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男子バレーボール ジュニアチーム出身初のVリーガー・堺の佐川翔が惜しまれつつ現役を引退。Vol.1

市川忍スポーツライター
写真提供 BLAZERS SPORTS CLUB

9年間にわたる競技人生にピリオド

V.LEAGUE初のジュニアチーム出身者として活躍した堺ブレイザーズのセッター、佐川翔選手が5月の黒鷲旗を最後に9年間にわたる現役生活にピリオドを打った。

佐川さんの出身チーム・堺ジュニアブレイザーズが発足したのは2001年。2000年、堺ブレイザーズが地域密着型総合スポーツクラブとして船出した翌年のことだった。佐川さんはその第3期生に当たる。

ジュニアブレイザーズで中学時代の3年間、プレーしたのち和歌山・開智高校へ進み春高バレーにも出場。その後、関西の強豪・関西学院大を経て堺ブレイザーズに入団した。

もともとは地元の中学に男子バレーボール部がなく、競技を続ける術のない選手を集めたジュニアブレイザーズだったが、「ゆくゆくはトップリーグで活躍する選手、指導者を輩出したい」という目標を掲げていた堺ブレイザーズにとって、トップリーグ入りを果たした佐川さんは理念の象徴でもあった。

「自分としては、想像していたより長く(現役を)やらせてもらったという印象です。昔はこんなに長くバレーボールを、それもトップリーグでプレーできるとは考えていませんでしたから。それにジュニアブレイザーズの出身だからという理由で自分を知って、応援してくださるファンの方も多かった。本当に感謝しています」

清々しい笑顔で語った。

最も印象に残る、松本慶彦選手のスパイク賞アシスト

佐川さんが9年間の在籍期間で最も記憶に残ると語るのは、ミドルブロッカーの松本慶彦選手がスパイク賞を獲得した2014/2015Vプレミアリーグ(現V.LEAGUE)だ。

佐川さんは主戦セッターとしてリーグ戦に出場し、松本選手のスパイク賞をアシストした。

「あのシーズンは、印東玄弥監督のもと、松本さんも含めた中央からの攻撃を得点源にしていこうという方針で夏場から練習を積んで、試合の中でも強く意識して戦ったシーズンでした。得点になろうが、なるまいが、松本さんで勝っていくんだという思いがチームにも自分にもありましたね。チーム成績にこそ結びつきませんでしたけど、松本さんがスパイク決定率で賞を獲得するだけ松本さんにセットできたというのは、自分にとっては思い出に残るシーズンでした」

当時の監督・印東氏は振り返る。

「あのシーズン、松本選手が57.8%でスパイク賞を獲得したのですが、スパイクランキング上位15名にミドルブロッカーで入っていたのは松本選手だけでした。1セット当たり3本以上という規定本数を、どのチームのミドルブロッカーもクリアしていない中での受賞でした。佐川選手もフェイクモーションなどを駆使し、千々木駿介選手や石島雄介選手とのパイプも組み合わせ、ストーリー性のあるプレーをしてくれました。最後まで高くて速い、複数で攻撃するスタイルを貫いたことが印象に残っています」

今でこそスタンダードとなった「相手ブロックにとって数的優位を作る」という戦略をいち早く国内リーグで実現しようと取り組んだのが当時の堺で、佐川さんはその司令塔として首脳陣の期待通りの活躍を見せた。

元監督が称える佐川さんの性格

そしてもう一つ、印東氏が称えるのは佐川さんの人間性だ。

「ユーモアがあり、年齢の上下に関わらず自然なコミュニケーションをとることができる性格でした。そして何よりの長所は素直であったこと。悩むときもあったと思いますが、こちらのアドバイスをひねくれて受け取ったり、反発したりすることがなく、素直に技術を吸収することができる選手でした」

当時の堺には優勝経験のある今村駿選手(現NECレッドロケッツコーチ)もいたが、印東監督は佐川さんの高さと瞬発力を評価してスタメンで使い続けた。

佐川さんは振り返る。

「印東監督からは、必ず高い位置で、同じタイミングでセットしなさいという指導を受けました。印東さんとの出会いは大きかったですね。もちろん、それぞれの時代の監督やコーチにも影響を受けているのですが、印東さんは『セッターは高い位置で上げる』『選手全員がハードワークで、全員が攻撃の準備をする』というバレーボールを徹底していて、結果的に、そのときに学んだことが自分のプレーのベースになりました。どんなに疲れていても高くジャンプしてセットしようとか、しっかり走り込んでオーバーで上げようという意識が今でも根付いているのは、当時の印東さんの教えに大きな影響を受けたからだと思います」

その後も真保綱一郎氏(現・東京グレートベアーズ監督)やマルキーニョス氏(現・東京グレートベアーズコーチ)など、さまざまな指導者との出会いに恵まれた。「そういった出会いが自分の選手人生を長くしてくれたと思っています」と佐川さんは考えている。

その中でも特に佐川さんのバレーボール人生に大きな影響を及ぼしたのが酒井新悟監督(現・久光スプリングス監督)である。

※次回へ続く

スポーツライター

現在、Number Webにて埼玉西武ライオンズを中心とした野球関連、バレーボールのコラムを執筆中。「Number」「埼玉西武ライオンズ公式ファンブック」などでも取材&執筆を手掛ける。2008年の男子バレーボールチーム16年ぶり五輪出場を追った「復活~全日本男子バレーボールチームの挑戦」(角川書店)がある。Yahoo!公式コメンテーター

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