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少年法の厳罰化で社会はどこに向かうのか:犯罪心理学から見た少年法の意義と厳罰化のリスク

原田隆之筑波大学教授
(写真:アフロ)

少年法改正に関する実務者協議

 ここしばらくの間、またぞろ少年法改正に関する議論が活発になってきています。

 6月25日、与党の少年法改正に関する実務者協議で、18-19歳の犯罪に対する「検察官送致」の対象犯罪を拡大する方針が決まりました。

 少年法では、20歳未満の少年による犯罪行為の場合、検察官はすべて家庭裁判所に送致する「全件送致」が定められています。しかし、16歳以上の少年が故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた場合、原則として家庭裁判所から検察官に送り返すことが定められています(第20条第2項)。これを検察官送致(逆送)と言います。その場合、少年は成人同様の刑事処分を受けることになります。場合によっては少年院ではなく、刑務所(少年刑務所)に入ることになります。

 この規定は、2000年の少年法改正によって定められたもので、1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件などを契機として、少年法の厳罰化を実現することを目的としたものと解されています。さらに、「密室」でなされる少年審判と異なり、公開の刑事裁判で審理されるため、被害者の遺族が傍聴したり証言したりすることも可能になります。このような被害者保護の観点も目的の1つであると言えます。

 そして今回の方針は、18-19歳の少年に限って逆送対象の犯罪を拡大しようというものです。新たな基準はまだ決まっていませんが、強制性交や強盗などの凶悪犯罪が対象となると見られています。

 さらに7月3日、同協議において、今度は重大な罪を犯した18-19歳の少年の起訴後の実名報道を容認する方針が固まったとの報道がありました。現行の少年法では、少年の氏名や顔写真などの本人が推定される報道(推知報道)を禁じています(第61条)。

少年法とは

 少年法は、その目的を処罰ではなく、少年の健全育成においています(第1条)。つまり、少年の処罰よりは、改善更生を目的としているのです。たとえば、少年院への送致は刑罰ではなく、保護処分と呼ばれます。そこでは、少年の立ち直りを支える教育が行われるのです。

 また、保護処分を決定する際には、家庭裁判所調査官や少年鑑別所の心理技官などによって、少年の性格、家庭環境などに対する専門的な調査がなされ、少年本人や周囲の環境の問題性を把握したうえで、指導方針が決められます。このようにきめ細やかな方法で少年の健全育成が図られているのです。

 その背景には、人間の可能性に対する信頼があると言っても過言ではないでしょう。少年はまだ発達途上であり、未熟な存在です。そのため、一度過ちを犯したとしても、そこから立ち直る可塑性や可能性があります。そして、社会の側もそれを支え、受け入れていく必要があり、それによって社会全体の幸福も増すと考えられます。

 最近の脳科学では、脳の成熟はこれまで思われていたよりもずっと遅いことがわかってきました。特に、理性的判断の座であり、衝動や情動を統制する機能をもつ前頭前野は、25歳ころまでは未熟なままなのです。このような脳の未熟さに加えて、青年期はホルモンバランスの不安定さ、それによる心身の不安定さなどが顕著になります。

 また、この時期はアイデンティティを確立し、自己実現を図るという「発達課題」をクリアする時期でもあります。その過程で周囲に反発し、ともすればそれが問題行動につながりやすくなるのです。

 しかし、こうした問題は一過性であり、成人初期になると自然に収束することが明らかになっています。したがって、大人は「疾風怒濤の時代」とも呼ばれる少年の健全な発達を支援する責任があるのです。

 私はかつて法務省矯正局に勤務し、少年鑑別所などで非行少年とかかわる仕事をしていました。そのとき、日々変わっていく少年たちの姿に接し、「人が変わること」の気高さに触れたことは、私の中で今でも貴重な宝となっています。

少年法への批判

 一方、「少年法は甘い」という批判があるのも事実です。特に凶悪犯罪が起こったときなどは、被害者やその家族が被ったダメージの大きさとかけ離れた処分がなされることがあります。被害者がマスメディアの取材攻勢にさらされることがある一方で、加害者側は一貫して「保護」されていることへの批判もあります。

