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ベンチでもアップ中でもこれだけ見えている。今こそ中村憲剛という最高のエンタメを見逃すな。

小澤一郎サッカージャーナリスト
約10分の出場でチェルシー戦のMVPを獲得した川崎フロンターレのMF中村憲剛(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 7月19日(金)に開催された 明治安田生命Jリーグワールドチャレンジ2019 川崎フロンターレ vs チェルシーFCの一戦は、87分のレアンドロ・ダミアンのゴールで川崎Fがイングリッシュ・プレミアリーグの強豪相手に見事な勝利をおさめた。

 MVPは決勝ゴールをお膳立てしたMF中村憲剛

 83分からアディショナルタイムを含めて10分程度の出場で主役の座をもっていった川崎Fのバンディエラ(旗頭)は、試合後のミックスゾーンでまず「10分の出場でMVPはすごいと思います」と声をかけられると「そうですか?すごいですか?みんなはズルい、って言ってましたけどね」と苦笑いだった。

 しかしながら、日産スタジアムに6万人を超える観客が集まった試合でゴール以外に最も盛り上がったのが中村憲剛が交代出場するシーンだった。世界的スター選手を揃えるチェルシーFCのシャツを来たサポーターの姿も目についたが、DFダヴィド・ルイスやFWオリヴィエ・ジルーに対する声援以上に川崎F、Jリーグ、そして日本サッカー界の至宝でもある中村憲剛の登場を待ち望むファンの声と熱量が大きかった。

 38歳という年齢に達しながらも、J1連覇中の川崎Fで依然として中心選手を担う中村憲剛の何がすごいのか?

 それはズバリ、超“選手”的なまでの「サッカーを見る目」にある。

 今回は試合後にミックスゾーンで残した彼のコメントを拾いながら、いかにサッカーという目まぐるしく変わる試合展開、複雑でカオスなスポーツを正確に把握・理解しているのかを紹介したい。

前半のフォーメーション
前半のフォーメーション

「正直、前半これは結構しんどいな、というのは。普段自分たちがJリーグでやっていることを多分、向こう(チェルシー)がやっているんだろうな、ということをすごく感じました。自分たちが(ボールを)取りに行っても取れずに、間に入れられて、前を向かれて。で、押し込まれて。下げられているので。取った瞬間に前には(小林)悠しかいないし。

これをどうやって打破していくのかというのはすごく難しくて。ただ、あそこ(前半)で失点していたら試合が終わっていたので。それでも最後、球際、(GKの)ソンリョンもそうだし、DF陣もそうだし、体を張ったことで0−0で折り返せたので」

※これ以降の試合画像は、筆者が契約アカウントを持つスカウティングシステム「Wyscout」で提供されている映像のスクリーンショットを使用したもの。

【0分44秒】
【0分44秒】

 試合開始直後から川崎Fは前線からアグレッシブなプレッシングをかけてチェルシー陣内深くに人数をかけてボールを奪いにいった。しかし、開始44秒、チェルシーのCBダヴィド・ルイスがプレッシャーのかかった状態から完璧なまでに川崎Fのプレッシャーを見事に回避するロングフィードを右サイドのセサル・アスピリクエタに出す。

【01分06秒】
【01分06秒】

 そこからチェルシーは一気にスピードを上げ、川崎F陣内に攻め込み簡単に右サイドからクロスを入れる局面を作り出す。D.ルイスに小林悠がプレッシャーをかけた局面で左SHの齋藤学は、的確に相手の3選手の中間ポジションを取り、CBのズマに横パスが出てきた時にはプレッシングに行く準備を整えていた。しかし、D.ルイスにいきなり世界レベルのロングパスを繰り出され、思わず苦笑いしたように見えた。(違う意図で苦笑いしていたのであれば、齋藤選手申し訳ありません)

【18分07秒】
【18分07秒】

 例えば、18分07秒のこのシーンも右SBの上がったスペースに降りてきたボランチのジョルジーニョに対して齋藤学はタイミングよくプレッシングをかけ、相手のプレーの選択肢を上手く奪っている。

 川崎Fの守備のセオリーからすれば、ここは縦スライドで右SBアスピリクエタに対して登里享平が素早く対応する(出来ればインターセプトを狙う)べきなのだが、ペドロが登里の背後のスペース(CBとSBの中間ポジション)を上手く取っているので登里としては「前に出ていくべきか? or DFラインにとどまるべきか?」の迷いが生じ、コンマ数秒の判断の遅れで逆にチェルシーが簡単にボールを前進させることに成功した。

 このようにチェルシーは序盤から川崎Fのアグレッシブなプレッシング(守備)をことごとくいなし、ボールを前進させて敵陣深くまで侵入してフィニッシュ局面まで持っていった。加えて、ボールを失った瞬間には敵陣で素早く「攻→守の切り替え」を実行してボールを回収し、厚みのある攻撃を何重にも仕掛けていく。

【21分28秒】
【21分28秒】

 こちらは21分28秒の状況だが、早くもチェルシーは川崎Fの前線からのハイプレスを無効化したことで、ハーフコートゲーム(敵陣でのサッカー)に持ち込むことに成功している。

