デモ隊と衝突 香港で催涙弾 「警察学校で習ったこととは違う」現場を去った警察官たちの本音を聞いた

デモをきっかけに退職した香港警察の警察官が匿名でインタビューに応じた。撮影:堀潤

再び香港の繁華街が催涙弾の白煙に包まれた。

きょう24日、香港島の中心、銅鑼湾(コーズウェイベイ)に集まった数千人のデモ行進に対して、武装した警官隊が強制排除に乗り出し、若者たちと激しく衝突。現地メディアによると、民主派の区議を含む120名以上が逮捕された。

香港政府は現在、新型コロナウィルス対策として公共の場での9人以上の集まりを禁じており、当局は「違法なデモだ」と主張し排除した。

写真は昨年秋、武装した警察官たちの様子 コロナ禍以降再び大規模な衝突へ 撮影:堀潤
写真は昨年秋、武装した警察官たちの様子 コロナ禍以降再び大規模な衝突へ 撮影:堀潤

今回の抗議行動のきっかけは、今月22日に開幕した中国の全人代=全国人民代表大会。香港の治安維持のための法律「国家安全法」を中国政府主導で制定し、中国の関係機関による取り締まりを認める方針が打ち出されたからだ。国家の分裂行為の予防や処罰などが盛り込まれており、中国政府による社会統治強化策への反発の声は大きい。「一国二制度が本当に終わってしまう」「言論の自由も、政治の自由も失われる」と危機感を募らせる声がSNSなどで拡散されてきた。

また、27日には中国国歌への侮辱行為に罰則を科す「国歌条例案」が、香港の立法会(議会)で審議される予定で、香港政府や中国政府に対する抗議の声はさらに広がっていきそうだ。

■コロナ禍による入国制限の直前、現地で香港警察への取材を試みた

筆者はこれまで度々香港を訪ね、民主主義を守ろうと最前線で抵抗を続ける若者たちへの取材を続けてきた。一方で、香港の警察官はどのような思いで任務にあたってきたのだろうかと、彼らへの接触も試みてきた。職務について外部へ漏らすことは、内規違反だ。交渉は難航したが、今年1月、デモをきっかけに退職した二人の警察官に、現地で話を聞くことができた。

デモに参加する若者たち 撮影:堀潤
デモに参加する若者たち 撮影:堀潤

待ち合わせは香港郊外の住宅街だった。中国武漢市を中心に広がった新型のコロナウィルスに感染した患者が、香港でも次々と増えていた。駅前を行き交う人々は子供もお年寄りも皆マスクをつけている。通訳として同行してくれた陳逸正さんが「香港人はSARSを経験しているので今回はマスクの着用が徹底されています。でも、政府は自分たちからマスク着用の呼びかけはあまりしない。マスク禁止法を言い出した手前、言いたくないんでしょう」と皮肉たっぷりにニコッと笑ってそう言った。

人混みの間から、長身の男性が現れた。頭髪は刈り上げで整えられ、背筋がすらりと伸びていた。ロングコートが彼の姿勢の良さをさらに際立たせていた。鍛えられた体格が警察官らしさを感じさせた。

匿名が条件だった。着ている服もできることなら撮影して欲しくないと慎重だった。映像では声も加工してほしいとリクエストがあった。約束をするとようやく笑みがこぼれた。カバンの中から、警察官時代に支給されたという身分証を入れる革製のケースを取り出し見せてくれた。背面には香港警察のエンブレムの刻印。使い込まれて少し柔らかくなっていた。

ファンさん(仮名)が見せてくれた皮のケースには香港警察のエンブレム 撮影:堀潤
ファンさん(仮名)が見せてくれた皮のケースには香港警察のエンブレム 撮影:堀潤

オフレコで、警察学校への入学時期や勤務内容などを確認。団地の公園の片隅に座ってインタビューが始まった。ここでは仮名のファンさんとしておきたい。

ファンさんの退職の引き金は6月12日の抗議デモだった。逃亡犯条例に抗議する若者たちが数万人規模で議会前に集結。各々が雨傘をさして道路を占拠した。平和的なデモのはずだった。しかし、警察はこの日、機動隊員を投入。催涙弾や暴徒鎮圧用の「ビーンバック弾」を多数発射し強制排除に乗り出した。雨のように降ってくる催涙弾で辺りは白煙に包まれ、若者たちが悲鳴をあげながら逃げ惑った。この衝突で双方70名以上の負傷者が出た。

