多々取り上げている。1988年にトランプ氏が購入した、ニューヨークの由緒あるプラザホテルもその一つだ。407.5ミリオンドルという同ホテルの購入価格は、市場価格を60ミリオンドルも上回り、ホテルの購入価格としては当時最高の価格だった。トランプ氏は、喉から手がでるほど欲しいもののためなら、必要以上に大枚をはたいたが、このホテルもそうだったという。トランプ氏自身、そのことを、当時、ニューヨーク・タイムズで以下のように書いて、認めている。

「僕は建物を買ったのではない。最高傑作、“モナ・リザ”を買ったのだ。生まれて初めて、承知の上で、経済的とはいえない取引きをした。購入価格は決して正当であるとは言えないからだ」

 トランプ氏は“プラザホテルというモナ・リザ”を得るためなら、糸目はつけなかったのだ。

 同様に、金氏との会談もトランプ氏にとっては、“モナ・リザ”のようなものなのかもしれない。“史上初の米朝首脳会談というモナ・リザ”である。この“モナ・リザ”獲得のため、トランプ氏は「金氏の身は守られるだろう。国は裕福になるだろう」と“美味しい言葉”で金氏に未来への希望を感じさせ、「最大限の圧力」という表現はもう使わないと譲歩し、遂には金氏が望む「段階的な非核化」まで容認した。何という大盤振る舞いか。

 そこまでして、トランプ氏が“モナ・リザ”を欲したのは、北朝鮮に核放棄させるためだろうか? CIAをはじめ、専門家の間では、北朝鮮は完全な核放棄をしないという見方が多勢である。本当に非核化したのかを検証するのも非常に困難だと言われている。つまり、非核化は、目に見えない、不確かなものなのだ。

 一方、目に見える、確かなものがある。それは、11月の中間選挙が差し迫っていることだ。10月にはノーベル賞の発表も行われる。“モナ・リザ”を得ておけば、短期的には国民の支持を獲得できて中間選挙を勝利に導けるかもしれないし、ノーベル賞受賞も夢ではないかもしれない。何より、歴史に大きな名を残せる。短期的には、北朝鮮の核の恐怖に脅かされることもなくなるだろう。

 結局、トランプ氏は、目に見える短期的利益に目が眩んだのではないか。

 金氏の方にとっても、トランプ氏との会談は“モナ・リザ”のようなものなのかもしれない。非核化する意思が本当はなくとも、“史上初の米朝首脳会談”を実現させれば、国民に威信を示して、体制の維持ができる。父や祖父を超える、“北朝鮮史上最も偉大なる将軍様”として君臨もできよう。「段階的な非核化」の見返りとして、金氏は力を入れて行こうとしている経済発展に必要な支援を、日本や中国、韓国から引き出すこともできるかもしれない。金氏は「米国からの投資を歓迎する。マクドナルドやトランプ大統領の関連企業も誘致したい」と述べたというが、投資の道筋を作ることもできるかもしれない。

両首脳のエゴを満足させるだけ

 結局のところ、6月12日の米朝首脳会談は非核化のためというよりは、両首脳のエゴを満足させるためだけの、実質のない“ご挨拶会談”で終わる可能性が高い。トランプ氏自身、会談について「知り合いになるための機会」だと言っているくらいだ。しかも、「何かに署名するつもりはない」とも「非核化には時間をかけていい」とも述べている。

 トランプ氏は「会談は複数回行われるだろう」と話しているが、一連の会談で、容認した「段階的な非核化」という合意に至ったとしても、スタンフォード大学の核専門家の推測によれば、非核化には最長10年もかかるという。長い道のりだ。その間、北朝鮮は約束を破るという同じ歴史を繰り返し、核開発を密かに再開する懸念もある。

 ところで、“プラザホテルというモナ・リザ”は、結局のところ、トランプ氏に莫大な負債を負わせ、後にトランプ氏が破産寸前の窮地に追い込まれる一因となった。

 “史上初の米朝首脳会談というモナ・リザ”も、両首脳を軍事行動に走らせるような窮地に追い込む結果とならねばいいのだが......。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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