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全日空も44時間遅延 ドイツ大規模ストで空港停止 賃上げ要求はフランスでも「我々の革命」物価高へ抵抗

堀潤ジャーナリスト
フランス・ロレーヌ地方の小さな街メッスでもデモ。若い世代が目立つ 撮影:堀 潤

■過去数十年で最大のストライキ 高インフレが背景

ドイツでは27日、空港・バス・鉄道駅が一斉にストライキに入った。

全国統一サービス労働組合(Verdi)と鉄道・運輸労働組合(EVG)はインフレによる物価高に対応するため、それぞれ10.5%、12%の賃上げを求め24時間の大規模ストライキを呼びかけていた。筆者はストライキ直前、丁度フランスから日本に帰国途中でフランクフルト空港にいた。

フランクフルト空港はSNSで「ストライキ期間中は空港から出られなくなる可能性がある」と利用客への注意を促し、航空各社も対応に追われた。

フランクフルト空港では26日夜からストライキの影響 撮影:堀 潤
フランクフルト空港では26日夜からストライキの影響 撮影:堀 潤

フランクフルトと羽田を結ぶ、27日午後8時45分発の全日空(NH224便)は、44時間あまりの出発遅延で、29日午後5時10分に変更となった。

ドイツ国内のほぼ全ての空港が停止し、40万人の利用客が影響を受けると見込まれている。

運輸関係による今回の一斉ストライキは過去数十年で最大規模。いかに働く人々の暮らしが困窮しているのかを表している。

ドイツでは、今月1日に発表された2月の消費者物価指数(CPI)が、EU基準で前年同月比9.3%上昇と1月の9.2%上昇から加速し、市場の予想を上回った。

ルフトハンザは先月17日にもストライキを決行 1200便が欠航した 撮影:堀 潤
ルフトハンザは先月17日にもストライキを決行 1200便が欠航した 撮影:堀 潤

このまま賃上げが実現されなければ、ストライキは今後も断続的に行われる見込みだ。ルフトハンザ航空は3月下旬から10月下旬にかけ計3万4千便分の運行を取りやめる方針だと地元経済紙が報じている。

■「我々の革命だ」仏では年金改革反対に加え、賃上げデモも

今月23日にフランスメッス市で開かれたデモ マクロン大統領への厳しい声がプラカードに 撮影:堀 潤
今月23日にフランスメッス市で開かれたデモ マクロン大統領への厳しい声がプラカードに 撮影:堀 潤

一方、政府が推し進める年金改革に反対するデモが全国に波及しているフランス。

マクロン大統領は受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる年金改革を年内にも断行するとあらためて表明。テレビ番組でのインタビューで「暴力には屈しない」とコメントした。

マクロン大統領のテレビ出演を報じる23日の地元紙朝刊「頑固だ!」との見出し 撮影:堀 潤
マクロン大統領のテレビ出演を報じる23日の地元紙朝刊「頑固だ!」との見出し 撮影:堀 潤

パリやボルドーなどではデモ参加者の一部が店のガラスや公共物などを破壊したり放火するなどし、催涙弾などで警官隊が鎮圧を図り激しく衝突する様子が見られたものの、実はデモ参加者の多くが非暴力で行進し、声をあげていた。

筆者が23日に取材したドイツ国境に近い街、メッス市では統制の取れた行進が行われ、音楽やアートなどを交えた平和的な行動で改革への反対を訴えていた。

手を繋ぎ、互いに声をかけ合いながらデモに参加する市民 撮影:堀 潤 (Metz)
手を繋ぎ、互いに声をかけ合いながらデモに参加する市民 撮影:堀 潤 (Metz)

マクロン大統領のテレビでの発言は、あたかも抗議者全体が「暴力的」だという印象を世界に与え、抗議行動の正当性を傷つける意図があるとして、参加者の中には「我々は暴徒、破壊者ではない」と言う声もあった。

筆者が、2019年の香港デモを取材した際にも、一部メディアでは「若者が暴徒化している」と伝え、日本で報道を見る人たちにある一定の印象を植え付けていたことを思い出した。

煙に包まれているのは、参加者が持っていた発煙等のもの  撮影:堀 潤 (Metz)
煙に包まれているのは、参加者が持っていた発煙等のもの  撮影:堀 潤 (Metz)

