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小2男児の児童館バット事件から考える「今後社会が目指す姿」

平岩国泰放課後NPOアフタースクール代表理事
(写真:アフロ)

2018年になりました。今年も子ども関連の社会問題や現場の声を届けていきたいと思っています。

昨年末に「小2男児が児童館職員をバットで殴打」というニュースが流れました。この事件は子育てに関する様々な難しい問題が含まれており、専門家の方もコメントに悩む姿を見かけました。

私自身が感じている現代の悩ましい環境は「子育てに関わる様々な人が不満を溜め込んでおり、身近なところで爆発している」というものです。

○結構な頻度で起こるトラブル

神戸市の児童館の事件を聞いた時に初めに感じたのは「そういう話が現場では結構ある」ということでした。バットを使ってというケースは珍しいですが、ボランティアで来たシニアの方が子どもに殴られて骨折する、子ども同士のトラブルを解決しようと仲裁に入ったところ自分が殴られた、こんな話が実際にあります。また殴られないまでも、スタッフ側にも子どもによる怪我やトラブルが発生するのは事実です。みんな体を張って仕事をしています。

○犯人探しが始まる現実

トラブルが起きると責任は誰に?と犯人探しが始まってしまう現実もあります。今回の件でも、子どもの責任?保護者の責任?児童館の不手際?市の責任もあるのでは?と様々な責任が叫ばれました。もちろんトラブルが起きて怪我人がいる以上、解決が必要ですし、原因をしっかりと考えていくことも大切です。

一方で子どもへの責任追及は難しい面もありますし、トラブルを起こしてしまった子の保護者は子ども以上に苦しんでいることもあります。また責任論が行き過ぎると、教員や大人たちは子どもたちや保護者と距離を取ってしまい、踏み込んだ指導やフォローができなくなる懸念もあります。実際に教員の世界では個人として「訴訟保険」に入る先生が数多くおり、子どもや保護者から身を守る認識が広がっています。体を張るだけでなく、心のリスクも大きいとなると子育ての仕事そのものに就く人も減ってしまうかもしれません。実際に先生や児童館職員が夢のある仕事に見えているかというと大いに疑問があります。

○2017年、気になった子どもの統計

昨年末に2017年に発表された子どもの統計の中で史上最多・最少だったものをまとめました。その中で特に気になったのが下記の統計です。

<史上最少の統計>

子どもの出生数 94万1千人(前年:97万7千人)

14−19歳の検挙人数 3.2万人(前年:3.9万人)

<史上最多の統計>

いじめの件数 32万4千件(前年:22万5千件)

児童虐待相談件数 12万3千件(前年:10万3千件)

家庭内暴力 2,700件(前年:2,500件)

「子どもの数は減っている。検挙される子どもも減っている。一方それにもかかわらず、いじめは増え続けている。また家庭内で親による虐待も、子どもによる暴力も増えている」となっています。

外の人に対する犯罪などは減って来ましたが親子でのトラブルを多く目にするようになりました。他校の生徒と決闘をするようなことは減りましたがいじめの認知件数が増え続けています。親が子どもを虐待すること、子どもが家庭内暴力をすることも増えてしまっています。

「大人も子どもも、鬱憤が溜まり身近な人を傷つけ合う」状態があるのです。

○鬱憤の要因は何か?

現代の子育ての世界では様々な「不安と不満」があります。

保育園が足りない、子どもの声が騒音だと言われる、電車でベビーカーが嫌がられる、マタニティマークが批判される、学童保育も足りない、公園で遊ぶとうるさいと言われる、公園の禁止事項が多すぎる、教員は家庭に責められる、教員がそもそも多忙過ぎる、親も完璧を求められる、、、

社会の「不寛容」が増している状態で、昔なら「子どもだから」と寛容に捉えられたことも難しくなってきています。また不安を社会で支えることも少なくなりました。「孤育て」と言われる状況で、個々の家庭で子育ての不安や不満が発散できずに滞留してしまっています。

保護者も大変、子どもも大変、学校も大変、と三方苦しい状況で、誰かを責めないと気が済まずに身近に鬱憤をぶつけ合ってしまう現実があるのです。

○必要なものは「ルールと意識」

このような鬱憤のスパイラルから抜け出すためにどうしたら良いでしょうか。もちろん、社会全体が「不寛容」から抜け出していくことが必要なのですが、なかなかに時間がかかりそうです。

必要なものは「ルールと意識」だと思います。

まずはルールです。東京都では2015年4月の改正で子どもの声を騒音規制の対象から除く条例を施行しました。これは日本だけの動きではなく、諸外国でも同様の条例を施行するケースがありました。「そんなことまでルールで決めるのか?」「ルールで全て解決するのか?」という疑問の声もありました。しかしながら、ルールは重要です。「人がもめた時に唯一の拠り所となるのがルール」という言葉をある弁護士さんからお聞きしました。ルールは「人を縛る」という意味もありますが、元々の語源は「まっすぐな棒」「ものさし」という説もあり、「人の共通理解の媒介となる」というものでもあります。まして日本人はルールを守ることを非常に重要視する国民性であります。「子どもの声は騒音ではない」というルールに社会の共通理解がついてくる状況が起きてくることが期待されます。ですので今後も子どもたちや保護者や学校を守るルールづくりを進めていきたいと思っています。

もう一つ重要なことは意識です。必要なのは「チームで子育てをする」という考え方です。そもそも日本人は長きにわたってチームで子育てをして来た国民です。

「地域で子どもを育てる」というスローガンを街の看板で見かけることがあります。日本人は世界でも稀に見るほど長きにわたって、チーム=地域で子育てをして来た国なのです。

だから教育機関は「保護者とチームメイトになろう」という考え方が大事だと思っています。子どもの教育に関する活動をしていると、はじめは保護者がサービス利用者で預かり側がサービス提供者のようになり、対立軸でご要望を仰る保護者が数多くいます。もちろん健全な要望は大切なのですが、度が過ぎるとスタッフの心身を苦しめることにもなります。しかし本来保護者と教育機関は「○○君を育てる」という共通目標を持つチームです。家庭でできること、学校でできること、地域でできることはそれぞれ違いますし、子どもにとっても1人の大人の目で見るより、複数の多様な目で見ていく方が健全です。保護者と教育機関はチームメイトなのです。チームメイトになるために重要なことはやはり「顔を合わせること」です。顔を合わせない中で、「あなたのせいだ」「責任はそちらだ」というのはやめて、早めに顔を合わせて共通の目標を語り合い、チームメイトになることです。そうしていると、いつしかクレームが励ましの声に変わり、強い苦情を言っていた保護者が弱みや悩みを相談してくれるようになります。

2018年、まだまだ少子化は続きますし、子育ての不安や不満は簡単には解消しませんが、鬱憤を身近にぶつけ合うスパイラルから、ルールと意識で「学校・家庭・地域がチームメイトとして子育てを出来る社会」に進化していければと願っています。

放課後NPOアフタースクール代表理事

放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業など担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職、教育の道に専念。子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年~文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員。2019年~新渡戸文化学園理事長。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)

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