■「警察学校で教わったこととは違う」と苦悩

ファンさんは雨傘革命以降、民主派を支持していた。中国の支配力が強まり香港が変容していく様子に危機感を抱いたからだ。警察の内部にいることで、変えられるものがあるかもしれないと期待も抱いていた。しかし、この日、指揮官が下した命令は度を越していた。同僚たちは「法を守らせ、秩序を維持するのが自分たちの役割だ」と言って、デモ隊の鎮圧は当然だという空気が大勢を占めていたと振り返る。しかし、ファンさんは言う。「警察学校では、デモを鎮圧する際には相手と同等の武力に抑えて鎮圧するよう教えられた。警棒で頭を殴ってはいけないというのも基本だ。しかし、今回は違う。警察の行動はエスカレートしていった。正義のボーダーラインがどんどん低くなっている」。目の前で起きていることと、自分の意思との乖離。しかし、口にすることができなかった。

ファンさんは言葉を選びながら慎重に答えてくれた 撮影:堀潤
ファンさんは言葉を選びながら慎重に答えてくれた 撮影:堀潤

ある日、上司や同僚と食事をしているときにこう尋ねられたという。「最前線で、デモ隊に参加している知り合いからレンガを投げられたとしよう。君は警棒をふるか、その人を撃つか、それができるか?」。ファンさんは質問に答えなかった。それで咎められることはなかったというが、若者たちを支持していることは伝わった様子だった。ファンさんは言う。「相手が知らない人であっても、警棒で殴りかかることは僕はしないと思います。自分の良心を守りたい。いわゆる初心を忘れるべからず。警察官になって自分の中の正義のボーダーラインがどんどん低くなっていた」と言い、本当の思いを上司や同僚たちにぶつけられなかったのがとても辛かったと下を向いた。

上司はファンさんに「勤務後に制服を脱いだら、デモに参加しにいくのか?」と冗談めかして聞くこともあったと言う。ファンさんは退職を決意した。辞めてまでも何を守りたかったのか?そう尋ねると「ずっと前から、中学生の頃から、香港は民主的な文明社会を望んでいる。心から民主を支持しています。だから、デモ隊の人たちは、私よりも、前に立っている。ずっと自分が守り続けたものの方が正確だと確信している」と答えた。「迷いはありませんでしたか?」そう尋ねると、ファンさんはさらに語気を強めてこう言った。「例え、法律から私が間違っていると言われても、きっと最後に歴史から無罪と言ってくれるだろう、そう思っています」。

防毒マスク姿の警察官たち、覆面の向こう側を知りたい 撮影:堀潤
防毒マスク姿の警察官たち、覆面の向こう側を知りたい 撮影:堀潤

最後に、ファンさんに様々な疑問をぶつけてみた。今、デモ隊を鎮圧する警官隊の会話から北京語が聞こえると言う話も聞く。中国から送り込まれている隊員もいるのか?と聞くと、返答は興味深かった。「退職後は一切、同僚から連絡がこなくなったし、接触もない。だから今のことはわからない。しかし、気がついたことがある。現場の映像を見ていると警棒の握り方が違う警察官が目立つ。私が警察学校で習った持ち方ではないのです。あれは誰なのか。今、最前線にいる警察官たちにはこう言いたい。せめて、本来の香港警察のやり方をしてほしい。催涙弾は水平に構えて直接撃ちこむのではなく空に向けること。現場の判断ですぐにできることです」。

ファンさんは今、政府の対応に反対する集会などに積極的に参加し、同じ民主派の仲間と共に自ら声もあげ続けている。

しかし、彼は元警察官。民主派の仲間の中から「信頼できない」と突き放されることもあったという。それでも彼は前を向いている。

■「香港人と香港人が、お互い傷つけあっている」女性警察官の葛藤

 デパートやレストランなどが集まる香港島の中心部、銅鑼灣(コーズウェイベイ)。大通りから一本奥に入った道沿いに建つ雑居ビル。11階を訪ねた。警察官を辞めて区議会議員選挙に立候補した元警察官を訪ねるためだ。

インターホンを鳴らすと、茶色い髪を一つに束ねた小柄な女性が出てきた。

香港区議会選挙で当選した元警察官、キャシー・ヤウさん。新型コロナについて市民からの相談にも乗っていた 撮影:堀潤
香港区議会選挙で当選した元警察官、キャシー・ヤウさん。新型コロナについて市民からの相談にも乗っていた 撮影:堀潤