笛や太鼓のリズムにのせ「退陣せよ!」という掛け声が響く 撮影:堀 潤  (Metz)
笛や太鼓のリズムにのせ「退陣せよ!」という掛け声が響く 撮影:堀 潤 (Metz)

メッスでのデモはとても落ち着いていた。

車椅子での参加者やデモの行列と行列の間を往くキッチンカーでビールを買って談笑しながら声をあげる参加者の様子も見られ、メディア報道で見られるような激しい衝突ばかりがデモの全てではないことをあらためて実感させる光景だった。

列を見守りながら一緒に声を上げる姿も 撮影:堀 潤  (Metz)
列を見守りながら一緒に声を上げる姿も 撮影:堀 潤 (Metz)

キッチンカーがデモの隊列と隊列の間をゆっくりと走っていた 撮影:堀 潤
キッチンカーがデモの隊列と隊列の間をゆっくりと走っていた 撮影:堀 潤

キッチンカーでビールを注文し、一杯飲んでからまたデモに戻る人たちも 撮影:堀 潤
キッチンカーでビールを注文し、一杯飲んでからまたデモに戻る人たちも 撮影:堀 潤

■去年は3回の最低賃金の引き上げ それでもまだ届かない

一方で、デモには若い世代の参加者が非常に多いことに目が留まった。彼らが掲げる横断幕や掛け声のメッセージには賃上げの要求も含まれていた。

最低賃金を1ヶ月2000ユーロ(日本円で約28万円)に引き上げるよう求める内容だった。全国に約71万人の組合員がいるフランスの5つ主要労組のひとつ、労働総同盟(CGT)の主張だ。

デモ参加者は若い世代が多く参加 必ずしも労働組合に属している訳ではない 撮影:堀 潤
デモ参加者は若い世代が多く参加 必ずしも労働組合に属している訳ではない 撮影:堀 潤

物価の高騰分に多くの労働者の賃金が追いついていないと実感しているという 撮影:堀 潤 (Metz)
物価の高騰分に多くの労働者の賃金が追いついていないと実感しているという 撮影:堀 潤 (Metz)

実は、フランスでは日本と違って1年間のうちに度々法定最低賃金(SMIC)が引き上げられてきた。

去年2022年は、1月、5月、8月の3回、今年1月1日にも時給11.27ユーロ(日本円で約1600円)への引き上げが行われた。フルタイムの就労では1709.28ユーロ(日本円で24万2千円)という額だ。

フランスでは、物価上昇が前回の引き上げから2%を超えるとその物価上昇分、SMICを引き上げることになっているが、政治裁量でさらに引き上げることも可能だ。

今回若者たちが政府に求めているのは、その政治裁量の部分だという。

パリ東駅周辺では若いホームレスの姿も珍しくない 撮影:堀潤 (Paris)
パリ東駅周辺では若いホームレスの姿も珍しくない 撮影:堀潤 (Paris)

というのも、日本の独立行政法人「労働政策研究・研修機構」によると、2月8日にフランス政府によって公表された被用者全体の賃金水準に関する調査結果によると、物価上昇に法定最低賃金は追いつくかたちとなっているが、被用者全体の賃金水準の上昇は物価の高騰に追いついていない。

パリ市内での取材中に出会った、20歳代の清掃作業員の男性は「政府は我々の暮らしの痛みを知ろうとしていない。マクロン大統領の言葉は政治家の言葉で信用できない。働いても働いても苦しい、そんな我々の声に耳を傾けてほしい」と訴えていた。

22日、これまでのデモの影響でパリ市内に溢れたゴミの片付けをしていた男性 気さくに取材に応じてくれた 撮影: 堀 潤 (Paris)
22日、これまでのデモの影響でパリ市内に溢れたゴミの片付けをしていた男性 気さくに取材に応じてくれた 撮影: 堀 潤 (Paris)

一方で、政府に対して「政治判断の上乗せは抑制すべき」という報告書を提出した専門家会議の判断は次のとおりだ。

フランス経済は2006年以降、貿易収支の赤字が続いており、競争力の低下がみられ、構造的に脆弱な状態にあり、その結果として失業率が高水準となっている。以上のような分析に基づき、物価上昇分を超えるSMIC引き上げは低賃金層への効果的な解決策ではないと結論づけた。(「労働政策研究・研修機構」リポートより)

