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WOWOWがNetflixとの放映権争奪戦に勝ったドラマとは?

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
「ツイン・ピークス The Return」 WOWOWにて2月9日より一挙放送。

話題の海外ドラマを日本で楽しむ――海外ドラマ鑑賞は、2000年代以降急速に愛好者が増えた趣味のひとつといえる。海外で制作されたドラマが日本で楽しめるようになるまでにはどうしても時間差があるが、NetflixやAmazonプライムなどでは全世界同時配信作品も増えている。こうした事情で、日本における海外ドラマ事情も変わりつつある。

WOWOWは「ツイン・ピークス The Returns」を2017年7月から11月まで初放送した。2018年2月9日にはWOWOWプライムにて一挙放送が予定されている。タイトルからわかる通り、このドラマは「ツイン・ピークス」の復活版である。初代ツイン・ピークスが日本で放送されたのは1990年代初頭で、実に四半世紀ぶりにWOWOWは同作品を扱ったことになる。約25年の間に、日本の海外ドラマ事情はどう変わったのか。ツイン・ピークスとWOWOWを例にその変化を探る。

日本で海外ドラマのすそ野を広げた作品

「ツイン・ピークス」はカナダの国境に近いアメリカの小さな田舎町を舞台に、FBI捜査官が奇怪な殺人事件を追うという90年代に放送されたミステリードラマだ。「カルトの帝王」と呼ばれるデヴィッド・リンチが手掛ける伝説のドラマとして知られ、美しくも不穏な旋律のテーマ曲は一度は耳にしたことがあるかもしれない。当時、日本でどれくらい反響があったのかがわかる記事が、1992年8月2日に発行されたザ・ニューヨーク・タイムスに載っている。

「太平洋の向こう側の日本で、WOWOWが「ツイン・ピークス」を独占放送している。(中略)新規加入件数の30%が作品を目当てに加入したことがわかった。」

当時、本場アメリカでは1990年に全米ネットワークのABCで放送され、初回視聴者数3460万人を記録。1991年4月から日本でもWOWOWで放送がスタートし、翌年にはTBSの深夜帯でも放送されて、人気が高まっていった。「ツイン・ピークス」狙いでレンタルビデオ店前に行列ができた映像が報じられた。社会現象とも言えるほどの熱狂ぶりで、記録的な長寿で話題になった双子姉妹「きんさんぎんさん」と並び、1992年の年間流行語大賞で銅賞を受賞したほどだ。そんな伝説を作った海外ドラマ作品は、後にも先に他にない。

「ツイン・ピークス」はWOWOWにとっても特別な作品だった。開局時の目玉作品だったからだ。「海外ドラマに強い」「こだわりのある番組をそろえる」放送局というWOWOWのイメージを作ったのは「ツイン・ピークス」だと言っても過言ではない。海外ドラマファンのすそ野を広げた。2000年代に入って「24-TWENTY FOUR-」が海外ドラマ人気を押し上げたが、「ツイン・ピークス」はその礎を作った、熱狂させる海外ドラマとして、レジェンド作品としての位置付けだ。

Netflixで「ツイン・ピークス」が流れることもあり得た

そんな伝説のドラマが約20年ぶりに復活するという話が持ち上がったのは、2014年のことだった。10月14日、監督のデヴィッド・リンチが唐突に「あなたの好きなガムが、もう一度流行るかもしれない」という文をツイッターに上げ、続けて「復活する」とツイートしたのだ。

本当に制作されるのか、どこが権利を持つのかなど、確かな情報がないまま、すぐさま事の真相を確かめようと、権利元に問い合わせたWOWOWの動きが予想される。海外では「ブラック・ミラー」、日本では「深夜食堂」など、もともとは放送局でファーストランされていた作品でも、最新シーズンが動画配信プラットフォームのオリジナル作品としてラインアップされていることが最近は増えている。だから、世界中にネットワークを張り巡らせているNetflixやAmazonプライムがデヴィッド・リンチに声をかけていれば、「ツイン・ピークス」の新作がそんな展開になる可能性も十分あり得ることだった。