邱●(さんずいに文)珊(キャシー・ヤウ)さん。37歳。去年7月、約11年間勤めた香港警察を退職し、区議会議員選挙に立候補。54%を超える得票数で初当選した。開設したばかりの事務所にはチラシやのぼり、段ボール箱に入った資料などが積み上がったまま。インタビュー中も、地元の区民がヤウさんを訪ねにきた。新型ウィルスに備えるために、マスクを求めてヤウさんに会いにきた人たちだった。箱の中から、マスクを数枚取り出し、玄関口で快く応対していた。ヤウさんは「区民の期待に応えるために、休みもない毎日ですよ」と頭を掻きながら笑った。八重歯が印象的だ。

事務所には仲間と立ち上がったヤウさんの選挙ポスター 撮影:堀潤
事務所には仲間と立ち上がったヤウさんの選挙ポスター 撮影:堀潤

ヤウさんへのインタビューは約45分。その中で繰り返し語ったのは「香港人と香港人が、お互い傷つけあっている」現状について。本来、市民を守るべき警察官。しかし、催涙弾を放ち、倒れている若者に警棒を振り下ろし、首元を足で踏みつけている様子が、見ていて本当に辛いと繰り返した。なぜこうした「分断」が起きてしまったのか、その背景に目を向けてほしいと語りかけた。

ヤウさんは、2008年に警察官になった。交番勤務や警備の任務を経験してきた。警察官時代の写真がないか尋ねると、香港在住の日本人カメラマンがたまたま撮影した後ろ姿のヤウさんの写真を見せてくれた。押し車に荷物を乗せて横断歩道を渡るお年寄りに寄り添い、誘導している写真だ。「私が思う、本来の警察官の姿です」と、懐かしそうに写真を見つめていた。

2018年に撮影されたヤウさんの警察官姿 日本人カメラマンのFacebookを嬉しそうに見せてくれた 撮影:堀潤
2018年に撮影されたヤウさんの警察官姿 日本人カメラマンのFacebookを嬉しそうに見せてくれた 撮影:堀潤

6月以降、デモ隊と警官隊との攻防が激しくなり、ヤウさんも後方での警備を任されることになった。防毒マスクを携帯しての待機。3週間の間、休みはなく毎日12時間以上働いた。逮捕者、負傷者の数は日に日に増えていった。警察のゴム弾によって右目を失明した女性の映像に、胸が痛んだ。警備のため街をパトロールしていると、強い口調で市民からこう罵られた。「黒警め!」。黒警とはデモを支持する人たちが警察官を非難するときに使う言葉として定着していた。日本語の訳では「ヤクザ警察」「闇の警察」などだろうか。罵倒するときに使う。ヤウさんは、今でもその時の声を鮮明に覚えている。誇りを持って働いていた警察官。いつの間にか、市民との間に深い深い分断が起きていた。辛く、悲しい感情が湧いたが、一方で、市民の気持ちも理解できた。

■林鄭行政長官の警護を同僚の女性警察官と担当、退職の背中を押した

退職する直前、林鄭行政長官の警護を同僚の女性警察官と担当した。制服ではなく私服姿での警護。当然、顔も公になる。いつか「あの時の警察官だな」と市民に言われるのだろうかと、不安がよぎったという。これ以上、対立に加担することはできないと、ヤウさんは、上司に退職を申し出た。「何があったのか?誰かに脅されたのか?」と質問を受けた。上司は驚いている様子だったという。「政治が原因で辞めたいのか?」という質問に、「一部はそうだ」と答えた。上司はヤウさんにこう言ったという。「君から、私に何かアドバイスをくれないか?」。上司も悩んでいたのだろうか。ヤウさんの決意は変わらなかった。ヤウさんは退職後、パトロールの任務で馴染みがあった湾仔(わんちゃい)地区でボランティア活動に参加するようになった。デモ隊と警官隊との衝突で壊れた歩道の柵や穴が空いた歩道の修理を地元政府に呼びかける取り組みだった。

ヤウさんは終始穏やかな口調で「分断を乗り越えたい」と語った 撮影:堀潤
ヤウさんは終始穏やかな口調で「分断を乗り越えたい」と語った 撮影:堀潤

地域の分断を強く感じた。人々の繋がりを再生する取り組みが必要だと、次第に政治を意識するようになったという。ヤウさんはボランティアグループ仲間とともに区議会議員選挙への立候補を決めた。

ヤウさんは首元にかけていた議員の証明書を見ながらインタビューの最後にこういった。「この証明書があっても、なくても、私は変わりません。民主主義は大切な価値です。地域の人たちのために耳を傾け、行動を続けたい。民主化を求める人たちのお手伝いをしたいのです」。

※記事の一部は、堀潤著「わたしは分断を許さない 香港、朝鮮半島、シリア、パレスチナ、福島、沖縄。「ファクトなき固定観念」は何を奪うのか?」(実業之日本社)より引用