「ベンチから見ていてこれは大変だな」と思いながら戦況を見つめていた中村憲剛だが、ベンチどころか前半途中からはゴール裏でウォーミングアップをしながら的確にピッチ内で起こっている様子を事細かに把握している。

「前半チェルシーは無駄なくやっていた。ポジショニングもいいので、取られた瞬間から取り返しにいけるところに距離感がいいのでいけましたし。逆にこっちは陣形を崩されていたので。そこじゃないですか。正直、Jリーグでできている方かもしれないですけれど、世界とは同じレベルでやってもまだまだ。まだまだなのは(15年7月に)ドルトムントとやった時も知っていましたけれど。けど、まだ差は全然縮まっていないな、というところは感じましたし。それは悲観することでもあるし、悲観しなくてもいいかなというところでもある。だから自分たちでもっともっとやっていかなくてはいけない。あの時からメンバーは半分以上代わっていますし。うちも。

またそこでいろんな選手に刺激が入って、またフロンターレが伸びるかな、というふうには思いました。あとは、そういう身体能力というんですか、フィジカル的なところというのは、ある程度アバウトでも止めれてしまう選手が向こうにはいるので。だからもっとパスワークというのは緻密に、突き詰めないといけない。向こうよりも止めて蹴るができないと多分戦えないと思うので」

 気になったので、中村憲剛に「もし前半出場していたらどうしていたか?」という質問をしてみた。

「結構、しんどいんじゃないですか?(前からはいけない?)と思いますね。あれだけパススピードがありながら、ダイレクトでフリックとかされるとボランチもしんどいし、そういう4−2−3−1、中盤で数的優位を作る形を、すごく相手(川崎F)を見ながらやれていたので。CBも(谷口)彰悟もジェジエウも一人前にいるから、そこを崩して前にという距離感でもないし。そこらへんは難しかったと思います。45分という選手もいたので、飛ばさなきゃいけないところもあったと思うし。後半くらいしっかりとセットするのもありだったなかと思います。

自分が出ていたらというのは、もうちょっと人数を増やしてもいいのかなと。ビルドアップを安定させるために。前が薄くなってもいいからちょっと(後方に)人をかけて、とりあえず相手のプレスを回避したいというところは見ていて思いましたけど。それでも息つく暇なく、ダブルボランチまで結構来ていたから。そこの背中にポンと入ると、何回か前半でもあったんですけど。そこまで行くと、向こう4枚がさらされるので、それをどうやって意図的に作るのがいいかなというのは難しかったと思います」

【43分09秒】
【43分09秒】

 確かに中村憲剛の言う通り、前半の終わりに2度、チェルシーのダブルボランチ(ジョルジーニョ、コヴァチッチ)が前掛かりに守備に来た時にいなす形で川崎Fはボランチの背後を取る攻撃を成功させている。

【44分10秒】
【44分10秒】

 このように効果的に攻撃のポイントを作ったシチュエーション(状況)を中村憲剛はベンチに座っているどころか、アップ中でも見逃すことなく脳裏にインプットしているのだ。

 これがどれだけ凄いことであるのかは、サッカーをプレーしたことのある人、ピッチに近い(平面で見る)客席からサッカーを観戦したことのあるファンなら、想像に難くないだろう。

 クラブOBのフランク・ランパード監督が指揮を執ることになる今季のチェルシーの印象について質問をすると、中村憲剛はこう返答した。

「前からしっかりと行きますし、切り替えも速いですし。だから保持するために攻めるよりも、点は取りにいくんだけれど、無理はしない。それをすごく感じました。前半で点差つけたかったらもっと慌てて欲しいな、というのはあったんですけど。けど向こうはプレシーズンでもありますし、ゲームをコントロールしながら、無理をしないようにとにかく空いているところ、空いているところを攻めながら。

時折ロングボールを入れながら、僕らの守備の視線をズラすパスワークも入れてきていたので。特にダヴィド・ルイスが長いボールを蹴れますし、ジョルジーニョも蹴れるので。やっぱり、そこにプレッシャーを行きたいんだけれど、行くとやられるし、というところで。けど引くともっとやられるので。こういうものかなと。後ろで蹴れる選手がいるというのは大事だなとは思います」

 後半はプレシーズンマッチということもあって両チームが各5名ずつをスタートから代えてきた。中村憲剛は後半を「人も代わりながら。暑かったので。向こうの体力も落ちてきて、スペースがどんどん出てきた」と分析している。

後半のフォーメーション
後半のフォーメーション

「前半と明らかに違う感じだなというのはあったので。自分がどこで出るのか、まあボランチしかないだろうなと思っていたので。鬼さん(=鬼木監督)も、時間を多分気にしてくれていたと思うし。(残り)10分で呼ばれて、何ができるというか、その時に入って、空いているところ。特に左サイドバックの選手(エメルソン)は、特に後半そっちからかなり攻められていたので。ヤス(脇坂泰斗)とカズ(馬渡和彰)のところの受け渡しとかも、イマイチ上手くいっていなかったので。結構、裏に走られていたので。1本出しましたけれども。そういうところは見ていて、そこは突こうと思っていました」

