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今どき近所付き合いなんていらないっしょ、 なんて考えていると、近所付き合いより面倒なことになりますよ

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

 UR都市機構が数年前に20代から30代の1人暮らしの男女にアンケート調査を行ったところ、隣室や同じフロアーの人との近所付き合いがない人の比率は64%に上ったということです。近所付き合いなんて面倒なだけで何もメリットはないし、相手がどんな奴かも分からないのに、下手に関係を持ってもろくなことはない、という考えの人が多いのでしょう。これは何も若い人だけに限った傾向ではありません。世代全体に関しても、近所付き合いのない人の割合は平成に入った頃から急激に増加しており、平成19年で約40%になったことが国民生活白書などのデーターで示されています。現在は、その数値はもっと増えていることでしょう。

ソーシャル・キャピタルと騒音トラブル

 今の若い人は知らないと思いますが、昔の日本社会には「寄り合い」という慣習がありました。寄り合いとは、農事や地域の運営に関する相談や近隣相互の親睦のために、定期的に何処かの家に集まってみんなで酒や食事をする会合でした。この場合には当然、集まった家の人が酒や食事の用意をしなければならず、持ち回りとはいえ当番となった家の煩雑さは大変なものでした。

 今の社会では、この寄り合いのような付き合いはとても容認されないでしょう。付き合いの必要性を認識している人でも、あくまで自己に負担が掛からない範囲での話でなくては受け入れられるものでありません。しかし、以前のテレビ番組で、「無尽」を兼ねて寄り合いを続けている集落のレポートが放映されていましたが、60歳代ぐらいの主婦が、「若い時は、準備等が面倒でこの集まりが厭で厭でしょうがなかったが、今はその価値が理解でき、続けていて良かったと思っている」とコメントしていました。この寄り合いの話は単なる例示に過ぎず、これが日本社会に不可欠だというつもりはありませんが、このような面倒な付き合いにはそれなりの大きな効果があることは理解するべきと思います。

 その効果を表すのがソーシャル・キャピタル(social capital)という用語です。一般には社会関係資本と訳されることが多いのですが、その意味合いを考えると人間関係資本と訳した方が適切なように思います。すなわち、地域社会での人間関係や人々が持つ信頼関係は、一つの社会資本としての価値があるということを示した用語です。当然ですが、ソーシャル・キャピタルの豊かな社会では、人々の揉め事は少なくなり、それに要したはずの社会的なコスト負担も軽減されます。この傾向は騒音トラブルに関しては特に顕著に現れてきます。地域社会でのつながりの有無が、騒音問題の防止や解決に大きな影響があることは、様々なデーターで示されています。具体的なデーターを紹介しましょう。

近所付き合いの大きな効果

 下図は47都道府県に関して、近所付き合いのある人の比率と人口10万人当たりの騒音苦情件数の関係を調べたものです。近所付き合いの比率が最も高いのは島根県であり、最も低いのは誰もが納得する東京都でしたが、近所付き合いの有無と騒音苦情には相関関係が認められ、付き合い率が少なくなると騒音苦情件数が増加することが明確に示されています。

近所付き合い率と騒音苦情件数の関係(都道府県別)、筆者作成
近所付き合い率と騒音苦情件数の関係(都道府県別)、筆者作成

 大事なのはその序列だけではなく、影響の大きさです。近所付き合いの効果は大変に大きく、付き合い率の一番低い東京都では約40%、一番高い島根県では67%と2倍弱ですが、10万人当たりの騒音苦情件数を比較すると、東京都は島根県の約8倍もの値になっています。騒音の苦情件数は、近所付き合いの比率の何と3乗に逆比例して増加するという訳ですから、いかに近所付き合いの影響が大きいかが分かります。

 これらは都道府県毎の相対的な傾向を示したものですが、個人についての傾向を調べた結果も示しておきます。下図は、近隣から聞こえる様々な音についての邪魔感を大規模に調査した結果であり、それを相手に対しての好感度との関係で整理したものです。

