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ふる里が消える~地方公務員への提言30(その1)~

穂坂邦夫NPO法人地方自立政策研究所・財団法人日本自治創造学会理事長

・ふる里が消える「一律的復興・再生手段の限界」

 2022年度における国家予算は約108兆円(決算では増額)、地方は2020年度決算で約139兆2013億円(都道府県約61兆9千億円、市町村77兆3千億円)と年度は異なるものの地方財政が国を上回っています。コロナの襲来で変化していますが、平年では国と地方の財政規模はほぼ匹敵していて、地方の重要さが財政指数からもうかがえます。しかし、現在は地方における都市部と過疎地の二分化が著しく顕著になり、特に、一部の地域では過疎化が加速し、私達のふる里が消えようとしています。

 大型の自然災害が発生すると都市部と異なり、地方では過疎地だけでなく、どこの地域も自力での再生が難しくなります。高齢化が進んでいるからです。その上、再生計画を実施する国は、地方の個性を視野に入れず「全国一律の復興計画」を適用します。市町村の役人も補助金による再生事業のため、大多数が国に従うことになり、住民も「少し違うな」と思いながら役場の意見に従ってしまいます。2011年に東北を襲った大津波の復興策の中心はどこも同じ大防波堤でしたが、堤防の外には住民の姿は少なく昔の面影は住民と共に消えてしまっています。今夏に発生している北海道、山形、秋田、青森の水害も「住民のいない再生策」になる危険があり、地方の個性にあった対策が求められています。ふる里が消えることは情緒的な淋しさと共に、国の基盤が揺らぐことになります。「国の基盤は地方が担っている」からです。

・原因は地方行政に対する住民の無関心と市町村における国への従属意識 

 一言で言えば、住民も自治体も中心的政策は「お上(国)に任せる」という誤った意識が原因です。この現象は地方に行けば行くほど増大します。自主財源に乏しく補助金行政に縛られた地方の哀しい現実があるからです。地方選挙における無投票の拡大や低投票率は、地方行政の力を住民自身が信じていないのかも知れません。その上、地方は憲法の規定によって国会議員の数も選挙毎に定員減が続くと共に、人口の減少によって消費力が落ち、大型店の撤退や商店街のシャッター通りが増加しています。地方は政治的にも経済的にも全ての面で空洞化が進んでいます。このままでよいのでしょうか。

 大都市に住む人々も現住所の他にもうひとつ、「ふる里」を持っています。8月の帰省ラッシュが如実に物語っています。若い人たちはどうでしょうか。多くの若者が父母の生まれ、育った地方を「心のふる里」として、一種の「あこがれ」を持っています。これらが消えたとなると、どうでしょう。大都市だけになる我が国の寒々とした国家像が浮かび上がってきます。きれいな空気やせせらぎ、のどかな風景は跡形も無くなり、雑草だけが残る地方に大きく変貌してしまうことでしょう。私達はもう一度、この国の形を考える時が来たのではないでしょうか。この状況を打開するには唯一、地方公務員の知恵と熱い心と力の発揮に期待するほかありません。

・地方公務員に期待する「地方公務員は地方政治の政策シンクタンク」

 何故、地方公務員に期待するのでしょうか。国家公務員は約59万人(特別職を含む・令和4年度末定員)、それに比較して地方公務員は約280万人(令和3年現在・都道府県143万人、市町村137万人)と地方は圧倒的な数の公務員を擁しています。多くの職員がいることは、それだけ多くの知恵を持っていると言ってもよいでしょう。それなのに何故、発想を変えた大胆な政策の転換を目指す地方自治体が見受けられないのでしょうか。

 国家公務員は官僚として国政における「シンクタンク」の役割を果たしています。我が国は欧米と異なり、各政党共に独自のシンクタンクを持っていません。政府を担当する自民党も同様です。国政における各種の審議会は乱立しているものの、大多数は官僚の計画に沿った答申を出して、会議の幕を閉じています。政治主導と言われますが政策を決定する食材の提供はもとより、料理の方法、味付けまで、全て官僚がつくり上げています。

 地方も同様で、地方公務員はまぎれもなく、地方政治・地方行政をつくり上げる唯一の政策シンクタンクであり、政策マシーンです。地方の多くは現業を委託会社へ移行しましたので、現在は窓口業務の他、全ての施策立案は数多くの地方公務員が担っています。私の経験では、首長自身が方向性やテーマを掲げることがあっても、具体的な施策は全て職員の手でつくり上げられるのが実態です。例えば私が市長時代に実施した「25人学級やホームスタディ制度(アメリカのホームスクールの日本版)、自然再生条例、地方自立計画、特別職の必置規定の廃止や、市民参加を中心とした市民による予算編成・公共事業における市民選択権保有条例、各種事業における市民によるスクラップアンドビルト(取捨選択)」など、全ての分野に渡っての政策は、職員が立案をしています。

 このように、地方公務員は国家官僚に負けないシンクタンクとしての優れた能力を持っています。なのに何故、声を上げず「一律的護送船団方式」と言われる再生事業はもとより、多くの施策を国に委ねているのでしょうか。地方交付税や補助金など財源を国に依存せざるを得ない厳しい現状にありますが、それらを超えて、地方公務員の力を発揮しなければ「ふる里が消える最悪の未来」を迎えてしまうかも知れません。

(次号・地方自身が財源を創造する)

NPO法人地方自立政策研究所・財団法人日本自治創造学会理事長

埼玉大学経済短期大学部卒業。埼玉県職員、足立町(現志木市)職員を経て、志木市議会議員、議長、埼玉県議会議員、議長を歴任。2001年、志木市長に就任。2005年6月任期満了にともない退任。2005年7月、NPO法人地方自立政策研究所理事長。2010年4月より一般財団法人日本自治創造学会理事長に就任。著書に『教育委員会廃止論』(弘文堂)、『地方自立 自立へのシナリオ』〔監修〕(東洋経済新報社)、『自治体再生への挑戦~「健全化」への処方箋~』(ぎょうせい)、『シティマネージャー制度論~市町村長を廃止する~』(埼玉新聞社)、『Xノートを追え!中央集権システムを解体せよ』(朝日新聞出版)などがある。

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