【84分31秒】
【84分31秒】

 83分に登里と代わってピッチに入った中村憲剛は自身の予想通りボランチでプレー。入った直後の84分31秒、外から見抜いていたチェルシーのウィークポイントである左SBの背後のスペースを突くパスを馬渡に出す。

 完全にエメルソンの背後を取った馬渡は深い位置からクロスを入れ、レアンドロ・ダミアンのヘディングシュートはバーを叩く決定機となる。

 そこから得た右CKからの流れでも決定機を作り、山村和也のシュートはGKウィリー・カバジェロがギリギリで弾き出す。続く左CKではキッカーの脇坂泰斗とのパス交換を2往復させ、相手のクリアミスを拾った中村憲剛が大外で待っていたL.ダミアンに滞空時間の長いクロス。そのお膳立てをL.ダミアンがきっちり頭で沈めて川崎Fが決勝点をもぎとった。この得点シーンについても中村憲剛はこう振り返る。

「ショートコーナーとのことも、セットプレーのところで、結構ショートできそうだなって雰囲気がかなりあったので。そこは(相手が)新チームでもありますし、選手もかなり替わった状態なのでそこまで仕込まれていないと思っていましたし。(脇坂)泰斗が行った瞬間、僕が行っても誰も来なかったのでチャンスだなと。あとはそれをしっかり正確につなげば入るかもしれないとは思いましたけれど、本当にダミアンが決めてくれて良かったと思います。そういう意味ではわずかな時間ですけど、自分のやるべきことをやらなきゃいけない、っていうのはいつもと一緒ですし。今日はそれがうまくいったケースだったと思います。

 ショートコーナーでそもそも陣形が崩れていましたし。ニアでオレが持った瞬間に結構来ていたので。ファーは絶対空いていると。ダミアンが空いているとまでは見えなかったですけど、あそこに行けば、滞空時間が長ければ誰かしらデカイやつがバンと行けるなと思ったので。ちょっと高すぎましたけれど上手く合わせてくれましたし。ずっと低いのが引っかかっていたので。中途半端に高いのも全部引っかかっていたので。思い切ってポンとやってみようかなと。上手くいきましたね。

 結果としてチェルシーに勝利した川崎Fだが、中村憲剛は「誇張するような勝利ではないと思いますが、小さくない勝利だとも僕は思っている」と話した。

「自分たちがもっとやんなきゃ駄目だよね、って思うには十分すぎる試合だったと思います。これから若い選手たちがどう感じて、どう進んでいくかというのはすごく大事なことだと思うし。4年前もそれで僕らは前に進んだところがあると思うので。それで去年、一昨年(の連覇)につながっているので。また自分たちが三連覇に向けて進化するために、非常に有意義な試合という言い方はおかしいですけど、そういう試合だったと思います」

 「まだ差は全然縮まっていない」と発した通り、中村憲剛が体感した世界との差は具体的に何だったのか?

「目指せる部分と、どうしようもない部分のところがあって。目指せる部分の一つとしては、止めて蹴る。もっと止めないといけないし、止めれるから、向こうの選手はいろんな選手が見えるし、(ボールを)握れる。こっちがプレッシャーをかけてもプレッシャーに感じていなかったところがあったと思うので。本当にドンピシャじゃないとなかなか前から取りにいけなかったし。なかなかJリーグではそういうのがないので。

あとはパススピード。これはドルトムントの時もそうでしたけれど、そこは絶対だなというのは感じました。後はポジショニングのところもそうだし。しっかり止まるし、蹴れるからポジショニングも多分それぞれが無駄なく立てる。

(プレシーズンであっても日本に)来てくれれば。そういう意味ではすごくありがたかったですし、僕らにとっては。向こうはプレシーズンで調整の一環だったと思いますけど、僕らとしてはリーグ戦中にこういう試合ができるのは、ドルトムントの時もそうですけど気づきというのはそれぞれに起こるので。

そういう意味では、本当にやってよかったなと思うし。前回と違って今回は勝ちましたけれど、そんな両手を挙げて喜ぶような勝利ではないし。自分たちが一番良くわかっているから。ただ、いちサッカー選手としてどんどんやらなきゃいけないなというのはあるし。個人的には止めて蹴るというのは絶対だなというのは改めて。もっともっと普段の、そういうポジショニングもそうだし、逆に突き詰めれば勝負出来る部分も出てくるんじゃないかと。オレは改めて感じたので。オレにとっては改めて良かったと思います」

 差を認めながらも目指せる、詰めることの出来る要素を「止める蹴る」「パススピード」とリアルタイムに抽出し、試合後まだ高揚感の残るミックスゾーンでここまで冷静かつ的確に振り返ってしまう中村憲剛の頭脳と言語化能力はまさに日本サッカーの宝であり、今のJリーグにおける最高のエンタメだ。

 川崎フロンターレのサポーターやファンでなくとも、中村憲剛のプレーとプレー直後に発する言葉は見逃してもらいたくない。試合を見直すことのできる環境にある人はぜひ、この彼のコメントや試合分析を踏まえてもう一度、川崎Fとチェルシーとの好ゲームを見返してほしい。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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