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韓国に惨敗した、男子バレーのいま

市川忍スポーツライター

東京五輪開催決定直後に行われた注目の一戦

~祝 2020年 東京オリンピック~

会場に掲げられた大きな2つの横断幕が、コートサイドから入場する選手を出迎える。同日の未明、オリンピック開催都市の発表があり、2020年に東京でオリンピックが開催されることが決定したばかり。1964年以来、2回目となる五輪開催に日本中が沸いている最中、全日本男子は来年、ポーランドで行われる世界選手権への出場権をかけて韓国との一戦に臨んでいた。ゴールデンタイムでの地上波テレビ放送。前日には全日本女子が一足先に世界選手権出場を決めており、客席には応援に訪れた女子選手団の姿もあった。その注目度の高さに大会本部は急きょ、立ち見席の販売を決定し、会場は満員の観客で埋め尽くされていた。

しかし、勝負はあっけなかった。世界選手権への15大会連続出場がかかる大事な一戦で、全日本男子は主力選手を故障で欠いた、若手中心の韓国にストレートで敗れたのである。あろうことか、最終セットは13点しか取れない惨めな敗戦だった。

ワールドリーグから主戦セッターとして全日本を率いている近藤茂が試合後、ミックスゾーンで淡々と振り返った。

「スタートからみんな動きは固かった。絶対に負けられないという気持ちがそうさせたんだと思います。何より僕自身がいちばん固くなってしまいました」

冷静に日本の弱点を突く韓国に対し、日本はコートのこちら側だけで慌て、焦り、自滅した。試合後の越川優のコメントが敗因を的確に分析していたように思う。

「韓国はレシーバーを前後に動かすような戦略的なサーブを打ってきて、こちらの得意な攻撃を封じ、リズムを作らせてくれなかった。逆にこちらのブロックが対応できていないところを、セッターがよく見ていて、集中して使っているなと感じました」

ワールドリーグの入れ替え戦の日程調整のため、8月に予定していたアメリカ遠征が中止になった。「高さのあるチームとの試合が全くできなかった」(サトウ監督)と、チーム作りの過程を考えると不運だった面もある。しかしプレッシャーから相手のブロックが見えなくなっていた近藤や、故障明けでコンディションに不安が残る清水邦広、相手のクイックに対応できていない出来田敬らを、大きくリードを許し、逆転の望みが薄れる展開まで引っ張る必要が果たしてあったのか。繰り返して言うが韓国戦は「負けてはいけない一戦」だった。

試合後、サトウ監督は言った。

「清水はフィジカルコンディションもよく、心配なく使えたと思う。出来田は若く、才能のある選手。チャンスを与えたかった。リスクを負ってでも使う価値は十分ある選手」

就任時、サトウ監督が「今年の最重要目標」と掲げた世界選手権への出場権を、その監督自らが特定の選手に固執したことで逃したように思えて仕方ない。

過渡期をどう乗り越えるか

全日本男子は今年4月、史上初となる外国人監督、ゲーリー・サトウ氏を新しい指揮官に迎えた。「準備を整えてスマートにプレーする」をモットーに、練習の合理化、選手との対話に力を注いできた。

夏場に見学した代表合宿で、戦略面でも改革の最中であることを実感した。バックプレイヤーも含めた4名のアタッカーが一斉に助走に入り、相手のブロックシステムが完成する前に攻撃をする。サーブレシーブを受ける選手は、レシーブ時の無駄な動きを減らし、体勢を崩さず、すぐに助走に入れるフォームに改造している最中のように見えた。同時にミドルブロッカーにも、これまでより長い助走距離を取り、十分なスイングでボールを打つことが求められていた。「クイックは短い助走で、コンパクトなフォームで打て」と教えられてきた日本の大半のミドルブロッカーからすれば、スパイクを打つときに関わるすべての動作を一から作り直すほどの“大改造”である。

近代バレーにおいて、こうしてアタッカー全員が一斉に攻撃に参加する戦略は、リードブロックと呼ばれる、トスの行方を追ってブロッカーが動くシステムの相手に有効な攻撃だと言われている。そして現在、世界ランキング上位の国は、ほとんどがこのリードブロックシステムを採用している。サトウ・ジャパンが着手したのは、世界の戦い方に近づくための改革であるとわたしは全日本の練習を見て感じた。

世界選手権アジア予選、2戦目のニュージランド戦で途中から出場し、勝利に貢献した今村駿はこう語る。

「とにかく新しいことにチャレンジしているのでイメージ通りにいかないときもあります。でも今、変えないと、ずっと変われない。変わらなければその先がないと思って取り組んでいます」

韓国戦の采配には疑問が残るものの、世界選手権アジア予選の結果だけでサトウ監督の育成手腕を判断すべきではないだろう。

直前合宿の最中、越川は胸を張ってこう語っていた。

「できていないことはまだ多いけれど、方向性は正しいと思う。僕は自分たちが取り組んでいることに対して手応えを感じています」

次なる設定目標はどこにあるのか?

長らく世界の戦術から遅れをとっていた全日本男子だが、サトウ監督の就任で、国際舞台で勝つためのチーム作りにやっと着手した感はある。ただし、それを選手が理解し、チームに浸透するまでには、まだ時間がかかりそうだ。長い時間をかけて体に染みついた習慣は、そう簡単には変えられないからだ。

そして来年の世界選手権出場を逃した今、次の最重要目標はどこなのか、今ひとつ明確でないところが気にかかる。いまだに全日本の最年少プレーヤーは大学4年の出来田ただ一人。レギュラーの大半が20代後半で、もう若手と呼べる年齢ではない。もしこのままの方針でチームを作ると決めたのであれば、次のリオ五輪、そして2020年、母国開催が決まった7年後のために若年層の選手も合宿に呼び、サトウ監督が目指すバレーボールを地道に植え付けていくべきだろう。

次の国際大会は9月下旬に行われるアジア男子選手権。その後、11月に開幕するグランドチャンピオンズカップまでの間、全日本男子は強化合宿に入る。どんなメンバーを合宿に呼ぶのか。その人選を見れば全日本男子強化委員会の考え方も見えてくるのではないかとわたしは思っている。

スポーツライター

現在、Number Webにて埼玉西武ライオンズを中心とした野球関連、バレーボールのコラムを執筆中。「Number」「埼玉西武ライオンズ公式ファンブック」などでも取材&執筆を手掛ける。2008年の男子バレーボールチーム16年ぶり五輪出場を追った「復活~全日本男子バレーボールチームの挑戦」(角川書店)がある。Yahoo!公式コメンテーター

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