全日空も44時間遅延 ドイツ大規模ストで空港停止 賃上げ要求はフランスでも「我々の革命」物価高へ抵抗
■過去数十年で最大のストライキ 高インフレが背景
ドイツでは27日、空港・バス・鉄道駅が一斉にストライキに入った。
全国統一サービス労働組合(Verdi)と鉄道・運輸労働組合(EVG)はインフレによる物価高に対応するため、それぞれ10.5%、12%の賃上げを求め24時間の大規模ストライキを呼びかけていた。筆者はストライキ直前、丁度フランスから日本に帰国途中でフランクフルト空港にいた。
フランクフルト空港はSNSで「ストライキ期間中は空港から出られなくなる可能性がある」と利用客への注意を促し、航空各社も対応に追われた。
フランクフルトと羽田を結ぶ、27日午後8時45分発の全日空(NH224便)は、44時間あまりの出発遅延で、29日午後5時10分に変更となった。
ドイツ国内のほぼ全ての空港が停止し、40万人の利用客が影響を受けると見込まれている。
運輸関係による今回の一斉ストライキは過去数十年で最大規模。いかに働く人々の暮らしが困窮しているのかを表している。
ドイツでは、今月1日に発表された2月の消費者物価指数(CPI)が、EU基準で前年同月比9.3%上昇と1月の9.2%上昇から加速し、市場の予想を上回った。
このまま賃上げが実現されなければ、ストライキは今後も断続的に行われる見込みだ。ルフトハンザ航空は3月下旬から10月下旬にかけ計3万4千便分の運行を取りやめる方針だと地元経済紙が報じている。
■「我々の革命だ」仏では年金改革反対に加え、賃上げデモも
一方、政府が推し進める年金改革に反対するデモが全国に波及しているフランス。
マクロン大統領は受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる年金改革を年内にも断行するとあらためて表明。テレビ番組でのインタビューで「暴力には屈しない」とコメントした。
パリやボルドーなどではデモ参加者の一部が店のガラスや公共物などを破壊したり放火するなどし、催涙弾などで警官隊が鎮圧を図り激しく衝突する様子が見られたものの、実はデモ参加者の多くが非暴力で行進し、声をあげていた。
筆者が23日に取材したドイツ国境に近い街、メッス市では統制の取れた行進が行われ、音楽やアートなどを交えた平和的な行動で改革への反対を訴えていた。
マクロン大統領のテレビでの発言は、あたかも抗議者全体が「暴力的」だという印象を世界に与え、抗議行動の正当性を傷つける意図があるとして、参加者の中には「我々は暴徒、破壊者ではない」と言う声もあった。
筆者が、2019年の香港デモを取材した際にも、一部メディアでは「若者が暴徒化している」と伝え、日本で報道を見る人たちにある一定の印象を植え付けていたことを思い出した。
メッスでのデモはとても落ち着いていた。
車椅子での参加者やデモの行列と行列の間を往くキッチンカーでビールを買って談笑しながら声をあげる参加者の様子も見られ、メディア報道で見られるような激しい衝突ばかりがデモの全てではないことをあらためて実感させる光景だった。
■去年は3回の最低賃金の引き上げ それでもまだ届かない
一方で、デモには若い世代の参加者が非常に多いことに目が留まった。彼らが掲げる横断幕や掛け声のメッセージには賃上げの要求も含まれていた。
最低賃金を1ヶ月2000ユーロ(日本円で約28万円)に引き上げるよう求める内容だった。全国に約71万人の組合員がいるフランスの5つ主要労組のひとつ、労働総同盟(CGT)の主張だ。
実は、フランスでは日本と違って1年間のうちに度々法定最低賃金(SMIC)が引き上げられてきた。
去年2022年は、1月、5月、8月の3回、今年1月1日にも時給11.27ユーロ(日本円で約1600円)への引き上げが行われた。フルタイムの就労では1709.28ユーロ(日本円で24万2千円)という額だ。