根本的に産業としての稼ぐ力低下しており、これ以上の賃金上昇は企業活動への負担となりさらなる停滞を招くリスクがあるとしている。

タクシーの運転手で生計を立てる男性も、物価の急上昇にはため息をついた 撮影:堀 潤 (Paris)
タクシーの運転手で生計を立てる男性も、物価の急上昇にはため息をついた 撮影:堀 潤 (Paris)

■貿易赤字定着の日本が重なるジレンマ

このジレンマは、そのまま日本の暮らしと経済にも共有できる課題だ。

財務省が先月16日に発表した1月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は3兆4966億円の赤字だった。円安や資源高で輸入が増えたことも要因だが、自動車や半導体部門での輸出に力強さが見られず、中国向けの輸出の停滞も響いた。

かつては、貿易黒字が常連だった日本経済。しかし、2022年までのこの10年間での通算の収支は44兆4340億円の赤字だ。

原材料高は街の商店を苦しめている 撮影:堀 潤 (Metz)
原材料高は街の商店を苦しめている 撮影:堀 潤 (Metz)

フランス政府は新しい産業づくりを急いでいる。2020年からスタートアップ企業などへの支援を強化し、医療機器の製造や水素エネルギーの開発、若手人材の育成、失業対策室の増員などを進めてきた。60億ユーロ(日本円で約8500億円)の投資計画による技術系のスタートアップ支援などに力をいれ、新たな稼ぎ頭の創造を模索してきた。事業転換を図りたいフランスに対し、ガソリン車の延命を求めたドイツとのEU内での対立が注目を集める程、転換を図る強い意志は示している。

しかし、そうした成長戦略はまだ国民の暮らしへの不安を払拭するほどの萌芽とはなっていない。

メッス市内でのデモを終え、しばらく経った後街中で偶然、参加者と再会。話しかけてくれた。 撮影: 堀 潤
メッス市内でのデモを終え、しばらく経った後街中で偶然、参加者と再会。話しかけてくれた。 撮影: 堀 潤

メッス市内でのデモの取材を終え、しばらくして街中を歩いていると前から歩いてきた男性が「さっき撮影をしていた日本の方ですよね?」と声をかけてくれた。デモの最中にも慌ただしくインタビューした22歳のこの男性は、漫画やアニメを通じて日本への強い憧れを抱いていると教えてくれた。

デモの最中、彼や周囲にいた参加者たちに「日本にも高齢化による年金問題や賃金が上がらない問題がある」と伝えていた。「これからも連帯しましょう」と互いに握手をして肩を叩き合いSNSの連絡先を交換して別れた。

デモ最中のインタビューでは、筆者の英語での質問に対し、フランス語で捲し立てるように回答してくれたので、その場では何を伝えているのかわからなかった。

日本から取材に来たというと「革命を伝えてほしい」と声をかけてくれる若者が何人もいた 撮影: 堀 潤
日本から取材に来たというと「革命を伝えてほしい」と声をかけてくれる若者が何人もいた 撮影: 堀 潤

あらためて、帰国する飛行機の中で撮影したデモの映像を見返し、翻訳をしてみると、彼は「自分たちの生きる権利のために声を上げる」と語り、最後に「絶対に諦めない」と声を張り上げていた。

「沈黙」を破る行動はここ日本で何が馴染むのか? 「危機」への自覚と、「創造」のための行動が問われている。

フランスでの現場ルポ。生の声を映像でぜひ見ていただきたい。

ジャーナリスト

NPO法人8bitNews代表理事/株式会社GARDEN代表。2001年NHK入局。「ニュースウォッチ9」リポーター、「Bizスポ」キャスター。2012年、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で客員研究員。2013年、NHKを退局しNPO法人「8bitNews」代表に。2016年(株)GARDEN設立。現在、TOKYO MX「堀潤モーニングFLAG」キャスター、Amazon Music「JAM THE WORLD」、ABEMA「AbemaPrime」コメンテーター。2019年4月より早稲田大学グローバル科学知融合研究所招聘研究員。2020年3月映画「わたしは分断を許さない」公開。

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