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樋口尚文の千夜千本 第174夜『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(三池崇史監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
撮影=樋口尚文(KADOKAWA妖怪特撮映画祭)

もののあわれの情感はヤンキーな痛快さへ

映画黄金期の「邦画五社」の雄であった大映は、映画興行が不振を極めた1971年に倒産、1974年に徳間書店の傘下で新生大映が誕生し、さらに2002年には大映の映画と大映撮影所を含む全事業が徳間書店から角川書店に売却された。それゆえに、『羅生門』『雨月物語』といった名作から『ガメラ』シリーズまで角川、現在のKADOKAWAが権利を有している。そういう事情をご存知でない方への基礎知識として記したが、そんなKADOKAWAの新作『妖怪大戦争 ガーディアンズ』公開に併せた「妖怪特撮映画祭」が開催されていて、これは大変素晴らしいことだと思う。

というのも、派手で洒脱な東宝特撮に比べると、かつてはややキワモノじみた見られ方をされがちだった大映が生んだ異色の怪獣物、妖怪物、歴史スペクタクル物は、1960年代を中心に極めて独特な味わいの幻想世界を作りあげていたからだ。それらを今に蘇らせる「妖怪特撮映画祭」は、日本映画の蠱惑的な傍流を作り手への畏敬とともに再検証させてくれるまたとない機会である。『ゴジラ』の向こうを張った昭和『ガメラ』シリーズはいかにも垢抜けなかったが、設定から特撮の細部に至るキッチュな風味と凝り具合には独特な魅力があった。

そういった大映の企画のなかでも特に他社にない異彩を放ったものといえば『大魔神』シリーズと『妖怪』シリーズだろう。先ほど「垢抜けない」と記したのは、東宝の都会的なポップさが舶来の魅力だとすると、大映は子どもにはやや近寄りがたい暗く重厚なトーンや泥臭い土俗性が(特に時代劇では)お家芸であったからだ。だから、たとえば現代劇の昭和『ガメラ』シリーズでも、お子さま向けを決め込む前の第二作『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』などはアダルトな重苦しさと画面の暗さにお子さまの私は面食らったのだった。しかしまさにその暗さ、重厚さ、土俗性が『大魔神』シリーズでは圧倒的なファンタジーの厚みを実現することとなり、その延長上にある『妖怪百物語』『妖怪大戦争』『東海道お化け道中』の『妖怪』シリーズ・トリロジーを(こちらは滑稽味もふんだんであったが)ひじょうに味わい深いものにしたのだった。

その大映特撮の至宝『大魔神』はそもそも1920年のドイツ表現主義作品『巨人ゴーレム』をヒントに発想されたものだが、以後もテキサスを舞台にリメイクするといった噂などあったものの実現しなかった。それがデジタル時代の恩恵で今回の『妖怪大戦争 ガーディアンズ』に再登場することとなり、「妖怪特撮映画祭」はその「復活祭」の意味もあるようだ。2005年のリメイク第一作『妖怪大戦争』では角川印の『帝都物語』の魔人・加藤保憲が大映マークの『妖怪』シリーズに登場するという両社のうま味を活かしたアイディアが意表をついたが、今回のリメイク第二作では満を持して旧大映の財産『大魔神』の登場となった。

だが、今回の『妖怪大戦争 ガーディアンズ』には、あの大映の専売特許の暗さも重厚さも土俗性もない。ここにあるのはひたすらキッチュで陽性な妖怪世界の表現と、意外なほど生真面目な熱血少年の正義のメルヘンである。同じ妖怪を描くにしても、たとえば2000年の原口智生監督の傑作『さくや 妖怪伝』などはミニチュアもCGも活かしつつ往年の大映『妖怪』シリーズを彷彿とさせるフレーバーが(ドラマ部分にも)充満していたが(ちなみに原口監督は1968年の『妖怪百物語』の安田公義監督のコンテを私蔵しているという強者)、本作は2005年バージョンにもましてそういう60年代の旧作的な情緒は吹っ飛ばし、けたたましい喧騒の展開とコテコテのパロディ臭の強いデジタル絵図をもっていかにも三池流の『妖怪大戦争』に転生している。

なんとなく古寺に伝わる幽霊画のような旧作の「もののあわれ」は、ヤンキー漫画の痛快に上書きされた。そこはもう好きずきというほかないが、角川シネマ有楽町の「妖怪特撮映画祭」に展示されている旧作の人着(=人工着色)ロビイカードを眺めていたら、当時の映画館のあやしい見世物的な雰囲気がすでに怖く、さらに暗く重い画調のスクリーンに映る大魔神も大首もダイモンも全部本気で怖かったことを思い出した。シネコンにあの封切館のいかがわしさの片鱗もないように、本作にはまるで怖さというものがない。それがそもそもの狙いなのだから、その方針でオールスターで賑々しく完結してみせた本作ははあっぱれというべきかもしれない。だがその一方で、あの頃の映画館の胡乱で怖い闇を今どきのお子さまたちにも見せてあげられたらと本作を観ながら切に思ってしまうのだった。あの闇と怖さは、半世紀以上を経ても色褪せない情操のお宝である。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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