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J1王者相手に敵地で「勝ち点2を失った」16位サガン鳥栖。金監督のロジカルなサッカーは一見の価値あり

小澤一郎サッカージャーナリスト
論理的なサッカーで復調の兆しを見せるサガン鳥栖(※写真は川崎F戦ではありません)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「粘り強く守備をした記憶はないんですけど……」

 試合終了直後のフラッシュインタビューの冒頭、インタビュアーから「粘り強い守備でアウェイで勝ち点1をもぎとりました」という質問を受けてサガン鳥栖の金明輝監督は苦笑いしながらこう切り替えした。(※DAZNの中継から引用)

 7月7日に行われた明治安田生命J1リーグ 第18節の「川崎フロンターレ 対 サガン鳥栖」は0−0のスコアレスドローに終わった。

■記者の質問に反論し続けた金明輝監督

 試合後の監督会見でこの試合のゲームプランを聞かれた金監督は次のように答えている。

「普段自分たちがやっている形は大きく変えずに、しっかりと前線からプレッシングをかけながら(相手のボール回しを)規制して、マイボールになった時にはしっかりと長いボールと短いボールを効果的に使うというところ。それが自分たちが目指しているところなので、ブレはなくトライした形です」

 また、「今日のような形でアウェイでも勝ち点を拾っていくことが今後、後半戦に関しても大切になると思いますが?」という質問に対しても次のように反論した。

「勝ち点を拾うという表現が僕らからしたら、勝ち点3しか今は必要としていないので。本当に勝ち点1で物足りないな、という印象です。十分勝ち切れたと思うし、そういうチームになっていけたらなと思います」

 

 一般的には「川崎フロンターレが勝ち点2を失った」と受け止められることの多い試合だとは思うが、個人的には16位のサガン鳥栖が勝ち点2を失い、J1連覇中の川崎F相手に攻守で素晴らしくオーガナイズされたサッカー(=金監督の手腕)を披露した試合だったと理解する。

 まずは金監督も説明しているように鳥栖のアグレッシブな守備は素晴らしかった。前線からのプレッシングと外への追い込み(=規制)、局面での強度によって川崎Fのパス回し、攻撃をほぼシャットアウト。完全に崩されてのピンチは41分に脇坂泰斗がGKと1対1になった1本のみだった。

「ほぼ10年ぶりです」とコメントしたように、川崎Fのサイドアタッカーの特徴に合わせて本職の右ではなく左サイドバックを務めた小林祐三も「かなりソリッドに守れた。セットプレーをはじめ、いくつか好機があったのでそこで仕留められれば。ネガティブなゲームではない」と総括した。

 川崎Fに押し込まれた後半に関しても小林は「攻められ続けたことによって守備のリズムが出てきたし、手数の割にはチャンスを作れた」と話す。

■川崎F相手に前半のボール支配率は52%

 90分終了時点でのボール支配率は「53% 対 47%」と川崎Fに軍配が上がるも、前半は鳥栖が52%とボール支配率で上回った。1-4-2-3-1ながら守備局面では小林悠と脇坂の2枚で前線のプレッシングを構成する川崎に対して、鳥栖は2CBとGK高丘陽平で「3対2」の数的優位を作り相手の出方を伺った。

 足下の技術とロングキックの精度が高いGKを要するからこそ実現できるビルドアップの型ではあったが、川崎Fの前線のプレッシングが「2+1(=3)」にならないことを十分わかった上で鳥栖は序盤からGKへのバックパスとGKからのロングフィードを多用して相手の前線と中盤以下を寸断するプランを徹底した。

 序盤の小林、脇坂のピッチ上での振る舞いを見る限り、鳥栖がGKにバックパスを入れた時にはそのままGKにもプレッシングをかけて深追いしたいという意思がはっきりと出ていた。前半途中からは、川崎Fの鬼木達監督が「ラインを上げろ」という指示、ジェスチャーを繰り返し出していた。

 試合後の会見で前から守備がハマらない展開となったことを聞かれた鬼木監督は、「前から行く行かないのところはある程度判断を(選手に)任せている」とした上で、「想定は当然していましたが、そこのところで下がる選択の方が多くなってしまった」と説明した。

 とはいえ、GK高丘から前線のフェルナンド・トーレス、金崎夢生に向けて蹴り込まれるロングフィードを川崎Fの2CB(ジェジエウ、谷口彰悟)がしっかりと弾き返していたのも事実だ。それでも前半はプランとオーガナイズを土台とした論理性を持つ鳥栖がGKを使ったビルドアップで川崎Fの中盤を間延びさせ、選手間の距離を広げて上手く前進を図っていた。

■明確なタスクと忠実なシナリオがあるからこそのハードワーク

 鳥栖の左SB小林は「(前半の展開は)ほぼ狙い通りでした」と振り返る。

「最後のところで、ラストパスの一個手前の精度が上がってくればビルドアップが身になったかなとは思いますし、そこは今のチーム全体の課題です。ただ、後ろはGKも含めてかなりオーガナイズされたと思うので、自信を持ってやれています」

 後半は川崎Fが押し込み、金監督も会見で「川崎さんのボール回しに対して(足が)止まってくると後手を踏む場面があった」と劣勢の展開を認めていた。とはいえ、鳥栖の守備はドン引きではなく、自陣内でボールは保持されても規制をかけて外に追い出し、ボックス内への侵入を許さなかった。前半のような間延びした展開が減った分、後半は鳥栖の守備がよりコンパクト、ソリッドになっていた。

 そもそもF.トーレス、金崎、豊田陽平という名実共にJ1屈指のFWがあれだけ前線のプレッシングと規制にエネルギーを使うことができるのも、各ポジションに対する明確なタスクと「この戦いをすればこういう展開と結果が待っている」という忠実なシナリオがあるからだ。

 集団スポーツのサッカーにおいて頼るべきは個人の頑張りや感覚ではなく、チームとしての戦術とそこから派生する個人のタスク。

 だからこそ、チームに規律を与え、選手にタスクを課す監督の存在が重要になるのだ。そして、鳥栖のハードワークやプレー強度の高さは確実に金監督が構築するロジックあってのもの。

 鳥栖の小林祐三は最後にこう締めくくった。

「去年ここでやった0−0のゲームがありましたけれど、そことは全然意味合いの違うゲームができました。今の順位、勝ち点を考えたら悠長なことは言ってられないんですけど、視座を高くしてみた時、確実に前に進んでいると思います」

 金監督の復帰によってプランとオーガナイズの見えるロジカルなサッカーを実践するサガン鳥栖は今、多くのサッカーファンに注目してもらいたいチームだ。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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