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人々はなぜ行動変容できないか・・・再度の緊急事態宣言の前に考えるべきこと

原田隆之筑波大学教授
(提供:Kinusara/イメージマート)

再度の緊急事態宣言

 年頭の記者会見で菅総理は、週内にも緊急事態宣言を発出することの検討に入ると述べました。

 しかし、今回は前回の緊急事態宣言のときとは大きく状況が異なっています。緊急事態宣言を出せば、それで本当に感染が減少に向かうのかどうか慎重に見きわめると同時に、効果的に行動変容を促す方法を検討する必要があるでしょう。

 そのためには、国民に向けてのメッセージを単純に伝達するだけでは効果がなく、人間の心理や行動に着目し、行動心理学や行動経済学など行動科学の知見を活用することが求められます。

行動変容の限界

 前回の緊急事態宣言の前後によく聞いた「行動変容」という言葉が、最近はほとんど聞かれなくなりました。それとともに、人々の行動変容には限界があることも見えてきました(なぜ彼らは手指消毒やマスク着用を拒否するのか・・・個人の自由、公衆衛生、そして公共性)。

 政府が「勝負の3週間」と呼びかけたのは昨年11月末でしたが、それで感染が減るどころか、その後も急激に上昇を続けたのは周知のとおりです。このメッセ―ジは漠然としており、何をすべきなのかという具体性に欠けていたところが問題です。

 同じように、小池都知事は会見のたびに「5つの小」「ひきしめよう」などの標語を掲げていますが、まったく浸透していません。こんなに次々に乱発されても、覚えきれないので浸透するはずがありません。「3密」がうまくいったからといって、その二番煎じのような小手先の手法に対しては、逆に批判が集まっています。

 これらのことを反映してか、繁華街の人出にはさほど大きな変化はありませんでした。飲食店でもマスクを外して大声で会話している人が相変わらずたくさんいます。

 年末年始の人出は例年に比べるとかなり減ったと報じられましたが、それでもカウントダウンイベントに多くの若者が殺到したり、駅伝の沿道でも多くの人々が応援する姿が見られました。

 さらに政治家自身が行動変容をしていません。菅総理を始め閣僚などが相当の人数で会食をしたことが報じられ、大きな反発を招きました。これはまた、「会食しているのは自分だけではない」という一種の安心感を人々に与えてしまいました。さらに、「政治家だってやっているのだから、自分たちも構わない」という恰好の言い訳の材料にもなっています。

 また、効果がないと再三指摘されているのに、マウスシールドを着用し続ける閣僚や政治家もいます。同じく効果の劣る手作りマスクやウレタンマスクをして会見する政治家もたくさんいます。不織布マスクが簡単に手に入るようになっているのに、マスクの効果よりもファッション性を重視しているかのようです。

なぜ行動変容できないか

 なぜ人々は行動変容しなくなったのでしょうか。第一の理由として、コロナ対策で求められていることの多くは、そもそもわれわれの習性に反していることが挙げられます。人間は社会的生物ですから、仲間と集い会話を楽しむものです。それをするなと言われても、特に年末年始のような気分が浮かれている時期には自ずから反発してしまいます。ゴールデンウィークやお盆は我慢したからもういいだろうという心理や、いわゆる「コロナ疲れ」の心理が働きます。

 第二に、これまで感染してこなかった人は、「旅行もして、会食もしたけど感染しなかったから大丈夫」という根拠のない自信を持つようになっています。行動変容を妨げるものとして、私はかつて楽観主義バイアス正常性バイアスを指摘しましたが(劇場、夜の街、昼カラ・・・クラスターはなぜ繰り返し起きるのか)、それらが数か月の間の個人的体験によって強化されてしまっているのです。

 第三に、上とも関連しますが、多くの人にとって、外出や外食の「益」はすぐに実感できますが、その「害」が実感できないということが挙げられます。自分が感染していない人は、新型コロナ感染症の苦しさはわかりません。医療崩壊と言われてもピンときません。医療従事者への感謝が叫ばれた頃と違って、今は医療崩壊を叫ぶ医療従事者への反発すら生まれています。

 第四に、GoToトラベル、GoToイートのような「出かけろ、外食しろ」というメッセージと、一転「外食するな、会食するな」の矛盾したメッセージによって、人々はダブルバインド状態に陥り、結局は都合のよいメッセージしか受け取らなくなったことも指摘できます。

 第五に、人は心理的・行動的なコストの大きな行動を回避します。さまざまな行動変容の中でも、マスク着用は比較的守られています。これはコストが小さく、かつ目立つ行動だからです。それに比べて、旅行や会食を控えることはコストが大きいのです。マスク会食のような方法も提唱されましたが、これはまったく浸透していません。マスクをしたり外したりの会食はやはり行動的コストが大きい、つまり簡単に言うと「面倒くさい」からです。

行動科学のルール

 行動科学には、単純な原理があります。それは、人はある行動の直後に報酬が伴うと、その行動の頻度が増加し、罰が伴うと減少するというものです。これを「強化の原理」と呼びます。つまり、人は得をする行動を取りやすいのです。