結果はCBS傘下のSHOWTIMEが制作することになり、日本での初放送の権利はWOWOWに手渡された。しかし途中の段階で「やっぱりやーめた」とツイートするリンチ監督に時に翻弄(ほんろう)され、徹底した秘密主義に苦労しながらも契約交渉から実現まで約2年以上はかかったという話を聞く。過去にここまで権利獲得に長く時間をかけた作品はないことから、「ツイン・ピークス」にはそれだけの価値があったということだ。そして、本国放送とのタイムラグはWOWOW史上最短の約2カ月。通常、本国から素材が届いて初めて分数が決まり、編成が固まる。吹き替えや字幕、放送考査など日本語版の制作全過程に最低でも半年はかかり、プロモーション期間も必要になるが、イレギュラー進行に踏み切ったという事実もある。

“引き止め役”の海外ドラマだが、新規加入をけん引

さて、そんな「ツイン・ピークス The Return」はどれくらいの成果があったのか。放送が開始された7月は、同作品がWOWOW月間新規加入のけん引役になった。7月の加入者件数は新規4万6623件、解約3万8807件で、前月より加入者が7816件増加。プロテニスの錦織選手が出場していたウィンブルドンの中継と並び、新規加入を大きく押し上げる効果があったという。毎シーズン放送されるレギュラーの海外ドラマの平均値と比較して、「ツイン・ピークスが加入のきっかけになった」という人は50倍にもなったとも言われている。

一般に、海外ドラマは新規加入よりも、会員継続を促す役割がある。錦織効果で加入件数を過去最高値に押し上げたテニスをはじめとするスポーツや音楽ライブなどに比べ、加入のきっかけを作るコンテンツというよりも「引き留め役」として期待されているという。過去には「CSI」、現在は「グレイズ・アナトミー」や「クリミナル・マインド」など、何シーズンも続く海外ドラマはそれが顕著に表れる。

「ツイン・ピークス」の場合はその話題性から加入にも貢献する作品と予想して、かつてない規模でPRを展開。同局では海外ドラマの番組単体では初の地上波スポットを試みた。当時、夢中になって見ていただろう現在の40代後半から50代台あたりの層には訴求しやすいが、それ以下の年代には「聞いたことはあるが見たことがない」率が高いため、そこに向けて地上波スポットを打ったという。

初回放送直前の7月12日には主演のデイル・クーパー捜査官役のカイル・マクラクラン氏が来日し、「旧作のツイン・ピークスを見ていない人も楽しめるか?」という記者からの質問に対して、「新作は旧作を見たことがない人でも楽しめます。ただ、チャンスがあれば、旧作のファーストシーズンを見るとさらに楽しめるはず。デビッド・リンチ監督は奇妙な世界を作り上げるのに長(た)けた方。理解するのが難しいところもあるけれど、オープンな気持ちでみていただけたらうれしい」と答えていた。

動画配信サービスの普及は、むしろ追い風

定額制の動画配信サービスが普及しつつある昨今は、映画並みに予算をかけた配信オリジナルドラマに話題が集中しがち。そんなライバル作品が多いなか、定額制配信サービスの普及は、WOWOWにとって脅威ではないのか。WOWOW全体の加入者数にどれほどの影響を及ぼしているのだろうか。WOWOWの考え方について、これまでの取材を通じてこう聞いた。

「NetflixやHuluを脅威に感じるかという質問をよく受けますが、海外ドラマから離れていた人や見ていなかった人が見てくれるきっかけになっていることはむしろチャンスだと思っています。作品によっては過去シーズンを定額制配信サービスで視聴した方が最新シーズンを見るためにWOWOWに加入する、そんな流れができればと思っています。」

定額制配信サービスと共存しながら、むしろ今、海外ドラマが視聴できるメディアが増えていることによって、「海外ドラマストリート」はにぎわい始めているということか。新作「ツイン・ピークス The Return」も、そのストリートを彩る影響力のある作品だったといえそうだ。

画像Copyright:“TWIN PEAKS”: (c)Twin Peaks Productions, Inc. All Rights Reserved.

テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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