 とはいえ、なぜ今、少年法改正なのでしょうか。少年事件や少年による凶悪事件が増加しているのでしょうか。社会はそれほど少年の犯罪に振り回され、少年法は機能していないのでしょうか。

 事実はまったく異なります。少年による刑法犯は、平成15年から16年間減少の一途をたどっています。犯罪白書によると、平成30年の検挙人員は23,489人で前年比12.3%減、戦後最少を更新しました。ピークであった昭和58年には26万人を超えていたことを考えると、実に10分の1まで減っています。

 罪種別でみても、殺人87人→33人、強盗788人→256人、放火574人→35人、強制性交(強姦)750人→139人と、特に凶悪犯罪が激減しています。

 また、この減少は少年人口の減少だけでは説明できません。出生年別の非行少年率(ある年に生まれた人の中の非行少年の割合)は、昭和61年生まれがピークで、その後一貫して減少を続けています。平成12年生まれ(今年で20歳)の非行少年率は昭和61年生まれと比べると6割も減っています。

 不思議なことに、世の中ではこうした少年犯罪(特に凶悪犯罪)の激減という事実があまり知られていません。

 

少年法厳罰化の意味

 このような状況を見ると、今少年法を厳罰化することの意味が理解できません。

 厳罰化は、人々の感情に訴えるところが大きく、刑事政策として一見有効な方法にみえます。しかし、犯罪心理学の研究でわかってきた事実はその逆です。非行少年や犯罪者に対する立ち直りの支援は、再犯を抑制する有意な効果があります。適切な指導によって再犯率は30ポイントも減少します。一方、厳罰化には再犯率を上昇させる「効果」があるのです。

 その理由はいろいろと考えられますが、現在の手厚い立ち直り支援をやめて、非行少年を刑務所に入れるだけで済ませてしまえば、少年に対するさまざまな悪影響が考えられます。家族や友人とのつながりは失われ、刑務所の中で反社会的なつながりを強めてしまうかもしれません。「前科者」というレッテルによって、出所後仕事をしようとするときなどに障害となる可能性もあります。これらは、すべて再犯のリスクを高めます。

 反社会的なつながり、社会や家族との希薄な関係、「犯罪者」としての自己意識、無職であること、これらはすべて犯罪心理学で重要な「再犯リスク要因」として知られているものばかりです。そして再犯リスクが高まるということは、少年にとってだけでなく、社会に対しても悪影響であることは言うまでもありません。

 このように、厳罰化という対策は、長期的に見ると悪影響のほうが大きいのです。そして何より、われわれの社会のあり方を決定的に変えてしまう方策であると言えるでしょう。

 2014年、犯罪対策閣僚会議は「犯罪に戻らない・戻さない~立ち直りをみんなで支える明るい社会」と題する宣言を出しました。それは以下のように結ばれています。

再犯防止は簡単ではない。 しかし、絶対にあきらめてはいけない。 犯罪に戻らない・戻さないという決意の下、世界一安全な国、日本の実現に向けて、犯罪や非行をした者を社会から排除・孤立させるのではなく、再び受け入れること(RE-ENTRY)が自然にできる社会を目指し、国民各位の御理解と御協力をお願いする。

 この宣言をわずか5年あまりで放棄しようというのでしょうか。

 少年法は、われわれの先人たちの貴重な知恵と経験の賜物であり、将来のわれわれの社会を担う少年の健全育成を目指すものであるはずです。そこには人間の可能性への信頼があり、結果として社会全体の幸福を目指すものです。そして、今より犯罪がはるかに多発していた時代にあっても、この国はその理念を守り続けてきたのです。

 しかし、われわれは今、その知恵と理念を軽視し、放棄しようとしています。過ちを犯した若者を社会から排除して、その立ち直りには手を貸さない、われわれはそのような偏狭で不寛容な社会を目指しているのでしょうか。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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