 たとえば、GoToは人々にとって、安価に旅行や食事ができる「報酬」でした。したがって、多くの人々が旅行や外食に出かけたのです。これは人間の行動原理に沿った政策であったため、一定の成果を収めました。

 しかし、その後にその「報酬」を取り上げられただけでなく、年末年始には「帰省するな」「忘年会や新年会はやめろ」と言われると、「損失」しか残りません。すると、その「損失」を自ら回避するために、そのメッセージには従わず、楽しみという「報酬」を得ることを選びます。

 政治家などが頻繁に会食をしていたことも、前述のように大きな影響を与えたと言えます。なぜなら、人々は利益よりもむしろ損失に大きく反応するからです。これも行動科学の重要な知見の1つです。「彼らは好き勝手に楽しんでいてずるい。自分たちだけ我慢するのは損だ」というように、会食の自粛が「損失」だととらえられると、その「損失」を回避する行動を選びやすくなります。

 さらに、医療崩壊などという「恐怖メッセージ」にもあまり効果はありません。春先には「感染爆発」「オーバーシュート」という「恐怖メッセージ」がそれなりの効果を発揮しましたが、実際そうならなかったため(それは行動変容の結果だったわけですが)、今や人々は「恐怖メッセージ」には懐疑的になっているのです。したがって、人々を脅すようなメッセージを発し続けても、反発を招くだけで行動変容にはつながりません

 このように、人間の行動原理に沿った政策を工夫しないと、たとえ緊急事態宣言を出したところで、その効果には限界があるどころか、経済をさらに圧迫するだけに終わってしまうという危険性があります。

効果的な方法

 それでは、どのような方法に効果があるのでしょうか。行動科学を踏まえていくつかの提案をしたいと思います。

  • メッセージは単純かつ具体的に

 先に述べたように、「勝負の3週間」「5つの小」などというわかりにくいメッセージは人々に届きません。何をターゲットにするかは感染症の専門家に任せたいと思いますが、できるだけ具体的かつシンプルなメッセージを「行動の言葉」で述べることが求められます。単なる抽象的なスローガンや矛盾したメッセージは禁物です。

  • 罰ではなく報酬を与える

 特措法の改正では、罰則も検討されているとのことです。しかし、罰はあくまでも最終手段とすべきです。効果的で自主的な行動変容のためには、罰よりも報酬のほうが効果的です。

 これは小さな報酬でも十分な効果があります。たとえば位置情報アプリなどを活用して、外食自粛、外出自粛をした人にはポイントなどの報酬を与えるような工夫ができれば、それは我慢の自粛よりも大きな効果が期待できます。期間中に航空機や旅行サイトの利用実績のない人のみが、次のGoToトラベルが利用できるなどの方法も検討できるかもしれません。

  • 物理的に不可能な状態にする

 外出自粛を求めても、前回の緊急事態宣言のような効果は発揮されない可能性があります。そのために、物理的に外出できないような工夫が必要かもしれません。その意味で時短営業はそれなりの効果が期待できます。場合によっては、店舗の営業休止も必要かもしれません。

 ただし、言うまでもなくこれには大きな犠牲が伴います。そのためには、店側への適切な補償とセットにすることがどうしても必要になるでしょう。

  • 理性よりも感情に訴える

 行動科学では、人間の行動には合理的な判断よりも、感情的な影響のほうが大きいことがわかっています。したがって、忍耐のような理性的判断に頼るよりは、感情に訴えかけるようなメッセージを工夫する必要があるでしょう。

 われわれは毎日の暗いニュースや恐怖メッセージによって、感情的に疲弊しています。明るい未来を感じさせるようなメッセージ、人々が笑顔になれるようなメッセージを工夫する必要があるでしょう。

 これはまた、ワクチン接種についても言えることです。合理的に考えるとワクチンを接種したほうがいいことはわかっていても、副反応が怖いという感情的な理由でワクチン接種をためらう人が多く出ることが懸念されます。世界に先駆けてワクチン接種が始まったアメリカでは、接種した人の数が目標を大幅に下回っています。

 菅総理は自身が率先して接種すると会見で述べましたが、率先して会食を続けていた総理はもはや人々のロールモデルになり得ません。そのことを自覚して、効果的なメッセージを届ける方法や適切なモデルを今から真剣に検討すべきです。

緊急事態宣言の前に

 この公衆衛生上の危機に際して、われわれはこれまで以上に「公共」というものに対して真剣に考えるときに来ています。

 もちろん、だれも不便な生活や自粛を好んでいる人はいません。しかし、目先の不自由よりも、長期的な利益を求めて賢く振る舞うときなのです。そして、われわれが自主的にそれを続けることは、国家や権力によってわれわれの自由が制限されることを防ぐことにもつながります。

 自粛ができないとなると、その後にはより強力な権力の発動が行われるかもしれません。つまり、欧米のような罰則を伴う行動の規制です。そのような事態を招かないで済んでいるのは、日本人が誇るべき公共心と理性です。

 そして、政府や専門家の側も、今までと同じ方法が通用すると楽観すべきではありません。多くの人々の行動を変容するためには、それに応じた知識とスキルが必要であることを今一度真剣に考えるべきでしょう。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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