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マスク拒否男の再逮捕 その心理を分析する

原田隆之筑波大学教授
(写真:aofujimaki/イメージマート)

二度目の逮捕

 「マスパセ」こと奥野淳也容疑者が千葉県の飲食店で騒動を起こし、警察官を殴ったとして公務執行妨害の容疑で再逮捕されました。

 彼は、昨年9月にピーチ航空機内でマスクの着用を拒否した挙句、客室乗務員に怪我を負わせて逮捕され、裁判を待つ身でした。今回も、マスク着用をめぐって飲食店側と対立し、駆けつけた警察官に暴力を振るったと報じられています。

 「マスパセ」というのは、彼のツイッター上でのユーザー名で、ピーチ航空の事件以来、自分の主張を繰り返しツイートしていました。

 事件の概要だけ聞くと、どれだけ粗暴な男かと思われるでしょうが、彼は超一流大学を卒業し、大学で非常勤講師を務めていたほどの「インテリ」です。裁判中に事件を起こせば、どんな結果になるか誰でもわかるはずです。頭脳明晰である彼が、なぜこのような事件を繰り返し起こしてしまったのでしょうか。

 私はかつて、ピーチ航空事件のあとに彼の言動を批判する記事を書きました(彼らはなぜ手指消毒やマスク着用を拒否するのか・・・個人の自由、公衆衛生、そして公共性)。それ以来、彼の心理には関心を持っていました。今回は、犯罪心理学的観点からその心理を分析したいと思います。

 もちろん、事件はまだどちらも容疑の段階であるので、主な分析は彼自身のツイートやブログなどでの言動を元にしたいと思います。

動機は何だろうか

 ピーチ航空事件のときから、彼の主張は一貫しています。そして、その主張を元に繰り返し騒動を起こしているのです。

 一言で言えば、彼の動機は「正義」です。もちろん、彼なりの「正義」なので、括弧書きの「正義」です。彼は、マスク着用や自粛を要請されることを繰り返し強い調子で批判しています。これらは、公権力による「強要」であり、自由の侵害であると考えているのです。

 この主張自体には、聞くべきところがなくはありません。感染防止の名の下に、自由や権利が侵害されないように、そして行き過ぎた権力の濫用がないように、われわれは権力の監視をする必要があるでしょう。

 一方で、公衆衛生の重大な危機場面において、社会の一員として協力し合うことも大切です。日本では、諸外国のような強権的なロックダウンではなく、これまで自粛要請ベースで感染症と対峙してきました。それはわれわれの誇るべき高い公共性があってのことです。誰も国や知事に強制されたからマスクを着用しているわけではありません。

 また、日本は同調圧力の強い社会であるとも言われます。「マスパセ」氏は、社会の同調圧力を強く批判し、それに従わない人を社会が排除することにも繰り返し異議を唱えています。「マスク警察」「自粛警察」という言葉があるように、このことについても、われわれは十分な注意を払う必要があることは間違いありません。

 今回の事件においても、店主のマスク着用要請に従わない彼に対して、他の客が複数で彼を店から追い出し、「排除」しようとしたことが報じられています。これも真偽は定かではありませんが、もし事実だとすると少し過剰な反応であるような気もします。

 彼が一人で飲食をしようとしていたのなら、マスクをしなくても飛沫リスクは相当小さいはずです。仮に複数でマスクをずらして会話しながら食事をしてた客がいたとしたら、そちらのほうがよほどリスクが高いでしょう。

 マスクを着用していない客を追い出そうとした人々は、感染防止に真剣に取り組んでおり、自らの「正義」に従って行動したのだと思いますが、1つの「正義」ともう1つの「正義」が対立したとき、別の立場に身を置いて冷静に考えることも必要でしょう。客観的なリスクの検討よりも、形式的にマスクをすることだけが至上命題になってしまっている現状や、それが行き過ぎた「排除」につながりやすい点は、「マスパセ」氏の言う通りかなり問題があることもたしかです。

 しかし、一見正論に見える部分はあっても、その「正義」を盾にして、言論ではなく「実力行使」に出たこと、そしてて何の落ち度もない相手に対して暴力を振るったことは、それが事実だとすると絶対に許容できるものではありません。

 どんな主張をするのも自由であり、それは憲法で保障された権利ですが、暴力を振るうということは、相手の尊厳や自由の重大な侵害です。彼は、マスクを拒否したことで逮捕されたのではなく、こうした粗暴行為の容疑で逮捕されたのです。この点ははっきりさせておく必要があります。