フランスでは、物価上昇が前回の引き上げから2%を超えるとその物価上昇分、SMICを引き上げることになっているが、政治裁量でさらに引き上げることも可能だ。
今回若者たちが政府に求めているのは、その政治裁量の部分だという。
というのも、日本の独立行政法人「労働政策研究・研修機構」によると、2月8日にフランス政府によって公表された被用者全体の賃金水準に関する調査結果によると、物価上昇に法定最低賃金は追いつくかたちとなっているが、被用者全体の賃金水準の上昇は物価の高騰に追いついていない。
パリ市内での取材中に出会った、20歳代の清掃作業員の男性は「政府は我々の暮らしの痛みを知ろうとしていない。マクロン大統領の言葉は政治家の言葉で信用できない。働いても働いても苦しい、そんな我々の声に耳を傾けてほしい」と訴えていた。
一方で、政府に対して「政治判断の上乗せは抑制すべき」という報告書を提出した専門家会議の判断は次のとおりだ。
フランス経済は2006年以降、貿易収支の赤字が続いており、競争力の低下がみられ、構造的に脆弱な状態にあり、その結果として失業率が高水準となっている。以上のような分析に基づき、物価上昇分を超えるSMIC引き上げは低賃金層への効果的な解決策ではないと結論づけた。(「労働政策研究・研修機構」リポートより)
根本的に産業としての稼ぐ力低下しており、これ以上の賃金上昇は企業活動への負担となりさらなる停滞を招くリスクがあるとしている。
■貿易赤字定着の日本が重なるジレンマ
このジレンマは、そのまま日本の暮らしと経済にも共有できる課題だ。
財務省が先月16日に発表した1月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は3兆4966億円の赤字だった。円安や資源高で輸入が増えたことも要因だが、自動車や半導体部門での輸出に力強さが見られず、中国向けの輸出の停滞も響いた。
かつては、貿易黒字が常連だった日本経済。しかし、2022年までのこの10年間での通算の収支は44兆4340億円の赤字だ。
フランス政府は新しい産業づくりを急いでいる。2020年からスタートアップ企業などへの支援を強化し、医療機器の製造や水素エネルギーの開発、若手人材の育成、失業対策室の増員などを進めてきた。60億ユーロ(日本円で約8500億円)の投資計画による技術系のスタートアップ支援などに力をいれ、新たな稼ぎ頭の創造を模索してきた。事業転換を図りたいフランスに対し、ガソリン車の延命を求めたドイツとのEU内での対立が注目を集める程、転換を図る強い意志は示している。
しかし、そうした成長戦略はまだ国民の暮らしへの不安を払拭するほどの萌芽とはなっていない。
メッス市内でのデモの取材を終え、しばらくして街中を歩いていると前から歩いてきた男性が「さっき撮影をしていた日本の方ですよね?」と声をかけてくれた。デモの最中にも慌ただしくインタビューした22歳のこの男性は、漫画やアニメを通じて日本への強い憧れを抱いていると教えてくれた。
デモの最中、彼や周囲にいた参加者たちに「日本にも高齢化による年金問題や賃金が上がらない問題がある」と伝えていた。「これからも連帯しましょう」と互いに握手をして肩を叩き合いSNSの連絡先を交換して別れた。
デモ最中のインタビューでは、筆者の英語での質問に対し、フランス語で捲し立てるように回答してくれたので、その場では何を伝えているのかわからなかった。
あらためて、帰国する飛行機の中で撮影したデモの映像を見返し、翻訳をしてみると、彼は「自分たちの生きる権利のために声を上げる」と語り、最後に「絶対に諦めない」と声を張り上げていた。
「沈黙」を破る行動はここ日本で何が馴染むのか? 「危機」への自覚と、「創造」のための行動が問われている。
フランスでの現場ルポ。生の声を映像でぜひ見ていただきたい。