音源者に対する好感度と音の邪魔感の関係:山本和郎著「コミュニティ心理学-地域臨床の理論と実践」をもとに筆者作図
音源者に対する好感度と音の邪魔感の関係:山本和郎著「コミュニティ心理学-地域臨床の理論と実践」をもとに筆者作図

 この結果では、音源者に「好意を持っている」場合は、「全く好意を持っていない」場合に較べ騒音の邪魔感の指摘率(やや邪魔+邪魔+非常に邪魔の合計)は約1/3に減少するという結果になっています。これは大体想像の通りですが、着目するのはそこではありません。この中で、特に騒音トラブルにも繋がりかねない「非常に邪魔」という強い感覚を比較すると、好感を持っている場合に較べ好感を持っていない場合の指摘率は約8倍にまで跳ね上がります。これは大変に大きな値です。

 これらの2つの調査結果を合わせれば、近隣との付き合いがあり、かつ相手に好感を持たれていれば、殆どの騒音問題は解決すると言ってもいいかもしれません。

「近所付き合い」しますか、それとも「苦情付き合い」しますか

 弊所(騒音問題総合研究所)には、メールや電話で多くの相談が寄せられます。その多くはマンション居住者であり、上階や隣戸からの騒音に悩む人、あるいは執拗な苦情を受けて悩む人達などです。これらの方々の殆どが、もともと隣戸や上下階の人との「近所付き合い」がない状態であり、苦情が発生して初めて相手との関係が成立するという、いわば「苦情付き合い」しかない人達です。近所付き合いのない人が増えている社会状況を考えると、これも仕方のないことのように思うかもしれませんが、すでに示したように近所付き合いと騒音トラブルには密接な関係が存在し、近所付き合いは騒音トラブル防止の特効薬なのです。

 相談者の中には、死んでしまいたいと考えるほど苦しんでいると吐露される人さえいます。トラブルに巻き込まれ、苦情を言われ続ける辛さや煩わしさを考えれば、少し面倒でも日頃から積極的に近所付き合いをし、近隣との良好な関係を作っておく方がどれだけ楽かもしてません。すでにトラブルになってしまっている場合でも、今からでも遅くないので、何とかお隣や上下階の人と仲良くなるための努力をして下さい。その方が防音対策などよりよほど効果があります。しかし、このように告げても、相手に対する嫌悪感をあからさまにし、頑なにそれを拒否するという人ばかりですが、騒音トラブルというのは拗れれば殺傷事件にも繋がりかねない重大事態であることを忘れてはいけません。

 これまで何度も言ってきましたが、音をうるさく感じるのは、その音にフラストレーションを感じるからであり、音の大きさではありません。苦情を受けて音を立てないように配慮したとしても、苦情者を嫌悪する気持ちが少しでも相手に伝われば、苦情者のフラストレーションはますます強くなります。フラストレーションを低減するような関係づくりを考えなければならないのです。「苦情付き合い」よりは「近所付き合い」です。

マンションではコミュニケーション活動の実践を!

 子どもの声の騒音問題が話題となる保育園や幼稚園ですが、最近では、様々なイベントに近隣の方を招待したり、年末に餅つきを行ってお餅を近所に配ったり、あるいは逆に、地域の行事にも参加し、地域の役に立つ活動を積極的に行うなどの取り組みを始めている所が多くなりました。このような活動を地域コミュニケーション活動と読んでいますが、近隣との良好なつながりを確保し、地域から好感を持って支援して貰える存在になれば、近隣問題の多くが解決することを理解しているためです。

 マンションなどでもこれは同じです。管理組合などが主導して、積極的に居住者間のコミュ二ケーションを作り出す活動を実践して頂きたいと思います。共同での清掃活動や防災訓練でもいいですし、「寄り合い」とまではいかなくても、一時期話題になった「隣人祭り」などを行っても良いかもしれません。それぞれの地域の特性に合わせたイベントを考えるのも楽しいかもしれません。とりあえず住民が顔見知りになれるような機会をより多く作ることが、騒音トラブルや近隣トラブルの防止につながります。是非、ソーシャル・キャピタルを高める活動を積極的に実践して下さい。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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