「正義」の暴走

 誰かが独りよがりな「正義」を語るときには、注意をする必要があります。なぜなら、ゆがんだ「正義」ほど厄介なものはないからです。これまで、戦争や虐殺などの重大な暴力は、すべて「正義」の名の下に行われてきました。「正義」はときに暴走し、それに従わない相手には暴力を振るってよいという論理を伴います。

 奥野容疑者の行動を、戦争や虐殺に例えるのは行き過ぎかもしれませんが、それでも彼の繰り返される粗暴な言動を見るとき、そこに「正義」の暴走という性質が見て取れるのです。

 厚労省の官僚が大人数で送別会を開いたことが批判されたとき、彼は「厚労省の職員23人の方々は、誉められるべき「国士」でしょう!」とツイートしています。半ば冗談めかしているものの、彼は自粛要請に従わないことは「卓見」である評しています。

 このように、彼は一貫して「自分は正しい主張をしている」と思い込んでいるからこそ、その主張にはブレがありません。逆に、周囲から反論されるとますますその主張は堅固になります。

 また、彼の主張が極端になっていったのには2つの理由があります。1つは、彼は自分がインテリであり、エリートであるという自我肥大を起こしていたということです。彼は、自粛要請に従う人々を「隷従的で統治しやすい国民」「自分で物一つ考えられない従順な機械の歯車」として見下しています。自分だけが目覚めていて、人々を導く存在であるという思い上がりが見て取れます。

 本当に彼が一流の優れた人間なのであれば、何も周囲を見下す必要はなかったでしょう。しかし、自分の境遇などに対して劣等感を抱えていたのであれば、ことさらに周囲の人々を貶めるることによって、相対的にプライドを保とうとしていたのかもしれません。

 もう1つは、ピーチ事件のあと、いくつかのマスメディアが、彼をちやほやしたことが挙げられます。テレビ番組やネットメディアなどが番組に出演させたり、その主張を寄稿させたりました。そのとき、彼は明らかに有頂天でした。それまでの人生で、おそらく一番脚光を浴びたため、自分の主張の「正当性」を確信していったのだと思われます。こうして主張は極端になり、「正義」が暴走していったのです。

「マスパセ」氏の今後

 今回の逮捕を受けて、彼は実刑になる可能性があるかもしれません。現在は黙秘を貫いているとも報じられていますし、裁判でも独善的な主張を繰り返し、反省の態度を示さないことが予想されます。だとすると、実刑にならない場合でも裁判は長引く可能性があります。

 1回目の逮捕によって、彼は職を失っています。また、これまでの言動から察するに、周囲に親密な友人などもいないようです。

 自業自得とはいえ、いろいろなものを失い、社会的制裁を受けた彼は、社会に対して一層敵意を持つのではないかということが危惧されます。そして、失うものがない「無敵の人」となったとき、一層過激な思想に走るのではないかという心配も出てきます。

 しかし、私はそうはならないと思っています。なぜなら、おそらく彼が社会復帰するころには、コロナ禍も一段落して、彼の「活躍の場」がなくなっているのではないかと思うからです。いわば、「マスパセ」氏の反乱は、コロナ禍が生んだ徒花のようなものなのでしょう。

 私は、裁判の過程において、彼には自分自身と真摯に向き合ってほしいと切に願っています。それは、自分の行動が引き起こした現実を受け入れるつらい作業になることは間違いありません。さらに、自分の劣等感を認めて受け入れるという苛酷な心理的作業も必要でしょう。

 しかし、それをしなければ彼の人生は行き詰ったままで、何の成長もないように思えます。逆説的ですが、自分のみじめさや弱さをを受け入れることができてはじめて、彼はその後の人生を生きる強さを持つことができるのでしょう。

 そして、排除を批判し周囲に「寛容」を求める彼は、自らも周囲の人々の主張に寛容になる必要があるでしょう。自分が「正義」だと思っていればいるほど、それを点検して逆の立場から自分を見直すことの大切さは、何度強調してもしすぎるということはありません。

 それをわれわれの側にも適用すれば、われわれ社会の側にもまた寛容さが必要です。過ちを犯した人もいずれは社会に戻る日がきます。そのとき、社会の側が彼らを差別して、排除をすれば、行き場を失った彼らはどうなるでしょうか。さらに社会を敵視して孤立を深め、最悪の場合、新たな犯罪へと至るかもしれません。

 犯罪に寛容たれと言っているのではありません。過ちを犯した人々がそれを償い、社会へ戻って来るとき、その人々へを受け入れる寛容さが求められるのです。そして、その寛容さというものは、実は社会を守る大切な態度なのです。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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